第11話 前編

 店仕舞いを終えて、私たちは凛ちゃんの車で帰宅した。

 帰りの道中、凛ちゃんはずっと暗い顔をして黙っていた。

 その顔は、怒っているような、そして落ち込んでいるような表情に見える。

 

 凛ちゃんは、どこから大貴くんの話を聞いていたのだろうか。

「身体目当てだ」というところ?それとも、「縁を切れ」と言われたところから?




 自宅に着いて、リビングに入ると、私は凛ちゃんの腕を掴んだ。

 凛ちゃんは「どうした?」と訊きながら振り返って、私を見下ろす。

 苦しそうな顔で私を見つめる凛ちゃんに対して、私は「慰めてあげたい」という気持ちになった。

 いや、むしろ「慰めてあげたい」というのは建前だ。本当は、私のほうが凛ちゃんに「慰めてほしい」と思っている。

 

 私は凛ちゃんのジャケットの襟を掴んで、下に引っ張る。

 すると、彼はゆっくりと腰を曲げた。

 そして、私は少し背伸びをしながら、凛ちゃんに口付けた。

 私からキスをしたのは、これが初めてだ。


 唇を離すと、私は凛ちゃんの手を引いて、寝室へと向かう。

 私は凛ちゃんをベッドに押し倒すと、彼の上にまたがった。

 彼は物憂げな表情で、ジッと私の顔を見つめてくる。


 私が凛ちゃんの服に手を掛けようとすると、彼は突然私の手を掴んで「やめろ」と言い放った。

 凛ちゃんは、悲しそうな顔で私のことを見つめていた。

「頼むから、俺の機嫌を取るために、自分の身体を差し出すようなことはしないでくれ」

「えっ……」

「俺は……、お前の身体目当てで、お前と一緒にいるわけじゃない……」

 凛ちゃんは苦しそうに声を震わせる。

 彼の言葉を聞いた瞬間、私は「ああ、やっぱり」と思った。

 やはり、凛ちゃんは大貴くんの「身体目当てだ」という言葉を気にしていたようだ。


「分かってる。分かってるよ、そんなこと」

 私は真っ直ぐ凛ちゃんの目を見る。

「凛ちゃんが私のことを愛してくれてるのは、ちゃんと分かってるから」

 私は凛ちゃんに、そして自分に言い聞かせるように続ける。

「これは、凛ちゃんの機嫌を取るつもりでやってることじゃない。ただ、私がしたいだけなの。……凛ちゃんに触れたいし、触れてほしい。私だって、あなたのことを求めてるの」

 凛ちゃんは私に対して、一方的に欲望をぶつけたりしない。私はそれを分かっている。

 私はいつも、凛ちゃんに優しく触れられている時、彼に愛されているのだと実感できた。

 

 私は今、凛ちゃんの温もりが欲しい。大貴くんに否定されてしまった私たちの愛を、今確かめ合いたい。


 すると、凛ちゃんはゆっくりと起き上がり、私を優しく抱きしめてくれた。


「幸希、愛してる……」


 その言葉を聞いた瞬間、自分の心臓がバクバクとうるさくなり、身体が一気に熱くなった。

 何度も言われた言葉だけれど、やはり何度聞いても新鮮な喜びを感じる。


「私も、愛してる……」

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