3

馬鹿馬鹿しい。

もうとっくに、現実を見るために顔を上げる時間だ。

私がバスを逃したことをくよくよと考えている間に、

既に10分くらいが過ぎてしまっていた。

その間、私はずっと車道に寝転がっていた。


流石にすっくり立ち上がって、その足で歩道に戻り、

電源を落とされた電光掲示板に視線を落とす。


「スマホは・・・。」


トートバッグの底で荷物の下に埋もれていた。

私は取り出すや否やライトを付けて、

真っ暗な液晶画面の直下、紙の時刻表を照らす。

バスは本当にもう無い。


私はスマホのライトを消し、

トレンチコートの左腰のポケットに落とす。


「えーっと、鍵は・・・っと。」


トートバッグを漁ろうとする手を宙で止める。

今日は飲み会に参加する予定だったから、

バイクにはもともと乗ってきていない。


私は月極の駐車場に向かって歩き始める。

バイクが無いことは分かりきっているが、

この目で確認しないと気が済まない性分なんだ。


バス停の向かいにはシャッターの閉まった大衆酒場、

その隣も酒場で、同様にシャッターを降ろしている。


その隣にある低俗な雰囲気の路地裏は、

ネオンライトや光る看板が電源を落とされており、

隠しきれない古さが滲み出ている風俗店と、

みみっちい門構えの酒場が奥へ続いている。


今晩は歓楽街を彷徨う居場所なき客もおらず、

そんな客の成り損ないを狙う違法な客引きもいない。


私は静かな、死んでいる路地裏の前で立ち止まる。

スマホを取り出したくて、またバッグの底を漁る。

だが、見つからない。


「は?私、さっきまでスマホ使ってたよな?」


忘年会の会場に置いてきたことはない。

電車やバスの中に置いてきた訳でもない。

なぜならついさっき、ライトとして使っていたから。

慌てて私はトレンチコートをあちこちたたく。


「あっ。」


私のスマホの在処は左腰のポケット。

トートバッグに腕を差し入れてかき回し、

頭を突っ込んで探してみたところで、

そりゃあ無いものが見つかる訳はない。

私はスマホを引き上げて、カメラを開いた。


[パシャリ]


別に私はSNS好きとかではない。

ダンス動画とか、加工写真にも興味はない。


この駅前商業エリアは普段、賑やかだ。

もとからすっかり寂れている訳ではない。

目には眩しく、耳には煩く、治安は最低。


しかし大晦日から正月にかけての合計4日間だけ

この駅前エリアはまるで死んだように静まり返る。

今だけ限定の不気味な歓楽街を、

なんとなく、撮りたくなっただけだ。

この時はスマホを手に持ったままで歩き始めた。


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