第11話 後編

 俺の腕の上に頭を乗せて寝息を立てている幸希の顔を、俺は飽きもせずにジッと見つめている。


 幸希のほうから積極的に誘ってきたのは初めてだったので、あの時俺は思わず面食らった。


 ――あいつは極悪非道なヤクザなんだ。どうせ、お前の身体が目当てなだけだ。


 あの言葉を聞いた時、俺は不安になった。

 大貴の言葉を真に受けた幸希が、俺の元から離れて行ってしまうのではないかと思ったのだ。

 確かに俺たちの関係ははたから見れば、ヤクザが借金を肩代わりする代わりに、女に愛人契約を結ばせたように感じるだろう。

 だけど、俺は本当に幸希のことを愛している。

 身体だけじゃない。心も、言葉も、仕草も、幸希の何もかも全てを愛おしいと思っている。

 だから、俺が幸希のことを食い物にしていると、彼女に誤解されたくなかった。そして、彼女を失いたくなかった。


 俺の不安は幸希にも伝わっていたようで、彼女に要らぬ心配をさせてしまった。

 幸希と一緒にいると、俺はとことん幼稚で情けない男だと痛感させられる。

 しかし、彼女になら、俺はどんな情けない姿もさらけ出したって構わないと思える。


 目の前で気持ち良さそうに寝息を立てている幸希を見つめていると、俺は無意識のうちに彼女の頬を撫でていた。

 すると、幸希は眉間にしわを寄せながら「んんっ」と唸る。

 しまった。起こしたか。

 俺は咄嗟に手を引っ込めた。

 しかし、幸希は目を開けることもなく、俺の二の腕に頬を擦り付けると、再び寝息を立て始める。

 その様子を見た俺は、安堵のため息を吐いた。


 こんな無防備な姿、俺以外の前で晒さないでくれよ。

 俺はそう願いながら、幸希を胸に抱いたまま、眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る