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高架線路の終着駅に特急が着いた瞬間に8両目、つまり改札に1番近い先頭車両の1番改札に近い扉から他の誰よりも早く飛び出した。といっても他には誰も乗っていなかったが。スムーズにホームを駆け抜け、6ヶ月定期を改札にかざし、走りながら左腕の腕時計を左目の端に捉えた。時刻は午後11時0分。最終バスの出発時刻は午後10時59分。間に合うための最低条件は、所要時間マイナス1分。最悪だ。高架線路のフロアから地表0階への階段はくだること36段。エスカレーターなら緊急停止する勢いで落ち飛ぶ。踏み外して大事故にならないように足元を注視しながら9回落ち飛び、踊り場を1歩で踏み切って再び9回落ち飛んだ。地表0階についた私は顔を上げて、4線車道の向こう側を右目の端に捉えた。家へ向かう北上路線の停車場には、ちょうどバスがやって来るところだった。そのバスのひたいに表示されている終点名は、私の乗るべき最終便であることを示していた。

「まだ間に合う・・・、まだ間に合え・・・!」

右足で強く0階のタイル床を踏みしめて、身体の軸を左に押し出して階段に向かった。私が向かう更なる階段の先には、車道の裏を潜り抜けて対岸の歩道まで通じている地下通路があった。私はその入口の下り階段を一足に飛び降りた。

[バン!]

不愉快で大きな着地の足音が地下通路に響いた。続く硬質なライダーブーツの足音も、壁や天井に反響して耳に届いてきた。その足音を4車線分、道幅29メートル後ろに躓いて転ぶ心配まるごと置き去るつもりで走った。登り階段の1段目を右足で踏み切って2段先に左足を着地させる。だが連続2段飛ばしで階段を登るには、私の左足の筋肉量は微妙に足りなかったらしい。2段先に着地する想定で飛び出した肩がくう を踏み抜いた右足よりも前のめりになって、私は床と水平な状態へと倒れて転びそうになっていた。階段のかどの山脈との衝突を覚悟して腕で顔を覆うより前にどうにか段を掴もうと空で足掻いていた右足の爪先にエネルギーを込めた。

[バン!]

足裏は喜ばしい大きな音を立てたが、耳を塞いでいる余裕などなかった。唇を噛んで身体の傾きをぐぐっと垂直の姿勢に持ち直した。その勢いのまま残り2段、あと1段を登り切ったと同時にバスは扉を閉め終わった。空気ブレーキを引き上げる排気音が私の額から染み入るように脳に直接に響いてきた。両目で捉えた客席には誰も乗っていなかった。ゆっくり離れるバスを追いかけようと歩道から車道に飛び出したが、もちろん追いつけるはずもなく、しかもアスファルトを蹴った3歩目の右脚がつった。身体から力が抜けた私は落ちて、腰の骨を折る勢いでバキン!と尻餅をついた。

「ぐはっ!」

かみなりに撃たれたかのような激痛。否応なくひらかされた口から呻き声が飛び出した。私の目の前は一しゅんだけ真っ白になった。そして、意識が再起動を終えたとき、既にバスは視界の外に消えていた。











・・・間に合うワケがなかった。


「あー、くそっ。あれが最終だったのに。」


既に行ってしまったバスのことを考えても仕方無い。

でも、電車がもっと早く駅に着いていたら?

もし、バスがもっと遅くバス停に着いていたら?

そもそも飲み会に出席していなければ上手くいった?

そしたら確かに最終バスを逃す心配はなかった。

最終バスに間に合おうと急いで階段を降りる必要も無かった。


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