第12話 定期考査対策
定期考査。それは世の学生らを地獄に突き落とす魔の期間だ。
机と向き合い、教科書と睨めっこし、ぶつぶつと単語を頭に詰め込む作業。
誰よりも勉強嫌いを自負している俺としては目を背向けたい現実である。
「わからん、さっぱりわからん。わからんことがわかったぞガハハッ!!」
場所はファミレスにて。俺は声高らかに宣言していた。
というよりもそれだけテンションを上げないとやっていけないのである。他のお客様に迷惑だ? 知らんがな、今日だけは許せ。頼む、許して欲しい。
「ここファミレスだぞ、もっと静かにしろよ真司」
「クソがボケ。どの口がほざきやがる……ッ」
俺が無理やりテンションを底上げしている理由。それは空元気だったとしても振り絞らなければ、一瞬にして体力を根こそぎ奪われてしまうからである。
渦中の人物を睨み付けたが飄々とした態度を崩さなかった。
「っち、どうしてこんなことに……」
俺は頬杖をついて、ぱらぱらと単語帳を捲る。しかし、一瞬は頭に入れど、次の瞬間には抜け落ちる。集中していない結果なのは火を見るよりも明らか。
窓に反射した自分の顔はそれはもう渋い表情であった。
「あ、ひーくんここ間違ってる。ここはね~」
俺から見て左手側。梨花が日向に身体をわざとらしく寄せながら教えていた。さりげなく腕を組んでいるのがポイントだろうか。ラブコメの波動を感じる。
「そうか! 梨花は教え方が上手いな、ありがとう」
「っ、うん! ひーくんのためなら私なんだって教えるよ!」
「期待してる。これからも俺を助けてくれ」
美男美女。そこだけ切り取れば仲睦まじい理想的なカップル。
問題点は男がハーレム王、一ノ瀬日向であるということ。
……俺はさりげなく視線を右側へと動かした。
「日向君、この公式を当てれば更に分かりやすくなるわよ」
「……おおっ、マジか! 百合先輩って天才ですか!?」
「ふふん、尊敬してもいいのよ?」
得意げに鼻を鳴らし髪を搔き上げる我らが生徒会長、姫乃百合先輩。
そのカリスマ性から生徒、教員問わず人望の厚い人物だ。そんな女性が日向に向けて乙女の表情を湛えている。経験に乏しい俺でも分かる程に恋をしていた。
「むぅ、私の方が教え方上手だよね!? ね、ひーくん!」
「いいのよ日向君、素直に言って。彼女じゃ頼りがいがないって」
「なに言ってんだよ梨花も、百合先輩も」
痴話喧嘩に対しやれやれと満更でもなさそうに鼻をかく主人公、日向。
普通の男子が行えば癪に障る仕草も、日向がすると妙に絵になってしまう。イケメンというだけで、この世はイージーモードなのだなと見せつけられていた。
(え、帰りたい。日向の奴、なんで誘ってきたんだよ)
放課後、月菜ちゃんは用事があるとかで、今日はひとりで帰宅をしていた。元々ひとりで下校するのが日常だったのだから、元に戻っただけ。だというのに心なしか寂しく想えてしまうのは月菜ちゃんの謀略に嵌っている気がしないでもない。
そうして駅前を通りがかった時、見慣れた顔がファミレスの店内に見えた。俺の幼馴染であり、隣家に住む男子高校生一ノ瀬日向と、その御一行であった。
そそくさと通り抜けようとしたが、日向に見つかってしまったが運の尽き。
断る暇さえ与えられず、あれよあれよと確保されてしまった。どの角度から考えてみてもこの場に俺が加わるのは場違いだろう。ハーレムに混じる異物である。
「……ん~」
ハーレム構成員は梨花、姫乃先輩、そして――もうひとり。
中学校の後輩。わざわざ日向を追っかけて同じ高校に進学した少女。派手に脱色された金髪が印象的で、不満げに、あるいは退屈そうにシャーペンを弄んでいた。
中学生の頃は物静かだった少女。いわゆる高校生デビューだった。
やや吊り目で、程よく気崩された制服。新一年生にしては中々に攻めたスタイルである。性格を知らない人間からすれば、不良娘と断じてもおかしくない。
「なんすか、碓井先輩。こっち見て」
「や、何でもねぇ。強いて言うなら、俺で悪かったな」
「……元々ひとりで座ってたんで。別にいいです」
彼女の全身から負のオーラがこっちにまで漂って来ていた。
生憎テーブルは五人用。俺が参加するまで彼女はぽつんと一人で座っていた。まぁ哀愁漂う光景であった。かといって隣に俺が座った所で嬉しくないだろうが。
突如として始まった勉強会。だが面子が最低を突き抜けた最低である。
俺はドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを口に含んだ。安っぽい柑橘の香りが鼻腔を擽って喉を通り抜けてゆく。けれど口内が潤ったのは一瞬だった。
気まずさが募りに募って、とにかく逃げ出したい衝動に駆られていた。
「でもでも、そろそろ席変わってくれて良くないですか?」
「俺に言うなよ。ま、タイミング見て無理やり割り込めばいんじゃね」
「……ぶっちゃけ怖いっす。桜木先輩はまだしも、姫乃先輩が」
ぽしょぽしょと呟きながら、半目で溜息を漏らす少女。
ハーレム構成員最後の少女。――
幸せな展開は漫画だけ。現実はひとりの男を虎視眈々と狙うのがハーレムの実情であり真実だ。別名修羅場。血で血を洗う、生臭い戦争が勃発していた。
「つーか帰っていい? きちぃんだけど、この空気」
「は、ダメっす。碓井先輩が帰ったらまた居心地悪くなるんで」
「テーブル席の定員だから仕方ないけど、お前目死んでたもんな」
「そりゃそーでしょ、勉強会呼ばれた! ってウキウキして参加したら桜木先輩たちが既に居て、私の場所は向かい側。晒し者かと思いましたよ、まーじで」
そう言って、潰れたようにテーブルに突っ伏す緒川。
中学時代から優秀だった彼女は、高校に進学してからも変わらず。ノートは綺麗にまとめられており、少なくとも勉強会が必要な成績とは思えなかった。
というよりも、ここにいるメンバーは俺以外優秀である。
だと言うのにも勉強会を開いたということは……ははーん、合点。梨花か姫乃先輩が建前上開催したのだろう。同じ時間を共有できる無理のない作戦として。
「ふたりとも勉強なんてしなくていいのに、そこの席変われっての」
「勉強しなくてもいいのはお前もだろうが。ま、次の機会を願うんだな」
「……ちぇ。定期考査後の体育祭がやっぱり激熱ですかねぇ?」
ちゅるちゅるとストローでジュースを吸う緒川。高校生デビューしたと聞いた時が驚いたが派手な様相が存外似合っている。地味子だった頃とは似ても似つかない。
そんな緒川の言う通り、体育祭はリア充たちの祭典ではある。
五月中旬から下旬にかけて定期考査が実施される。その後、一か月ほどの準備期間を経て六月下旬に体育祭が開催されるのが我が校のスケジュールであった。
男子運動部はその実力を発揮し、女子はときめきを抱く。そうしてめでたく結ばれてカップルに昇華するのだ。しかし非リアの俺にとっては無縁のイベント。ストーカーされているからといって運動能力が飛躍的に向上するわけではないのだから。
「体育祭。実行委員。――いける」
何やら企てている、緒川の悪い表情が記憶に残った。
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