純真なる魔手

 液面を泡立たせ、汚らしく粘着く膜に塗れた姿が現れた。

 否、“姿”なんて表現できない。肥大してはしぼむことを繰り返し態が安定しない肉の塊に過ぎなかった。樹木ほどの巨体で、基本的には円柱状の単純な形をしているが、一部が変形して長い偽肢を作り出し、更に鉤爪を備えて子供たちへと襲い掛かる。

 血潮が撒き散らされ、はらわたを貫かれ持ち上げられた彼らの手足が、致命的な被害によって痙攣した。


「いづ、うっ...いい子だ、お食べ。行儀が悪くても許してやる」


『ははははははははぁっ――』


 内臓を垂らし口から血を吹き出そうとも、子供たちは無邪気に笑い悶える。痛みを感じていないかのようだが、刺激を楽しんでいるようにも見えた。肉塊は縦に開かれた大口を形成し、餌を運ぶ。骨も硬い装飾品も簡単に噛み砕かれ、人型は一瞬で肉片となった。

 妖魔とは言え、同じ姿形をした生き物が原状を失い無惨に死んでしまったのだ。平穏な世界では先ず見ることのない光景に、思わず口元を手で押さえる。


「こりゃあグロいな」


 流石のアユミも表情を引き攣らせているが、それでも笑顔だ。然程の衝撃は受けていない。こいつ、精神が強いというよりイカレてるんじゃないか。

 子供たちが糧となったのだろうか、肉塊は確とした形態を成していく。体幹が定まり、手足と頭部が生え、器官が再配置され、狂った造形物が生まれ出でる。

 ソレは生物的な構造が逆様になった、生々しい醜怪。二足で立つ下半身に頭部を有しているので、逆立ちしているようにも見える。獲物を叩き潰す準備運動だろうか、上半身には六本の腕がうねっていた。皮膚が無く、内側にあるべき脂肪、筋肉や骨が脈打つ血管に包まれて露出している。


『あそびましょ』


 異形の妖魔から、喰い殺された筈の子供たちの声が聞こえた。図体の割には素早い動きで一本の腕が振り上げられ、それに対応するカヴィヤの動きは捉えるのもやっとな勢いだ。

 両腕に括り付けた縄を操り、大きな弾丸の如く杭を飛ばす。太い腕に突き刺さるも、苦悶の呻きは上がらない。更なる攻撃を見舞おうと、足元から土塊つちくれを散らし、縄を辿たどって跳躍する...視認できたのはそこまでだった。

 瞬間の後には、解けた筋組織の束がカヴィヤを捕えていた。てのひらに彼女を縛り付け、妖魔の上肢が死を確信させる迫力を以て下ろされる。

 強打に反応して燃え盛る火の玉。轟音と閃光が炸裂し、頭が真白になった。腰が抜けて後ろへ倒れ、今自分が生きていることに喜びさえ覚える。だが絶命の危機はこれからだった。見上げれば、上方を浮遊していた火の玉が消えている。攻撃を跳ね返し、妖魔の肉を焦がしたが、僕たちを護る壁が壊されてしまった。次で終わりだ、骨も残らず潰されるだろう。


「分かってくれた?“此方こちら”の恐ろしさを、髄に徹して」


 目の前に何か黒焦げた物体が落ちていて、言葉を発する。見た目からは認識できないが、声の主は紛れもなかった。


「カヴィヤっ...」


「大丈夫、なんだよな...?」


 名前を呼ぶことしかできない僕と、珍しく心配するようなアユミ。

 妖魔の打撃とユウヅキ様の防御に挟まれた彼女に残っているのは、上半身のさらに左半分だけだった。普通に考えるなら即死していて然るべき惨状だ。なのに、炭化した皮膚が見る間に色を取り戻していく。浅紫色の体液が流れ出し、欠損した部位をかたどって固形化すると、元の姿が服まで一緒に再生された。大怪我では済まないダメージを、ものの数秒で。

 立ち上がった彼女は僕たちの様子を一人ずつ確認する。震える以外何もできず座り込んだ僕、白目を剥いて倒れ込み気絶しているマサト、立ち姿を崩さず腕を組み耐えるアユミ。それからユウヅキ様へ向き、納得したようなことを言う。


「彼らも、私も、この地の脅威を少々には理解できたでしょう」


 ちらりとこちらを振り返った後、ユウヅキ様の手に一本の得物が現れた。

 柄の先に反った刀身が付いた形状は、薙刀なぎなたと言われる物だ。通常と違っているのは、柄の部分が霜に覆われており、刀身には真青な瘴気のような煙霧質えんむしつまとっていること。それが妖魔へ向けてぐと構えられると、辺りの気温が急低下する。熱病を患って感じる悪寒が、肌を凍えさせる外的な不快感に転じたような冷気。


「我よりの戯事ざれごとは一太刀ばかりなり」


 音もなく振るわれた刃。しかし妖魔に被害は見られず、通用していないと見えたが、効果の程は数瞬遅れて現れる。

 僕たち全員を叩き潰そうと、全ての腕を上げた妖魔の身体が、左右対称縦割りに両断された。

 地響きを立てて倒れた巨体。断面は極低温によって壊死しており、再生することはない。皮膚に包まれた臓腑が力無く零れ出る。

 ヒトなど蚊を叩くように殺しに掛かってきた妖魔と、それを一撃でほふったユウヅキ様。だが、彼女でも無敵ではいられない程の強力な妖魔が霊峰を歩いているのだとさっき聞いている。

 腰が抜けていなかったら、僕は闇雲に逃げ出していたに違いなく、結果命を落としていただろう。これ以上に恐ろしいことがあるというのか。


「とても痛かったなあ。とおの命が散ってしまったわ」


 遊びを吹っ掛けてきた先の少女が、残骸から這い出した。続いて他の子供たちも、自らの肉を引き剥がすようにして原形を取り戻していく。個体数は減っていない。

 生き物の命は一つと決まっているだろう。なのに数えて、使い捨てて、替えの利く蓄えみたいに。儚い命を馬鹿にするような不死性で、生きるも死ぬも娯楽なのか。何なんだよお前たちは、どういう理屈で息をしている?


「お付き合いありがとう。通してあげるね」


 少女が道の端を越えて林の方へと退いていくと、子供たちは従った。

 カヴィヤに助けられて起き上がった僕は、気絶しているマサトの頬を強く張って目覚めさせる。意識を失えたこいつが羨ましい。寸前で耐えてしまったせいで、僕が一番恐ろしい思いをしたのだから。彼は情けなく叫んで、慌てて立ち上がった。お互いにふらついているが、過度な助け合いは望ましくないので、自力を振り絞るしかない。

 別れの挨拶はなしに黙って歩き出すこちらへ、少女は返礼と思わしき言葉をかける。


「少し行った所に四阿あずまやがあったのだけど、その小動物たちを休ませてあげてはいかが。安全な旅路を願ってる」


 異なる道筋を探して、彼女らは林の中へと去って行った。妖魔によって、通るべき安全な登山道があるのだろう。ユウヅキ様は何事もなかったかのように進んで行くが、四阿とやらで休憩を取れるのかは分からない。女性陣は大丈夫そうだが、僕とマサトは既に疲労困憊だ。

 どこかで一時でも息付く必要がある。妖魔としてはヒトの心身に気が回っていないかもしれないし、意見を言っておかなければ。


「ユウヅキ様、後で水分だけでも補給したい。ついでに精神の乱れを整える時間もあれば嬉しいです」


「ご遠慮せずとも。皆様お利口な振る舞いで生き延びてみせました。くだんの場所にて休止することを褒美とします」


 教えてもらった四阿を使わせてくれるようだ。思いの他、強い反応を見せたのはアユミだった。


「食糧もあるのか?」


「軽食程度ならば」


 腹が空いてるいるのか、贅沢な希望を口にした。しかし、目を細めた彼女は食欲ではなく、好奇心をそそられているらしい。


「人外の飯を食ってみてえよ。まさか、ヒト由来じゃあねえだろうなあ...」


 おぞましい期待に恍惚こうこつと笑む。やっぱりこいつは、異常なんだ。妖魔よりも怖いかもしれない。ヒトでありながら怪物の心を持っているのだから。


「あはは...。アユミちゃんって変わってるね。ヒトの世界じゃあ、きっと退屈でしょうから――」


 冗談めかしたカヴィヤの微笑みが彼女へ向く。頬が微かな朱に色付いていた。


「一緒に、堕ちる?帰り道を捨てて、“此方”に」


 地獄への誘いだった。へらへらとしていたアユミの表情が、衝撃の余りに無となる。そして...嗚呼、駄目だアユミ。迷うな、乗るな。浅い関係ではあるが、僕はお前を友達だと思っているぞ。無事に帰って欲しいんだ。

 彼女は考え込むように俯き、黙ってしまう。歩いている間、深刻な雰囲気の中に沈んで、いつもの不敵な姿勢が戻ることはなかった。


⛩︎  ⛩︎  ⛩︎  ⛩︎  ⛩︎


「これを四阿と言ってええんかな。型は成しとるけども」


 呆気に取られたマサトの声。思ったよりもしょぼかったとか、落胆したのではない。寧ろ四阿は大き過ぎる。ちょっとした休憩地点という水準を明らかに超えていた。

 道から少し離れた林の中に建てられた、床、柱と屋根だけで成る建造物。滑らかに磨き上げた木で作られ、固まった樹液が表面を覆っている。四半ヘクタールくらいある床の上に、大型の丸テーブルが一つだけぽつんと置かれ、椅子もまた一脚しかない。残りの持て余された空間には、大理石で出来た台所と、他は...人が入れるくらいの木箱がある。男女を表しているような二つのピクトグラムと、板に書かれた『夫』と『婦』の文字。三つの扉が付いていて、一つには文字と記号がない。何だろうと考えてみて、答えを出すまでに時間はかからなかった。快適で助かるけれど、妖魔にも必要なものなのだろうか?


「トイレが設置されてるなんて、驚くほどの親切だな」


 アメニティがしっかりとしているのは登る難易度の低い山である筈。危険度が振り切れた神域なのに、変なところで気遣いみたいなものを感じるからたちが悪い。こっちは命懸けを強いられているってのに、ふざけているな。


「使う者はあまりいないよ。たまにお化粧しに入るくらい」


 カヴィヤが応える。やはり妖魔の代謝は通常の生物と違っていて、用を足さないのか。ヒトも想定の上、整備してくれているのはとても好都合であるから、苛立ちに気を割かないことにしよう。


「所有者のいない水と栄養食が保存されているでしょう」


 勝手に食べていい食糧があると?ユウヅキ様は当然のことのように、有難みもなく言う。以前にここを利用した登山者たちは、貴重な携行食を赤の他人のために残して行ってくれたのか。手を付けるなら、無駄遣いしないようマナーを心掛けなければ。

 台所へ歩み寄ったカヴィヤが、備え付けられた戸棚を開いて内容を確認する。


「恥ずかしながら、私は料理が不得意でして。所望ならば、何方どなたかが」


 いつの間にかの既からそうしていたかのように、ユウヅキ様は座って茶を飲んでいる。足りない椅子をどうやってか人数分並べてくれたので、僕たちも適当な食べ物を取って座ろうと思ったが。


「私に任せて。ヒトの口に合うソフトなものを食べさせてあげる」


 手早く材料を選び取っていくカヴィヤ。栄養と水分さえ摂れればいいのだから、手間をかけさせるのは悪い。その旨を伝えるが、彼女は愉快気に包丁を捌き、野菜を切り分け始めた。


「好きでやるだけよ。ヒトの消化機能はとっても弱いから、刺激が少ないように作ってあげるね」


 頼るのがいいかもしれない。考えてみれば、人外の食べ物で食中毒とか起こしかねないから。安全に調理してくれると言うなら幸いだ。感謝を伝えて、僕たちは先に座った。


~~ ~~ ~~ ~~ ~~


「はい、どうぞ。食べて元気におなりなさい」


 酷い疲れの余りテーブルに突っ伏していると、傍でコトンと音がした。料理が始まってからまだ10分経ったかどうかだぞ、早過ぎる。香ばしい匂いに顔を上げると、見慣れた白い穀物が目に入った。


「意外と食文化が近いんだな。料理の名前が分かるとは」


 失礼にもがっかりしたような感想を零すアユミ。軽く注意しようかと思ったが、カヴィヤの話す方が早かった。


「ヒトはカリーと呼ぶのでしょ。でも材料は違っているから、アユミちゃんのお気に召す味かと思う」


 白米と濃厚な液によって皿を二分する、これはカレーとよく似ているが...ルーに当たる部分が緑色で粘り気が少ないので、正確にはそう分類する物ではない。自分の物知りをひけらかしたい訳じゃないが、誤った認識はなるべく修正したくなる性分だ。でも言ったら偉そうになるよなあ、どうしたものか。


「本当にありがとう、カヴィヤ。えっと、この料理の名前だけど...」


 グリーンカレーで広く通る。本来は何と呼ばれているだろう?スープの一種だとしか知らない。


「分かり易くカリーと言ったけれど、正しくはゲーンの中で“甘い緑”というの。下界を旅行した50年くらいの間に覚えたわ。この衣装もそう」


 纏った布の裾をひらひらと揺らして教えてくれる。彼女はどうやら本場の方であるらしい。危うく釈迦に説法じみた揚げ足取りをしてしまうところだった。

 悪癖を反省しながら、スプーンで掬い口に運んだ。甘辛い味わいで、やや辛さが強く出ている。


「本格的だ。ちょっとした専門店より美味しいかも」


「不思議な味やなあ。異国を感じる」


「この肉が生きてた頃はどんな姿だったろうな」


 食欲が失せることを言うなよ。どんな魔物が加工されているのか、考えないようにしているのだから。流石に、僕たちと同種なんてことはないだろう。アユミの言葉を拾い、可笑し気にカヴィヤが話しかける。


「そんなに人肉が食べたいの?好奇心が旺盛なんだね。残念ながら入ってないよ、妖魔は妖魔を主食に食べるから。ご興味あれば――」


 片手をアユミの肩に添え、顔を近付けて囁く。


「もしもだよ...。アユミちゃんが私と友達になることがあったら、お好きな肉でご馳走してあげるのだけど」


 すぐに手を払い除けるかと思った。拒否してほしかった。しかし彼女は嫌がらずに見返す。睨むのではなく、好感を帯びた目。他者から理解を得られて嬉しいのだ。

 いけない。お前は道を外そうとしている。常夜に堕ちれば、二度と陽の光を浴びられなくなるだろうに。


「カヴィヤ、よこしまそそのかしをするのなら、アユミと話さないでくれ」


 黙ってはいられず、敵意を以て誘いを妨げる。当の本人は首を傾げて、急にどうしたとでも言いたげに困惑するだけ。価値観が違い過ぎるのだろう、僕が何に怒っているかも分かっていない。


「うるせえな。どいつもこいつも、勝手な常識を押し付けやがって」


 応えたのはアユミだった。感情が露になった彼女は尋常でなく、唾棄だきするような目で僕を見る。


「私は自分の命で立って歩いて往くだけだ。私のやることが気に食わねえなら殺してみろ。だがな、『お前のために』『皆がダメと言うから』そんな小奇麗な大義ってやつ?ダセえ、雑魚の醜態だな」


「人の一生は自由だが、やはりやっていいことと悪いことがあるんだよ。僕は・・お前を理解できない」


 言い放つと何故か、アユミの侮蔑が少しだけ和む。突き放したつもりだったが、彼女は落ち着いて食事を進めながら言葉を返した。


「それでいいんだよ。仲良しこよしの奴らを根っから否定はせん。今言ったことは、お前の意思だ。他の誰でもなく、お前自身が責任を持て。その上でなら、口喧嘩に付き合ってやる」


 ...やめよう。彼女の狂気に挑めば、こっちまで気が触れてしまいそうだ。

 結局のところ、僕とアユミは友達なんかじゃない。知り合い程度の関係性で、共に危機を経験しているから、僕から一方的に仲間意識を持っただけなのだ。カヴィヤと手を取り合い、身も心も怪物に成り果て、帰らぬ旅に立とうと、その結末が惨劇に終わろうとも、悲しんでやる義理はない。


「あら?二人とも暗い顔。私、不味いことを言ったかしら。笑えない空気にしちゃってごめんなさい。代わりに私が笑ってあげるね。うふふっ」


 煽りにしか聞こえない、無神経なカヴィヤの冗談が僕とマサトの気分を逆撫でする。

 食器を動かす音だけが重々しく鳴り、沈黙の中で食べる料理は、もうあまり美味しくはなかった。


~~ ~~ ~~ ~~ ~~


 食器を洗い片付け、出発する前に『かわや』と書かれた部屋に入ったのだが、これまで使った中で、一番綺麗な公衆トイレだった。

 山のトイレなんて最低限の設備しかないものだが、ここでは潔癖なくらい快適が極まっている。内部は板張りで、上等な木の香りがする以外は無臭。個室一つと手洗い場があり、どちらも完璧に清掃され、以前に誰かが使用した痕跡すら残っていない。高級ホテルでも、この品質を維持するのは無理があるだろう。妖術で管理されているのかもしれない。

 狭い場所で気分を落ち着けることができた。さっきから僕は、極限状況のストレスにより苛々し過ぎだ。アユミとカヴィヤのことは、仲間として見れなくなってしまった。それでも生きるため、協力し合えるくらいの理性が戻っている。

 木箱から出てテーブルの方を向くと、二人は隣り合って座り歓談していた。


「下界では、娯楽としての創作物が発展しているじゃない?最近だと、挿絵が付いてる小説を読んだわ」


「馴染み深いんだな。“そっち”には無いのかよ?」


「芸術も娯楽もあるけれど、フィクションの文化に需要がないの」


「現実の方が刺激的と。ははっ、どんな魔境に堕ちればそういう価値観になるんだか」


 離れた場所でマサトが気まずそうにしている。僕と彼の曇った心を、女性陣は露知らずといった様子でくつろいでいた。ついさっきまではそれだけだったが、今は数が一つ増えている。

 トイレに立つ前には居なかった着物の青年が、ユウヅキ様と話していた。


「下界で隠居した時から変わり者だと思っちゃいたが、小動物の御守おもりなんぞ悪趣味なことで」


「倒錯せるたしなみは奥深きものなり」


 嘲るように含み笑うも、機嫌良さ気に相対している二つ。恐る恐る歩み寄り、ユウヅキ様に彼の素性を尋ねた。敵ではなさそうだが、彼女と対等に話せるなら、出遭ってきたどの妖魔よりも強力な存在である筈だ。


「私の旧知であり、貴方々にとっては、二つ目の案内者となりましょうか」


 緑から淡褐色ヘーゼルへと麗しい諧調を成す青年の目が僕に向く。瞳の輪郭がぼやけていて、見つめられると、知らない異邦の教会を彩るステンドグラスの心象が頭の中一杯に広がった。


「お前らを護ってやるつもりはなし」


 突き放す彼の声音はユウヅキ様よりもずっと冷たく、一抹の慈悲さえ感じられない。悪意やさげすみも無く、ただ無関心に見下ろされる・・・・・・。ヒトが虫けらに対して、見下みくだすなどという感情移入をしないのと同じ。会話することは奇行じみた気紛れに過ぎない。


「俺とユウヅキで山頂を目指す。後ろにくっ付いて来たいなら勝手にどうぞ。流れ弾が飛ぶだろうがね」


 友好的ではないが、前を歩いて戦ってくれる者が新たに現れた。喜ばしいことだと思いたいが、ユウヅキ様が考えなく連合つれあいを増やすことはないだろう。

 この先、守り神の力を以てしても対抗し難い怪物と遭遇することになるのか。いや、さすがに悲観が膨らんでいる。きっと二人に互いへの信頼があって、共闘するのは当然のことなのだ。

 ヒトが神と呼ぶ彼女は、妖魔の中でも最高位の存在であろう。どんな敵が襲い掛かって来ようとも、僕たちを護り切ってくれる筈だ。

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百鬼霊峰 Hurtmark @25511E2

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