第28話 数値インフレ

 修行を初めて早一か月が過ぎようとしていた。俺が異世界に転生してからの時間を優に超えている。

 毎日魔物と戦うことで、俺のステータスは少しずつだが上がっていた。


「スジョウ、なに焦っているのよ」


 俺は郊外の湖のほとりで棒を振るう。

 元居た時代に帰れないことから、休みを取ることは無くなっていた。


「あぁ、フィアか。俺は早く仲間の元に帰らなければいけないんだ」


「あの二人のことね。私たちも仲間じゃない……」


 フィアが悲しそうに下を向いてしまった。


「そういう訳じゃないんだ。ここはやっぱり俺たちのいるべき時代じゃない。それに洞窟の仕様も分からないからな」


 流れる時間の速さが同じとは限らない。だからこそ元居た時代、そしてマギスクとアンスが心配になっていた。


「そうね……」


「そんな顔するなよ。帰ってもまた会えるじゃないか?」


「あんたホントに……」


 フィアが何か言いたそうにしていたが、言いよどんだ。

 別にフィアとは今生こんじょうの別れって訳でも無いだろう。ディアベルさんとはお別れを言わないといけないな。


「そうだ! 今度フィアの家に遊びに行くよ。さぞ豪華なんだろうな~」


「バカ! 呼ぶわけないじゃない!」


「え~、ケチ~」


 俺はフィアと戯れている。彼女とはこの一か月でだいぶ仲良くなった。

 人間と魔族も俺たちのように仲良くなればいいのに……


「あらあら、仲良しさんたちね~」


「うわっ、びっくりした」


 ディアベルが俺の後ろに立っている。


「ディアベルさん、飛んでくるなら連絡ください……心臓に悪いです……」


 俺の体には、ディアベルが転移座標を刻んでいた。

 たまにとんでもない無いタイミングで彼女が飛んでくるもので、俺は困っていた。

 風呂中に飛んできたときは、流石に焦った。


「いいじゃないの~、私たちもう家族なのよ~」


「実家のお母さんかな!? ノックしてって言ったでしょー」


 ディアベルが俺の頭をなでる。彼女との距離感は以前より近くなってしまっていた。

 背中に当たる柔らかい感触が心地良い。


「ディアベル、あんたスジョウから離れなさい!」


 俺とディアベルの間にフィアが割って入った。


「あ……」


「スジョウ、さっさと魔王をどうにかして元居た場所に帰るわよ。ここは危ないわ」


 フィアがディアベルを睨みながら言う。


「あらあら、嫉妬かしら~」


 このやりとりも何時もの光景だ。

 俺はこのパーティに心地よさを感じながら、いつか来る別れから目を反らしていた。


「ディアベルさん、次はどこに行くんですか?」


「スジョウちゃん、やる気ね。次は古龍を倒しに行くわよ!」


「いいですね! 古龍! 行きましょう!」


 俺は即答して転移のためディアベルに近寄る。


「ノリが軽すぎじゃない!? 古龍よ、こりゅう!」


「なにを今更言っているんだ? 今までもドラゴンの一体や二体……」


「古龍は別なの! あれは変異体みたいなものよ! 本来の寿命をを超えて活動している生物の理から外れた存在なの!」


「へぇ。ディアベルさん、そんな天然記念物的な長老を倒しちゃって良いんですか?」


「そこなの!?」


「良いのよ~、人間の領域に向かっているという情報を仕入れたの。このままでは近隣の村が危ないわ」


「なら、仕方が無いですね」


 無害な生物の命を奪うことは出来るだけ避けたかった。


「そこじゃないのよ! 相手の実力が分からない以上……」


「だいじょーぶだって!」


「あんた本当に変わったわね……」


 ここ一ヶ月で俺が戦った敵は、どれもボスレベルだった。俺の強さに対する感覚は、順調におかしくなっているのかもしれない。


「準備できたわよ~。フィアちゃん、いらっしゃい」


「どうなっても知らないわよ……」


 ディアベルが魔法陣を起動させる。

 目の前が光に包まれる、そんな非現実的な光景も俺は見慣れてしまった。


 光が晴れた先で、草原の上に死屍累々の勇者たちがいた。

 いきなり現実を見せられ、俺は顔をしかめてしまう。


「これはひどいな……」


 今までも勇者たちの亡骸は見ていた。だが今回は様子が違っていた。


「彼らは復活しないんですか?」


「……」


「最悪ね……」


 ディアベルが目を開いて黙り込んでしまっている。

 フィアに至っては、冷や汗をかているようだ。

 俺はディアベルの視線の先、ゆっくりとこちらに向かってくる一般家屋の大きさはあるドラゴンを見る。見た目は漆黒、黒という言葉以外が見つからない。


「私の責任だわ。スジョウちゃん、フィアちゃん、時間を稼ぐから逃げてちょうだい」


「どういうことですか!?」


 どんなときも余裕を見せていたディアベルが本気で焦っている。


「転移もダメね、あいつの魔力ですべて上書きされてしまうわ」


「フィア、能力でどうにか……」


「無理よ、あいつが持っているのは純粋な力。スジョウは感じることが出来ないだろうけど、私たちの周りには高密度の魔力が漂っているの」


 つまり、転移魔法など”陣”を必要とする魔法は、発動時にドラゴンの魔力が流れ込んでしまうらしい。

 俺は震えながらドラゴンに集中する。


『耐久:100000』

『生命:100000』

『魔力:100000』

『筋力:100000』

『……』


「僕の考えた最強のモンスターかな……」


 戦闘に関するステータスが軒並み異常な値を出していた。今までのインフレという言葉が可愛くなるぐらいの数値だ。

 そして、何より特筆すべきは『能力:0』というところだ。あのドラゴンは純粋なステータスで”強かった”のだ。


「ステータスを見たのね、スジョウちゃん。どう、何か分かったかしら?」


「戦闘系のステータスがすべて、前に攻略したダンジョンのゴーレムの耐久値と同じです……」


「あらあら。やっぱり仕方が無いわ。二人とも、逃げて!」


 そうディアベルが言った直後に、俺たちに光線のようなものが放たれる。

 三人とも消し炭になったと思ったが、俺たちの体はそのまま存在していた。


「あんた、やっぱり改変魔法を! って今はそれどころでは無いわね」


「この魔法には制限があるわ。あともって3回ってところよ」


 ディアベルの魔法によって消滅という結果が改変されたらしい。そのような魔法を使える彼女でさえ、逃げを選ぶほどの敵だ。

 俺の心拍数が急上昇するのを感じた。


「お願いだから逃げて、ママがなんとかするから……」


「それはできません。俺たちは仲間なんですから」


「私もよ。そもそもあの古龍より強いお方を知っているもの。今更だわ」


 俺は戦闘の態勢をとる。手に持っているヒノキの棒が与えてくれる主人公の力を信じるしかなかった。


「二人とも、ありがとう……でも、倒そうと考えたらダメ。攻撃をいなしながら転移魔法を発動可能な距離まで退くわ」


「了解です」


「分かったわ」


 ドラゴン頭が少し動く。

 俺は持っていた棒で思いっきり地面と叩いた。爆音と共に土煙が辺りを覆う。相手の視界を遮るには十分だと思われた。

 背を向け走りだそうとした瞬間、背後から強烈な熱気を感じた。城ほどの大きさがある火球が背後から襲ってきたのだ。


「あと二回よ……」


 俺たちの外見に変化はない。ディアベルのおかげだ。

 少なくなっていく残機に、俺は本当の”詰み”という未来が見える。

 決断するなら今か。ごめん、マギスク、アンス……

 修行中に死んだ場合どうなるか分からない。この時代には蘇生という概念があるみたいだが、条件がそろうかも俺の場合怪しかった。


 ドラゴンの動きが止まっている。二度も仕留め損ねたことに、流石に驚いているようだった。

 魔力ステータスが下がっているのを確認できた。


「ディアベルさん、今です! 時間魔法であいつの動きを止めてください!」

 

 ディアベルが理由も聞かず周囲の時間を止めてくれた。

 今のうちに俺は二人に駆け寄る。


「もって一分よ、これ以上古龍との距離が離れても解除されるわ」


「十分です。二人とも、何も言わずにこの指輪を受けとってくれ」


「スジョウちゃん……」


「スジョウ、こんな時に……」


「頼む!」


 俺は真剣なまなざしで頭を下げる。全滅を回避するにはこの方法以外思いつかなかった。


「なにか大切なことなのね」


「分かったわよ……」


 二人が左手を差し出したのを確認して、俺は彼女たちの薬指に指輪をはめるのだった。

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