第15話

 生徒指導室に連れ込まれた僕は、体育の先生にこっぴどく叱られた。僕が才色兼備の学級委員長を威圧的な態度で脅し、暴力を振るおうとしたからだ。

 当然、僕は否定した。

「あの、そんなつもりは無かったんですけど…」

「馬鹿言え! ○○と××が泣きながらオレに助けを求めに来たんだぞ! あいつらが嘘をついているとでも言うのか!」

 嘘…ていうか、まあ、あの二人にはそう見えたのかもしれないな。多分、悪意はない。そういう色眼鏡で見た結果なのだ。

「嘘は…、まあ、ついていないのだとは思いますが…」

「認めたな! この馬鹿が! ずっと我慢していたが、ようやく本性を現しやがった!」

「だから、誤解ですって! そう見えただけでしょうが! 僕はそんなんじゃない!」

 そう訴えても、焼け石に水だった。先生は既に、僕を「暴力を振るおうとした男」として見ている。何を言っても、「嘘をつくな!」の一点張りだった。それでも僕はしつこく否定した。

「暴力を振るうつもりはありませんでした!」

「じゃあ脅したのか!」

「違います! 声を荒げたのも、牧野さんが聞こえていないようだったから…」

「牧野がそんなに耳が悪いわけないだろう! 嘘をつくな!」

 いや…、あいつ完全に聞こえていないふりをしていたのですが…。

「ってか! やったらどうなんだよ! 僕にあいつを脅して暴力を振るう意志があったとしても、未遂だったんだぞ! 被害は出ていない! 退学にでもするか!」

「停学にしてやる! この殺人鬼が!」

「だから! 僕は殺人鬼じゃないって言っているだろうが! てめえ、それでも教師かよ! もっと多様性もって接しろよ!」

「うるさい! 信じて欲しかったら、もっと信用される人間になれ!」

「てめえが一方的に決めつけているんだろうが!」

 僕と先生の「やった」「やってない」、「殺人鬼」「殺人鬼じゃない」の言い争いは昼休みが終わり、五時間目の授業が始まっても続いた。先生は「俺は殺人鬼なんて怖くないんだ! その腐った心を正してやる!」なんて言って、何度も何度も、僕を糾弾した。

 何度もこの木偶の坊の鼻先をへし折ってやろうかと思ったが、暴力を振るえば、負けるのは自分だと思った。だから、震える腕を必死に押さえて、先生と言い争った。

 そして、六時間目が終わる頃、先に折れたのは先生だった。

「ああ! もう! わかったよ! もう二度とするんじゃないぞ!」

「だから、やってない!」

「わかったよ、やっていないんだな!」

「ああ、やっていない!」

「くそが!」

 先生はこんな捨て台詞を吐いた。

「お前がやっていないのはわかった。だがな、普段から疑われるようなことをしているお前に非があるんだぞ」

「なんだよ…」

 何だよ! お前らが変な目で僕を見ているだけじゃないか!

 そう反論しようとしたが、言葉が途切れた。肩の力が抜けて、掠れたため息が洩れる。

 僕も折れた瞬間だった。

「…もう、いいです」

 もう反論する気になれず、扉へと向かう。先生はこれ見よがしに鼻で笑った。

「もっと、人に信頼されることを覚えるんだな!」

「…はい」

 人に信頼されるって、なんだよ。信用されるって。僕だってそうしてきた。そうしたかった。だけど、僕のことを「殺人鬼」なんて言って拒否してきたのは、そっちじゃないか。

 僕は殺人鬼じゃない。「篠宮青葉」だ。

 人間なんだ。

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