第3話 もう少し

 腕時計型端末を覗くと、先程の仕事の報酬が振り込まれていた。

 テリトリー外縁での仕事は単価が低いが、それでも数万の収入になる。


 仕事の報酬はAIが自動で処理してくれるので、俺のような最底辺の境界兵ファイターであっても、お金の分配において不利益を被る事は無い。

 それにいい顔をしない連中は多いが、流石に機械処理にケチはつけない。


 時刻は午後八時。これからもう一仕事だ。


 俺には借金がある。

 原因は医療費だ。

 俺は十年前に事故で生死を彷徨う大怪我をした。

 完治には当時の最先端医療が必要だったが、それには高額な医療費がかかる。


 それでも、父子家庭で俺を育ててくれた親父は、迷いなく治療を受けさせた。

 医療費はローンを組んで、必至こいて働いて、順調に返していった。

 しかし、無理がたたって親父は二年前に倒れた。ほどなくして亡くなった。


 残る借金は、三百万ちょっと。

 俺はその返済のため、適正判定の出た境界兵ファイターになった。

 クラス剣奴だろうと、生き抜いていけば、いつか金を稼いで生きていける。


 そして二年の苦節を経て、遂に返済まで漕ぎ付ける所まできた。

 この後の仕事をこなせば、目標金額達成。それを振り込めばようやく終わる。


 ここ数日の労働で疲労しきった体をおして、次の仕事場へと向かう。

 

 東京テリトリーは二十三区丸々入る、世界有数の巨大テリトリーだ。

 その攻略には世界中から境界兵ファイターやギルドが集まっている。

 形式上は日本の管轄下にあるが、そこから上がる利益はほとんどをアメリカなどが持っていく。日本は弱小国家であり、テリトリーの利権などとても握れない。


 攻略の拠点は、東京湾の一部を埋め立てて造られた海上都市『フロント』


 そこには世界中から集まった境界兵ファイターたちと、フロントの経済を回すための労働者たちがぎゅうぎゅうになって暮らしている。


 人口は百万人だったか。


 フロントは未来都市と言うには雑多で、おそらくかつてレトロフューチャーと呼ばれたような姿をしていた。レトロフューチャーが実現するなど、おかしな話だ。


 フロント、テリトリー間を絶えず往復するモビリティに乗って数分もすれば、直ぐにテリトリーに入ることができる。ゲートは厳重な鋼の要塞だが。


 指定されたゲートに向かうと、既にチームメンバーは揃っていた。

 俺以外は同じギルドのチームで、斧二人、盾二人。ま、よくある零細ギルドだ。

 その零細ギルドに安価で雇われる俺は、まさしく剣奴と呼ぶにふさわしい。


「ギルド『ソードナップ』の上地です。今日はよろしくお願いします」


「お、来たね~。今回の仕事は叡智箱ボックスの回収と、エリアボスの調査だ。

 いやー、上地君は優秀って評判でね! よろしく頼むよ」


「はい」


 優秀ね。確かに、俺はクラスG2の割には仕事を多くもらえている。

 理由は簡単。中々死なない囮だから。逃げ足とタゲ取りだけは評価されている。

 影で『無敵の人』なるクソみたいなあだ名まで付けられているほどだ。


「じゃあ、行こうか! 皆、安全第一で行こう!!」


 リーダーが軽く士気を上げてから、俺たちはテリトリーに足を踏み入れた。

 モンスターひしめく魔境。未知と過去の交差点、東京テリトリーへ。




「はあっ!!」


 貧相な剣一本でも、小鬼の一体くらいは倒せる。

 小鬼一体分の戦績スコアなど、逆にない方がいいまであるが。


 東京湾沿いのエリアはテリトリー外縁であり、出現するモンスターも弱い。

 前回はもう少し奥まで行ったから、危険な中型モンスターとも出くわした。


 ちょこまかと走り回ってタゲを取ってやれば、チームメンバーが楽してモンスターを倒していける。俺もこのくらいは慣れたものだ。


「よーし! 叡智箱ボックスの回収は済んだぞ!」


 リーダーの男がそう叫ぶと、俺たちは早々にその場を後にした。

 モンスターの群れから離れ、今後の方針をリーダーが指示する。


「ではエリアボスの調査に向かう。行先は端末で確認してくれ」

 

 腕時計型端末に送られた情報を見て、俺は思わず質問してしまった。


「あ、あの! このメンバーだと、このポイントはきつくないですか?」


 指定ポイントは外縁を出ている。

 このチームメンバーでは、中型以上のモンスターには対処できないはずだ。


「ああ、初参加の上地君は知らないか~。

 このポイントは抜け道使えば、安全に調査が出来るんだよ!」


 との事だが、全くもって信用ならない。

 まあ確かに多少心配、といった程度の違和感だし問題ないか。


「分かりました」


 俺は頷き、チームメンバーに続いて歩き出した。

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