第11話 お昼のイベントといえば

 学校によっては常時封鎖されているところもあるようだが、俺が通う高校は屋上に生徒が自由に出入りできる。昼休みともなれば賑わいは最高潮ともいえた。

 そんな空間の中、俺と月菜ちゃんは並んでベンチに腰掛けていた。


 突如教室に現れた彼女は、俺の分の弁当を用意したと口にした。碓井家の両親は共働きが故に、いつの間にか食費を渡され自分で何とかするのが日課になっていた。

 もっぱら総菜パンかカップ麺。男子高校生の飯なんてそんなものである。


「はい、どーぞ。量多めに作ったから」

「あ~、視線が痛い。怨嗟の籠った視線が痛いよぉ」


 聞けば高校生になってから月菜ちゃんは弁当を作るようになったという。

 中学生時代は給食制度だったが、元来料理好きの彼女にすれば手間ではないのだろう。……しかしなぜ俺にまで弁当を。もしや不健康な生活が祟って顔色が悪かったとか。何はともあれ、強引に屋上まで駆り出されてしまった以上覚悟を決めた。

 

 周囲から俺に夥しいほど突き刺さる興味と憤怒の視線。

 羨望の眼差しも混ざっていた。そんな中、有り難く頂戴する。

 ぱかっと開ければ、配色豊かな弁当が現れた。


 お米は冷えているのに艶やかであるし、おかずもどれもが冷凍ではなさそうだ。明らかに手間暇かかっており、お世辞抜きで料金を取れそうな見た目であった。

 料理好き恐るべし。感服。感嘆。筆舌に尽くしがたい。


「お、おぉ、朝から頑張り過ぎだろ。つーか、なんで俺にまで?」

「真にいのことだから絶対総菜パンかカップ麺で済ませてるだろうなって思って」

「ぬぐッ。……ば、バレてる、なんて恐ろしい子」


 まさか言い当てられるとは。しかも総菜パンとカップ麺という品目まで。

 伊達に幼馴染やってないなぁ、と顔には出さず胸中で笑った。

 兎にも角にも、彼女は俺の健康を心配しているらしい。


「本当はもっと早く作ってくるつもりだったけど、完璧なお弁当を食べて欲しかったから練習してたのよ。ほら、お弁当って冷えちゃうじゃない、その計算とか」

「……俺には分からんけど、そういうもんか」


 昔のことであるからして記憶は定かではないが、彼女が台所に立ち始めたのはだいぶ前の話になる。一ノ瀬家の両親は海外で仕事、日向は家事好きではない。

 現状、経済面以外の点では月菜ちゃんが完膚なきまでの圧勝だった。


「冷えてても月菜ちゃんの飯なら美味い気がするけど」

「そうだとしても、よ。真にいに万が一がっかりされたら嫌だし」

「がっかりなんてしねぇよ。月菜ちゃんの飯が一番美味い」


 明るめの茶髪を指先でくるくると回す月菜ちゃんに告げる。

 料理を始めた最初の頃こそ失敗はあれど、忖度せずに今の彼女が作る飯は美味い。そこら辺のファミレスで満足できなくなってしまったのは、俺だけの秘密だ。


「そ。……ほんとに?」

「ああ。嘘じゃない」


 尋ねてきた彼女の瞳は不安げの色が滲み、揺れていた。

 これまで短くない時間を台所に捧げ、今回もわざわざお弁当を作る練習をしてきた。努力を続けてきた彼女の飯が不味いわけない。もっと自信を持つべきだ。

 儚げな雰囲気を醸し出している月菜ちゃんの言葉に俺は首肯した。


「ふ、ふ~ん。私の料理が一番なんだ、ばーか」

「おい落差!? 褒めてんのに何で罵倒されてんだよ!?」

「ばーかばーか。ほらさっさと食べちゃいなさいよ」


 頬をうっすらと朱色に染めて「ばーか」と連呼する月菜ちゃん。

 照れている彼女は妹のような存在ながら魅力的に映る。彼氏になる男は幸せ者だろうな……無論、俺が付き合う前に吟味させてもらう所存。そこだけは譲れない。


 あと心なしか刺さる視線が更に冷たくなった気がします。さりげなく周囲を見渡せば、数人の男子生徒が俺を射殺さんとばかりにねめつけてきた。

 やっぱり月菜ちゃんの人気っぷりが凄まじい。

 

――あ、弁当は最高でした。




「それで?」


 弁当箱を片付けていた月菜ちゃんが前触れなく言った。

 俺は不意の言葉の真意が分からずに眉をつり上げた。


「それでって、なにがだよ」

「それ! そのびみょーな顔!」


 ぐいっと身体を寄せながら上目遣いの体勢を取る月菜ちゃん。警戒されていないのは安心だが、いさかか近い距離感に居心地が悪くなった。あとシンプル悪口。

 気付かぬうちに彼女の地雷を踏み抜いていたらしい。


「へーへー、どーせ俺は微妙な顔してますよ」

「あ、そうじゃなくて。真にい真にいって顔してるよ」

「……それはフォローなの、か?」


 首をこてんと傾げた月菜ちゃん。フォローになっていない。

 そりゃあ日向と比較すれば俺なぞ路傍の石以下の存在であろうが、夢くらいは見させて欲しかった。神様、どうか来世はイケメンに転生させてください。


「とにかく、その辛気臭い顏やめてよ。私のお弁当食べた後よ?」

「んな顔してたか? 気のせいだろ、いつも通りだわ」

「これでも幼馴染だから。ぜんっぜんわかるから」

 

 月菜ちゃんは何やら気に入らなそうに肩を上げた。俺はといえば原因に心当たりは確かにあって、それが表情に出ていたのかと脳の片隅で反省した。

 心配をかけたくなかった。とりわけ月菜ちゃんには。


 恐らく、否。相手は異常者だ。俺のどこを見て恋慕の念を抱いたのか信じられないが、少なくともやっている行動はまさしく拗らせたストーカーだろう。現状手紙やメールに留まっているが、いつなんどき実害に発展するか分からない状態だ。


 であれば、俺と付き合いのある数少ない異性である月菜ちゃんに火の粉が降りかかる恐れは十分にある。できるなら穏便に事を運びたいが正体が未知の今、下手な手は打てない。

 ぶっちゃけ、俺だって誰かに相談したい。この悩みを共有して貰いたい。


 が、短絡的な思考に惑わされてその先にありえる未来を思えば、彼女に相談するのは得策ではないと言える。まさかと思うが、血が流れる結末なんて最低だ。


「なによ、私には言えない悩み?」

「いーや、そうじゃないよ。定期考査近いってのにまったく勉強してなくてさ。日向とか梨花を頼るのはなんつーか気が引けるし、どうしたもんかなって」


 決して嘘は言っていない。定期考査が迫っているのもまた事実だ。

 日向は無論、その日向に好意を寄せている梨花に助けを乞うのも気まずさが募る。

 深めの吐息を漏らしながら、俺は苦笑を浮かべた。そして遠くを見る。


 この動きでもって話を切り上げたつもり。動きの意味が伝わったか、伝わっていないかは審議の対象だが、月菜ちゃんは「ふーん」とやや釈然としない返事だ。


「真にいって嘘下手だよね~」


 撤回。全然伝わっていなかった。彼女はこれっぽっちも納得していない。

 流石は長い時間を一緒に歩んできた幼馴染。雑な誤魔化しは通用しないらしい。

 だが、意外にも予想に反して根堀り葉掘り追及されるようなこともなかった。隣を見れば何か物思いにふけった表情で、明るめの茶髪を手櫛ですぅと梳いていた。


 その様が逆に気になって、今度は俺が問うてみることにした。


「……んだよ、その表情は」

「なによ。真にいは教えてくれないのに、私は教えなきゃいけないの?」

「仰る通りで」

 

 俺は大袈裟に肩を竦ませた。月菜ちゃんに正義がある。

 俺は隠している癖に聞き出そうなど、道理ではなかった。だが結果としてストーカーの件を伝えずには済んだ。まだ誰かに相談すべき時ではない。仮に打ち明けるにしても……それこそ同性である日向か、死ぬほど気まずいが両親が候補だろう。


「ま、――けどね」


 前触れなく吹いた強めの風に紛れるようにして、彼女の呟きが殆どが聞こえなかった。そも、意識しないと一瞬でかき消されそうなほど小さな声量だった。


「よーいしょっと!」

 

 何を言ったのかと尋ねようとするよりも先に、彼女が掛け声と共に勢いよく立ち上がった。反射的に視点を上げてみれば、どこか儚げな雰囲気はそのままで、目付きだけは鋭利。その気迫に気圧されてしまい間抜けにも口が半開きで固まってしまう。


「そろそろお昼休み終わっちゃうよ、いこっ、真にい!」

「っ、あぶね!? 急に引っ張んなよ、転ぶって!」


 ぐいっと俺の手を引っ張る月菜ちゃん。俺の身体がふわりと浮き上がった。

 俺は転ばぬようバランスを取りながら体勢を保った。そんな俺の努力は露知らず、ローファーを鳴らしながらテコテコ前を走る月菜ちゃん。


「え~運動不足なんじゃない? かっこわる~」


 もしも。

 もしもだ。


 この場面すらストーカーに覗かれていたとすれば、果たして相手は平常心でいられるのだろうか。己を律することができず嫉妬心に狂ってしまうのではないか。


 月菜ちゃんを巻き込みたくない、その一心で打ち明けてはいない。

 だが距離の近い異性というだけで犯人にとって攻撃対象となってしまえば……。そんな不吉かつ縁起でもないことを考えてしまい、身がぶるりと震えた。

 

 ……ことが落ち着くまで、月菜ちゃんとは距離を置くべきか。いや、そんなことをすれば余計に月菜ちゃんに疑われてしまうし、付き纏ってくるに違いない。

 俺は思考を巡らせ、解決に至るまで慎重に動くことを決意した。

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