10-1「ブルークリスマス」

「執行局執行部 青 責任者:船津ふなつたかし」と書かれた扉が開きっぱなしで、多くの人が騒がしく出入りしている。執行局特殊執行部の立ち入り捜査である。すぐ外の廊下で原は腕を組み、川副は自分のネックレスを握りしめて捜査の様子を見ていた。



「ちょっと仰々しくない?PGOの中に、しかも青の派閥の中に裏切り者がいるとは思えないんだけど?」


「昨日は赤のオフィスの立ち入り捜査でしたよね…」


「ええ。それで一条たち遊びに行ったらしいわよ。なんかあったとか言ってたけど…」


「佑心君たちがですか?」



原は意味ありげに川副を見やり、わざとらしく言う。



「まあ、デートとかじゃなくて、心とか西村までいたらしいけどね?」


「そ、そうですか……」


「あ、やば。私、寮に財布置いてきたわ。これから寮の捜索もされるってのに。」



原はポケットをがさがさと探し始めた。



「え……」



寮の捜索と言う話に、川副は胸のネックレスをさらに強く握った。






川副は自室の机の引き出しを勢いよく開けた。中を漁って埋もれていた守霊教しゅれいきょうの教典を取り出し、引き出しをまた勢いよく閉める。すぐに小物入れに入っている守霊教のバッジを取り出して、ベッドの下から衣装ケースを引き出した。そして、その奥底に教典とバッジを隠した。

部屋を焦って漁る音を原は悲しげに聞いていた。






ふりしきる雨の中、廃ビルに立ち入る黒いフードの男。ビルの中まで激しい雨の音が響く。男がフードを脱ぐと、近未来なマスクが現れた。黒い楕円形で顔全体を覆い、左側に三日月のような白い縁取りがある。



「遅かったな、モル。寝不足か?」


「モモ⁉」



モルと呼ばれた黒いフードの男は勢いよく上後ろを振り向いた。背の低い少年のような顔立ちのモモは背後の鉄骨に佇んでいた。



「早く上がってこい。」



モルが鉄骨を昇り上に上がると、座しているセトと目が合った。若い女で、モルと同じようなマスクをしている。黒を基調としたマスクに、一本白いラインが目の高さに入っており、その上にギザギザ白く刻まれいて王冠のように見える。



「おひさー。あっは、ずぶ濡れじゃん!」


「ほっとけ。」



モモが奥に歩いて行くと、その隣にガンがいた。ガンはモモの側近のような存在だが、モモとは正反対に図体が大きかった。モモは大きな玉座のような椅子に飛び乗った。



「俺が何を言いたいか、分かってるだろう?次の計画を遅らせる。」


「なんで?さっさと次もやっちゃおうよ?」



柱にもたれて間延びした声で話すひょろ長い男性、ヨニ。真っ黒なマスクに血が飛び散ったような白い模様がついている。



「だめだヨニ。あちらからことが大きくなりすぎてるとのお達しだ。」


「やつが捕まったからな。」


ガンは固く閉じていた口を開いた。



「ああ、組織のやつか……」



ヨニがニヤリと笑って、モルを見やった。モルは鼻で笑ってヨニから視線を外して言う。



「PGOは組織内部にも探りを入れてる。」


「バカだね~。あのテロ起こしたのは魄憲だけだってのに。」


「いや、セト。あの件に関わっていたモグラは組織には他にもいる。そいつらが見つかれば、あちらにとっては痛手なんだろう。」


「ふーん……」



モモの指摘に、セトはつまらなさそうに返した。



「まあ、組織の動向はいつも通りモルに任せる。ヨニとセトは次に備えてろ。割のいい仕事だ、しくじるなよ?」



モモはニヤリと笑った。



「ああ、もちろんだ。それに、面白い男を見つけたんでね……」



モルがほくそ笑み、首の後ろに手を回すと、太陽のタトゥーがちらと見えた。






佑心はデスクの引き出しを漁っていた。デスクの上に置いてあるファイルも一つ一つ丁寧に見ていく。



「しゅーん、俺のノート知らないかー?茶色い小さめのやつなんだけど……」


「ん?さあ。いつ失くしたの?」



心は後ろの棚にファイルを戻していた。



「それが分からないんだよなー。最近開いてなかったから……」



佑心は困って頭を掻いた。



「特殊執行部に回収されたとか?」


「いや、それはない。押収物リストにはなかったから。」


「そんなに大事なノートなの?」



佑心はノートを探す手を止めた。



「ああ。あれには写真が……」






佑心の探すノートは薄暗い部屋に横たわっていた。宗崎そうざき京香きょうかはそれを前にして肘をついていた。



「ゴーストにより家族を失った少年、か…」



ノートからは写真が少しはみ出していた。



「かわいいじゃないか…」



黒マスクの男、宗崎そうざき泰河たいがは京香のデスクの前に立っていた。



「先月のスピード解決も、実はそいつのおかげだとか…原と川副の会話によると、新田はゴーストの気配に敏感だそうです。」


「ふーん…それはますます、こちら側であることを祈ろうか…」



京香が意味深に呟いた。






誰かがカレンダーを捲り、十二月に早変わりした。PGO本部廊下に立札があり、「パージャー冬期研修会C級の部」と書いてある。室内には多くのパージャーが長机にずらりと並んで、前で話す人の話を聞いていた。一条は後ろの方に座し、斜め前にいる舛中ますなか、前の西村を何度か見た。



(確か奏海かなみさんの上司……C級だったんだ…)



「一条パージャー。」


「はい?」



前で話している職員から声を掛けられ、一条は真面目な顔で返事した。



「報告、お願いできますか?」


「あ、はい!」



一条はしゃんとして立ち上がった。






別室では「パージャー冬期研修会Ⅾ級の部」という立札があった。室内はまだまだざわざわして、立っている人も多い。佑心、心、日根野が隣同士の席を見つけた。その後列に泰河と幼いロングヘア―の少女が後列にいた。佑心は斜め前にいる原、川副を見つけ、明らかに肩を落とし、暗い影を落とす川副を見つめた。



「どうしたの?」



心は微動だにしない佑心に声をかけた。



「川副だよ。なんか元気ないよなーって……」


「まあ、立ち入り捜査とか色々あって、ここ一ヶ月大変だったから」


「ああ……」



佑心はずっと川副を見ながら、納得していないがそう答えた。心は構わず話を続ける。



「そういや、あの後結局ノート見つかった?」


「いいや、全然。任務先にでも間違えて持ってたったかー?」



佑心はやっと川副から目を話し、天を仰いだ。聞いていた泰河は厳しい表情をつくった。






「研修会は以上です。」



D級の部の研修会が終わり、室内はざわざわし始め、立ち上がる人もいた。心が書類をトントンとまとめていると、頭の上に何か重いものが載せられた。



「?」


「あ……」



佑心は振り向いて一条を確認した。一条は無表情で心の頭に温かい缶ジュースを置いていた。



「おつかれ。はい、これ。」



一条は佑心にも缶ジュースを差し出した。



「あ、ありがと。」



佑心は大人しく缶ジュースを受け取った。佑心がカチッとプルタブを上げて飲んでいる横で、一条は日根野にも渡していた。



「はい、晴瑠はるさんにも。お疲れ様です。」


「きゃー、希和きわ大好き!」



一条はさらに180度振り返って、少女の机にも缶をコトンと置いた。暗く俯きがちなアミリアははっとして顔を上げた。



「アミリアも、お疲れ!」



少女、アミリアはぱっと笑顔になりはにかんだ。



「ありがと……」



アミリアはそっと缶を受け取った。佑心はその一条の様子に、街中でぶつかった子供を見つめる一条を思い返していた。



「ちょっと泰河!」



急に一条が大きな声を出し、周りの皆が驚いて一条を見上げた。



「何普通にこの子置いてってる訳?」



出口に既に向かっている宗崎泰河の背に視線が集まった。一条の言葉を受けながら、徐々にこちらを振り返った。



「ちゃんと一緒に連れてってあげな。」



一条はいつになく真剣な表情で言い放つ。



「……そうだな。アミリア、行くぞ。」



泰河は黒マスクで表情が読めないが、一条を人睨みして踵を返した。アミリアはぎゅっと缶を握って椅子から飛び降り、仕方なく泰河について行く。一条はまだ厳しく泰河の背を追っていた。



「アミリア……」

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