8-1「内なる敵」

どんよりとした曇り。原宿駅にて、一条が携帯をいじりながら柵にもたれかかっていた。まもなくそこに佑心が合流した。



「あと数十分で、舜合流できるって。」


「ん。了解。」


「ここにいるのもなんだし、どっかベンチでも探そうぜ?」



佑心は一条に背を向け、駅構内に向かった。



「佑心。」


「ん?」



佑心は顔だけ一条に向けた。



「この前言ってた、パージャーの名前だけど……」



佑心が足を止めてしっかり向き直って、真剣な眼差しを向けた。

佑心が一条を訪ねた夜、佑心は探し物を見つける覚悟ができていた。一条の寮の自室で、佑心と一条が地べたに座り、保管庫で印刷した任務報告書を囲んで話した。



「この人って、会えたりしないのか?」



佑心が記録と書かれた所の署名を指差した。一条はそこをまじまじ見た。



「C級パージャー斎藤明……難しいかもね。パージャーは何千人といるし、引退してたらなおのこと。PGOってそういう管理は割とざるだから……」


「そっか……」


「でも、一応松本さんにも聞いてみるわ。」



それ以来二人は佑心の過去の事件について何も話していなかった。

曇天の下、一条は佑心をまっすぐ見据えて言った。



「斎藤明、松本さんも知らないって言ってたわ。まあ、その人がA級とかなら話は違っただろうけど……」



佑心は小さく何度も頷いた。その時、一条に後ろから誰かがぶつかった。



「おっ……」



そして少女が楽しそうに目の前を走っていった。



「すみません……待って、美和ちゃん!」


「いえいえ……」



子どもの母親と思われる女性が一条に頭を下げて、子供を追いかけていった。一条は二人の後ろ姿を見て、ひどく優しい表情になった。佑心は彼女の表情を見て、少し驚いた。こんな表情あまり見せないのに、と。その時、一条の携帯が震え、一条は受話器を取った。



「もしもし?晴瑠さん?……はい、もうすぐ舜も来ますけど……だ、だから違いますって!……え、あ、はい。分かりました……」



佑心は興味なさげに見ていた。



「晴瑠さんが、すぐに本部に戻ってってさ。」


「この辺の捜索は終わったし、まあちょうどいいか……」


「ええ。舜を待ちましょ。」






佑心、一条、心の三人が本部に戻り、赤のオフィスにつくなりいつもよ違う雰囲気を感じ取った。



「ただいま戻りました……え」



佑心の目に真っ先に飛び込んできたのは、小さな接待室の椅子に腰かける茶色スーツ、イラついた貧乏ゆすり、そして不機嫌に吊り上げる眉。彼は事務局総務部のながれ年次ねんじである。東都大学に六浪して入学したことで有名なのだが、名前をいじられて留年という誤解のある多少不憫な人物である。オフィスの端にある小さな接待室のソファに偉そうに座っていた。一条は流に気づくなりすごく嫌な顔をした。



「げーーーっ!総務部の刺客、留年ヤロー!」



流はさらに怒りのボルテージを上げた。



「くっ、留年じゃなく浪人だー!だが、今の問題はそこじゃっなーい!一条、座れ!」



流は目の前の椅子を指差し、一条は不満顔で腰を下ろした。そして流はシフト表のようなものを一条の目の前にたたきつけた。



「これはどういうことだっ!」



その表の一条の行には、二十四日連続で「任」と書いてある。佑心と心も椅子の後ろから覗きこんだ。



「何か問題でも?」



一条が挑戦的に言った。



「問題大アリだろーがっ!二十四連勤だぞっ!二十四連勤っ!」


「に、二十四連勤⁉」



佑心と心の声がオーバーラップした。一条は口を尖らせて、目を逸らした。



「でも、そんなのPGOじゃ日常茶飯事ですよね⁉今更労基法なんて要ります⁉」


「お前の場合は別だっ!しょっちゅうこんな調子だろっ!誤魔化すこっちの身にもなれ!」



流と一条が立ち上げってにらめっこの状態になった。めらめらと周りにオーラさえ燃えている。



「とにかく、一条は今日から五日は休み!強制だっ!」



一条はチーンと魂が抜ける勢いで放心状態になった。



「働きすぎだろ……ってか松本さんまで……」



佑心の視線の先にはデスクの上に突っ伏してこちらもまたチーンと魂が抜けている松本。そこに日根野が苦笑いしながら歩いてきた。



「さっき松本さんも留年さんにみっちり説教されてたから。希和を何とかしろってね。」






佑心と心は諜報部に情報をもらいに行き、カウンターで待っているところだった。



「一条さんが休暇を取らされてから早三日……いないといないで変な感じだね……」


「だな。っつーか、二十四連勤って、バカだろ……」


「あはは……」


「お待たせしました。新宿の件の捜査資料と付近のゴースト目撃情報、ですね。」



職員が厚いファイルを持ってカウンターに持ってきた。



「そうです。ありがとうございます。」



佑心が資料を受け取ると、諜報部の奥の方でざわざわとした。



「なんだこれ……」「うそでしょ?」「何?」



心と佑心も気になって耳をそばだてた。



「何だろうね……」


「事件、とか……?」



ざわつきはさらに大きくなって、諜報部にある大きなモニターがニュースに切り替わった。佑心と心が呆気に取られつつモニターに目をやると臨時ニュースが流れた。



「臨時ニュースです。六月上旬に神戸市内のホールで起きた放火テロ事件について、守霊教司祭のはくけん氏が事件に関与した疑いで逮捕されました。兵庫県警によると、七月に逮捕された実行犯と思われる守霊教徒の男の証言や防犯カメラなどから魄容疑者が主犯の疑いがあるとみて詳しく調べています――」


「憲氏が⁉」「うちのパージャーだろ⁉」



佑心と心が困惑して顔を見合わせた。また男性アナが話しだした。



「またこれを受けて、警視庁は守霊教の組織的な関与も視野に入れ、捜査を進める模様です――」


「はあ⁉」


「えー⁉」



佑心と心がまた顔を見合わせて、絶叫した。



「まずいよね……守霊教の施設にはPGO関連のものも多いし。でも、警察上層部はPGOの存在を知らされているみたいだし、何とかなるか……」


「いや、それよりも……同じ組織が犯罪集団かもしれない、その方が俺たちにとっては大問題だろ……」(ちょっと守霊教を調べてみる必要がありそうだな……)



佑心がモニターを見ながら鋭い視線を送った。

各所で皆が同じニュースを見ていた。PGOの長官と副長官、杵淵執行局局長、松本や日根野、原と川副、そして両親の墓参り帰りに街頭テレビで見る一条。一条は手にレジ袋を持ったまま、街頭テレビにくぎ付けになっていた。






バンッと赤のオフィスの扉が勢いよく開き、制服姿の一条が息を切らして現れた。オフィスには松本、佑心、心、日根野、その他の職員が心配そうな顔をして立っていた。一条が入ってくると、皆そちらを向いた。



「一条さん!」


「希和、例のニュースを見たのか。」



一条は息を整えて松本の近くに行った。



「……はい。本当なんですか?守霊教が組織ぐるみであの事件に関わってるって……」


「いや、それは分からんが、警察の捜査の手がPGOにも伸びると言うことだ。これから俺は幹部会議に出る。もしかしたら、皆にも何か影響があるかもしれん、とだけ言っておく。」



一条は息を飲んだ。



「魄憲氏、僕知り合いだったんだけどな……」



心はそう呟いた。



「魄憲氏?ああ、逮捕された守霊教の……」


「うん。守霊教司祭で、PGOのパージャーの一人だったから……」


「これだから、守霊教はいけ好かないのよ。こんな不祥事でゴーストのパージを遅らせるわけにいかないのに……」



一条は腕を組んで明らかに不機嫌な顔をした。



「僕はまだ信じたくないな……」



目を伏せる心とはとても違っていた。

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