10-2「ブルークリスマス」

重厚な部屋の扉がノックされた。



「失礼します、真壁です。」



「ん。」



真壁副長官が入室した。相変わらず、40代とは思えないスタイルの良さを誇っている。



「長官、こちらを。」



副長官がタブレットを差し出した。



「行方不明のゴーストがさらに増加しています。パージ能力で殺されたわけでもない、一般人のゴーストが消息を絶っているということはやはり…」


「ああ、何者かが意図的にパージもしくは回収しているということ……しかし、何のために…?特殊執行部から報告はあったか?」


「それぞれのオフィス、寮の捜査を終えたようですが、明らかに疑わしい人物はいない、と。ただ、橘パージャーは赤の派閥の新田佑心という新人について少々気になるようで。」



真壁はタブレットをスライドし、佑心のプロフィールを見せた。



「新人…か…」



長官のメガネが怪しく光った。






赤のオフィスで、佑心がテーブルでパソコン作業をしながら背後をジト目で見た。後ろには橘が怖い顔をして立っていた。



「なんでいるんですか?」


「いえ、お気になさらず…」


「気になるから聞いてんだよなー…松本さん、これって俺疑われてるってことでよね?」



新田は背中を丸め、不服そうに聞いた。



「まあ、そうだな。だが、彼は優秀だ!佑心が無実だとすぐに分かってくれるさ。」



松本はいつも通り豪快に笑った。



「ですかねー…」


「ん?これは?」



橘は佑心のデスクに貼ってある家族写真を見つけて身を乗り出した。



「ああ、姉と母です。

俺は二人が死んだ日のことを知るためにPGOに入りました。だから、その目的と覚悟を忘れないために。」


「…」



写真を見つめる佑心の目に曇りはない。橘にはそれが手に取るように分かった。任務先でも橘は佑心の後についた。十二月の寒さは伊達じゃなく、佑心はコート、橘はマフラーとコートを羽織っていた。任務先の町で、佑心がゴーストを見つけた。



「お、いたいた…」



佑心は赤色の光でさっさと焼き尽くした。その後ろで、橘は何やら必死にメモしていた。



「うっ、すごい観察されてる…やりにくいって…」






PGOへの帰路、二人は夕焼けの電車に揺られた。空席の中、二人で吊り革を持ってた。佑心はちらちらと橘の方を気にして遂に声をかけた。



「橘さんはなんでPGOにはいったんですか?」


「?」



橘は突然の質問を不思議に思った。



「俺の理由は言いましたけど、まだ橘さんのは聞いてないなって……」



橘は車窓に目を向けた。無表情が明るい太陽に照らされた。



「初めは流れです。高校卒業後、一般企業の内定も頂いていましたが、PGOにスカウトされて初めて自分の力を知りました。ですから、新田さんと同じ、この世界に入ったのは遅かった。」


「へぇ、正直意外です。松本さんが優秀だと仰っていたので、てっきり一条みたいに昔からゴーストに触れてきたのかと。」



佑心は考えるように顎に手をやった。



「君のご家族のことは申し訳なく思います。」


「え、申し訳ない?」



心は目を丸くした。電車がトンネルに入り、一気に車内も暗くなった。



「世の中は何の規則性もないルーレットのようです。何か違えば、ゴーストに憑かれていたのは私の家族、いや私だったかもしれない。」


「それは橘さんのせいじゃない。」



佑心は勢いよく首を振った。



「俺の家族は、そう、この世が橘さんのいうようなルーレットなら、運が悪かったんです。」



佑心は目を伏せた。橘は前を向いたまま、続けた。



「よく考えるんですよ。『運も実力のうち』というのなら、じゃあ……」



橘は拳を握りしめた。橘の記憶の中で爽やかな青年が橘に笑いかけた。



「不幸だった人は実力がなかったのか、と。絶対に違うんです……」



ゴゴゴゴゴと電車の音が響き、トンネルを出た。佑心の顔には再び日に照らされた。






小雨のふる夜、街にはクリスマスソングが流れ、イルミネーションがきらめいている。通りはレンガの床で、カップルがちらほら見られた。PGOのジャンパーを着る佑心はあまりの寒さに肩をすくめた。



「さっむっ……」



隣には情報局の男性職員がいた。佑心と共に捜査を終えて帰っているところだった。



「あ……」



佑心が何か気づいた。一角の店から出てくる川副を見かけたのだ。川副は長いコートに身を包み、マフラーと手袋までして重装備。



「すみません、先帰っててください!」


「え、新田パージャー⁉」



佑心は男性職員を置いて川副のもとに駆けだした。男性職員は中途半端に手をのばした。 

川副が掌を空に向けると、少し雨が降っていた。



(あめ……)


「川副!」



川副が振り返ると、佑心が頭を手で覆いながら走って来ていた。川副はぱっと頬を染めた。



「すごい偶然!こんなところで何してたんだ?任務?」



川副は一瞬言葉につまった。



「あ、う、うん。そう。」






ギリシャ風の彫刻を円状に囲うふちにカップルが多く立ち並んでいる。その中に佑心と川副もいて、彫刻の方を向いて腕をついていた。川副は、雨を避けるため佑心が貸したジャンパーを羽織っている。



「お互いクリスマスにまで仕事なんて、ついてないな?」


「そ、そうだね!」



川副は沈黙にもじもじした。



「そういえば川副って守霊教詳しかったよな?」



川副は一瞬で青ざめて、びくりとした。



「……知り合いが詳しいだけだよ。」


「俺、一回PGOの十二階に間違って行っちゃって、守霊教の施設に入りかけたんだけど、なんかそこだけ雰囲気違ってて……あんな事件もあったし、ちょっと調べてみようと思ってるんだけど……」


「っ、関わっちゃダメ!佑心君には関係ない!」


「え?」



急に大声を出した川副に佑心は驚いた。



「……あれは普通の人には必要ないもの……生きづらくって弱い人が流されちゃうの……」



川副は眉間にしわを寄せて、そう寂しく呟きながら、肩を引っ張って佑心のジャンパー脱いだ。それを彫刻のふちに置くと、佑心に背を向け足早にその場を去った。



「っ!川副!」



佑心は驚いて立ち尽くすことしかできなかった。その時佑心の携帯に電話がかかってきた。



プルルルル……


「お……」



佑心は携帯を取って耳に当てた。



「佑心、今どこにいるの?」


「恵比寿。調査終わって帰るとこだよ。」


「あっそ。それでさ、なんか年末の忘年会の日程決めたいらしくて――」


(あ……雪……)



一条の話は佑心の耳にうっすら聞こえるだけで、目の前で降り始めた雪を見ていた。



「ちょっと聞いてるのー?」


「え、ああごめん。雪が……」


「雪?」


「今降って来たんだよ。一条も外出てみろよ。」


一条は寮の共同スペースにいたが、非番の一条は私服にポニーテールに眼鏡。外に出てみろというのも正直億劫だったが、仕方なくPGOのジャンパーを引っ掴んだ。

一条が電話しながら教会の外に出た。佑心の言う通り、確かに雪が降っている。



「ほんとだ、ホワイトクリスマスね……寒くなりそうー……」


「そうだな……吹雪に備えないと……」



佑心の声が低くなった。



「?」



一条は不思議そうな顔をした。電話の先の佑心は静かに携帯を持つ手を下ろし、雪の降る黒い空を見つめた。

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