第4話 欲望の末
夜のテリトリーは危険度を跳ね上げる。
夜行性のモンスターは多くが強力で、単体で生き残る力を持っている。
加えて、文明の滅亡した旧東京の街は、光源が極端に少ない。
今にも崩れそうなビル群を、闇に紛れるハンターに警戒しながら進んで行く。
エリアボスの調査は、常に危険と隣り合わせだ。
エリアボスとは一帯を支配するモンスターの事だ。
群れの長もいれば、単独の支配者もいる。
危険度が高いため、見つけ次第討伐される。見つけただけで、報酬も出る。
零細ギルドが頻繁に使うエリアでは、エリアボスの情報は生命線だからだ。
「こっちだ! この地下通路を通る。周囲はしっかり照らせよ!」
リーダーが小声で指揮を執る。
抜け道とはよく言ったもので、街が崩れているからこそ、そこは安全なルートとして機能していた。モンスターもいない。
これなら、ポイントを確認して直ぐに離脱できる。
仮にエリアボスがいれば、調査費に加えて報酬が増えるだろう。
地下の抜け道を出ると、そこは高架下だった。
指定エリアはその高架と、その下一帯。小型のモンスターはちらほら見える。
「よし、映像を記録しつつ、チェックポイントを回ろう……」
無意識にチームメンバーの声が小さくなり、緊張感も増した。
ゆっくりと慎重に暗い道を歩いていき、調査をこなしていく。
一つ、二つとチェックポイントを抑え、遂に全てを調べ切った。
「……ふうー。皆、よくやった。調査はこれで完了だ!」
一同、安堵の溜息が漏れる。
これだから、夜のテリトリーは嫌いだ。神経がすり減って仕方ない。
「あ、
「!」
誰かがそう言った。指さす先には、手のひらサイズの宝の山が一つ。
一度開ければ、人類には再現不可能な遺物たちが手に入る。
利益は莫大。
「ど、どうする? あれ、未発見なら俺らの取り分だぞ!」
そう、予めフロント管理者により場所を特定されている箱は、依頼が出されて回収され、フロントの管轄となる。
しかし、
「リーダー! チャンスです! エリアボスはいないんですからっ」
「あ、ああ! そうだな!」
人の欲望とは分かりやすい。チームの興奮が、一気に辺りの温度を上げた。
端末で調べれば、あれは間違いなく未発見の箱だった。もう止まらない。
俺だって、金は欲しい。ようやく借金が消え、自分の人生を歩める。
親父の望んだ、自由な人生を。そのためには、余計な金はあって困らない。
「よし……上地君、一緒に来てくれ。あと、武田も」
「はい」
リーダーと俺、そして斧職の三人で取りに行く。
場所は高架の下を通って反対側の、半ばから倒壊しているビルの足元。
エリアボスはいない。それは確認している。問題は、ない。
より一層闇の濃い高架下を抜け、地盤沈下を起こした道路を渡る。
息を潜め、モンスターの気配を全身で探りながら、ゆっくりと確実に。
あと三十メートル、二十メートル。いける、もう少しで金が手に入る。
高揚と期待で、思わず口元が吊り上がりかけた、その時。
夜の静寂を不躾に破壊する、獣の雄叫びが響き渡った。
それはまるで超音波のようにビル街に反響し、びりびりと町を震わせる。
「な、なんだ!?」
狼狽するリーダーが撤退の指示を出そうとした時、空から怪物が降り立った。
獅子の頭部を持つ、体長四メートル強の人獣。
膨れ上がった筋肉は全てをねじ伏せ、発達した下半身は獲物を逃さないだろう。
本物の獅子の百倍攻撃的なそのモンスターは、俺たちの目前に君臨していた。
「に、逃げろおおおおおっ!?!」
一番近くにいたのは、俺だった。
リーダーと斧職は、一瞬で状況を判断し、背を向け走り出した。
取り残された。いや、そもそも逃げるという選択肢は取りようがなかった。
獅子は俺を見ていた。
その巨体が揺らぎ掻き消え、気付けば俺の体は握り締められていた。
「あぎゃあああああっ!? ぐっ、がああ!?!」
めぎゃめぎゃと、骨が潰れ軋む音が、これでもかと体内で響く。
肺から一瞬で全ての空気が押し出され、血液と共に口から吐き出された。
軽々と浮き上がった俺の体は、抵抗の余地もないほどに矮小だった。
何とか首を回せば、今まさに地下へと飛び込むチームが見えた。
こちらは振り返らない。そんな余裕はないだろうし、彼らも必至だ。
獅子が口を開ける。臭く汚い涎が滴り、岩すら砕く牙が眼前に迫る。
「く、そが……っ」
死が迫る。俺の悪態は、静寂を取り戻した町へと吸い込まれていった。
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