9-2「余暇」
占領されているカフェ。ナイフ男は足先を何度も上げ下げし、警察がなかなか取引に応じないことに痺れをきらし始めていた。
「ったく、サツのやつ、全然動かねー……」
「そろそろ一人くらいやっちまうか?」
それを聞いた店内の他の客たちがキャーキャー騒ぎ出した。
(クッソ……)
どうにも動くことができない佑心は歯がゆさに拳を作った。
まだ拳銃男が一条に銃を突き付けている。
「おい!少しでも動いたら、こいつの頭が吹っ飛ぶぞ!いいな!」
拳銃男は店内の様子をちらちらと気にしていたが、そう言うとゆっくり後ずさりし始めた。
「お、おい、何する気だ⁉」
「まあ、待ってろって……」
動揺する警官に男は余裕の笑みを浮かべてドアノブに手をかけた。一条は拳銃を突き付けられながらも、階段を後退していく男の様子を見ながらニヤリと笑った。
(このへんか、なっ!)
そして、わざと階段で足を滑らせた。
「なっ⁉」
一条の首に手を回していた拳銃男も一緒に滑って、あっという間に一条の下敷きになった。一条は男が拳銃を握る手にチョップを食らわし、拳銃を階段下に落とした。
「クソッ!がっ⁉」
こけた男は悪態をついたが、すぐに一条の肘鉄が頭に入ってノックアウトされた。
「ふぅー……」
一条は安堵して階段に座り、顎を手の甲で拭った。警察は目の前の拳銃を急いで拾いに来ていた。
「大丈夫ですか⁉」
「気をつけろ!まだ中に人質が!」
「一人保護!」
警察は一条に駆け寄ってきて、すぐにカフェから一条を遠ざけた。
(ま、あっちはなんとかするでしょ……)
店内の西村が佑心を制し、佑心が何もできず唇を噛んでいると、玄関からドタッ!と大きな音がした。と同時に警察の声も聞こえてきた。
「何だ⁉」
「まさかあいつっ⁉クソ!」
興奮したナイフ男の一人が一般客にナイフを振りかざして迫って来ていた。
「下がって!!」
日根野が一般客の前に咄嗟に出て、覆うように庇った。
「先輩っ⁉」
佑心はかなり焦った様子で声を荒げた。
「くっ!!」
しかしナイフは日根野と一般客には届かなかった。ナイフの刃先は西村の腕に、血はぽたぽたと床に垂れた。刺した男は急に青ざめて微動だにしなくなってしまった。西村は動かないナイフ男の足を引っかけ、男のバランスを崩した。
「な、何やってんだ⁉」
もう一人の男も気を取られ、視線がそちらに逸れた。見兼ねた心はその男のナイフを持つ腕を後ろ回し蹴りで蹴り飛ばした。そして佑心が宙に浮いたナイフを見事にキャッチした。
「よっと!あ、西村先輩!!」
心がカウンターにナイフ男を押さえつけている間に、佑心は西村の方に駆け寄った。西村は腕から血を流しながらも、犯人を制圧していた。側に日根野がいて、西村のことをひどく心配していた。
「颯太君⁉大丈夫⁉」
「お、おう……大した事ないで……思ったより深くないで……」
西村は泣きそうな日根野に、少し苦しそうに答えた。すっとナイフを腕から抜くと、近くに来た佑心を見上げた。
「ゆ、佑心……外の警官にもう片はついたて言うてきてくれんか?ここにいる人らも早よ解放したりたいし……」
西村の視線の先には多くの怯えた客たちがいた。
「は、はい!」
佑心は玄関に駆けていった。日根野はまだ泣きそうな顔で西村を見ていた。
「ほんとに、なんて無茶するの……」
「っ、そんな顔せんでも、俺は大丈夫やて……」
日根野はしゃくりながら西村の手に客から借りたストールを巻き始めた。
「でもー!私たちこんな仕事だし、心配になっちゃって……」
西村は優しく笑った。
「俺は死なへんで……まだ、フェアやないからな!」
「え?」
意味深な笑顔と言葉に日根野は惹かれつつも、呆気に取られた。
一条、心、日根野が事後すぐに警察の事情聴取を受けた。
「犯人が勝手に転んだんですよ――」
「僕は犯人の気が逸れているうちになんとか……」
一条と心が口々に言い訳を並び立てた。
「君たち、格闘技か何かやってるの?」
「ああいやいや!たっまたっまですよ!」
(舜君、分かりやす……)
心の声色は明らかに上ずっていて、日根野は苦笑し、一条はジト目を向けた。三人が警察と話している時、手前のパトカーの陰で佑心と西村は話し込んでいた。西村は歩道のブロックに座り、佑心は彼の前に仁王立ち。
「何で能力で受けなかったんですか⁉そしたらもっと軽傷で済んだのに!」
「一般人もおるさかい、むやみに使われへんかってん。それに、あいつ内心びびっとったし。」
「え?あいつって、犯人ですか?」
「せや。ん、知らんか?緑のパージ能力は魂の治癒ができて、その揺らぎに敏感!あいつは血見たらビビるやろと思たんや。」
「へー……さすが西村先輩……」
佑心は羨望の眼差しを送り、西村は何か気づいたように顔を上げた。
「そうゆうたら、なんで「先輩」呼び?まあ、俺も叶パイセン言うてるけど……」
「?」
佑心はきょとんとしたがすぐににっこり笑った。
「ま、いいじゃないですか!」
警察と話していた一条が途中で、後ろの西村と佑心を振り返った。
「西村さーん、警察が話聞きたいって。」
「おう!」
西村は立ち上がってこちらに来る一条とすれ違った。
「佑心、そろそろ帰る用意しとこうって、晴瑠さんが。」
「う、うん。あー、荷物店に置きっぱなしだ!」
佑心はしまったと頭を掻いた。
「じゃあ、私取って来るから。」
一条が店内に入ると、夕方の明かりでは店内はかなり薄暗かった。一条が椅子に掛けてある袋を取ろうとした。
「あっ……」
一条が手を伸ばした袋の中身が上から見えた。背表紙には「守霊教の実態」「守霊教大全」と書かれている。一条は拳を握りしめて取るのを躊躇した。
カラン……
佑心が店内に入ってきてから、一条は慌てて袋を持ち踵を返した。
「はい、これ!」
一条は袋を手渡すが、佑心は袋を持つ一条の手に自分の手を重ねた。
「ん?」
「悪かった……」
佑心が手を重ねたまま、その手を下ろした。
「守霊教と同じなんて言って……俺、一条が休みを返上してまでゴーストの被害を減らそうとしてるの知ってたのに……」
一条がふうと息を吐き、そして静かに口を開いた。
「私たちは組織に属する以上その方針に従わなきゃならないけど、それで人を守れない訳じゃない……」
「でもっ!」
突然そう声が聞こえ、心が佑心の後ろに飛びついてきた。
「僕は、佑心の真っすぐな気持ちも好きだな!」
ベシッ!
「あいてっ!」
一条は佑心の本で心の頭を軽く叩いた。
「舜はまっすぐすぎるっつーの!」
「お前ら、帰るで!」
「松本さんも心配してるよ!」
三人が振り向くと、カフェの扉に西村と日根野が笑ってもたれていた。
「あ、はい!」
みんなで笑ったり、肩を組んだりしながら夕暮れのショッピング街を歩く後ろ姿。その五人の楽しそうな姿を佇んで見つめる男が一人いた。佑心と西村が違和感を感じた男。あの人のよさそうな、胡散臭い。男は首の後ろに手を当てると、その首筋に小さく太陽のタトゥーが見えた。
「フッ……」
佑心が気配に気づき、ふと振り返った。しかし、そこには誰もいない。ただ夕暮れに照らされた道があるだけだった。
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