第29話 好感インフレ ?

「ありがとう、これで大丈夫」


「なにがよ?」


「まぁ、お守りみたいなものさ」


「……返事は生きて帰ったらするわ」


「ママ、やる気が出てきたわよ!」


 ディアベルの調子がいつものように戻ったようだ。俺は一安心する。


「時間魔法が解除されたら、皆さん一斉に走ってください。攻撃されても振り返らないで」


「後二回で足りると良いけど」


「大丈夫よ。二人には私の全力の強化魔法を付与したわ」


「ありがとうございます。そろそろですね」


 時間停止が解除される。

 俺は全力でドラゴンとは反対方向に走り出した。魔法のおかげで足が軽い。


 そしてフルマラソンを完走した後のような解放感に包まれた俺は、地面に突っ伏していた。


(あぁ……やっぱりこうなるよね……)


 フィアが俺に駆け寄ってくる。


「バカ! 何やっているのよ!」


「バカはフィアだ。振り返らずに走れ、逃げろ……」


「スジョウちゃん、なんてことを……」


 ディアベルも俺の近くに来ていた。

 俺の思惑は完全に外れてしまったらしい。


「ディアベルさんまで、はやく、古龍が……」


「それならもういいわ……」


 フィアが俺の頭を抱えて膝をついた。

 今になって俺の右半身が無いことに気づく。生きているのが不思議なくらいだ。


「私たちの全魔力で、あいつを足止めしたの」


「それじゃあ転移は……」


「良いのよスジョウちゃん、ママも一緒にいさせて」


 ディアベルが俺の左手を握る。


「二人は後三回改変魔法が適用されるんです。逃げてください……」


「やっぱりそういうことなのね、バカ……」


 俺は指輪の力を使って、彼女たちに自分のステータス『残機』を分けていた。二人の力ならドラゴンの範囲外に逃げられるだろうと踏んでだ。


「スジョウちゃん……」


 いつも糸目なディアベルが、目を開いて涙を流している。このような彼女を見たのは初めてだ。


「はぁ、まさか私の最後がこんな人間と一緒だなんてね。ティアヌが見たら笑うだろうな……」


 フィアはもう隠すことなく俺の頭をなでている。


「そろそろよ。本当にごめんなさい、スジョウちゃん、フィアちゃん」


「気にしないでください……楽しかったです!」


 最後の力を振り絞って笑顔を作る。


「いいわよ、もう。私も楽しかったわ」


 フィアが俺の頭をぎゅっと抱きしめた。


 ドラゴンが動き出す。俺の脳内に走馬灯のように異世界での生活が流れた。

 長いようで短い、でも充実していた。


 頭上から巨大な火球が落ちてくる。

 しかし、俺の右手が強く握られたかと思うと、その攻撃は”無かった”ことにされた。


「え……」


 俺は唖然とする。

 目の前にはディアベルが仁王立ちで立っていた。


「ははは! そういうことね! 私は二人を楽しませることが出来た、という訳だ!」


 豪快に笑う彼女は、ディアベルであり、ディアベルじゃないように思えた。


数上すじょう、君はやっぱり良い! 主人公だ!」


 ディアベルがこちらを向く。

 後ろからドラゴンが攻撃をしようと頭を動かした。

 俺は声を振り絞る。


「ディアベルさん、後ろ!」


「ん? ああ、それね」


 彼女が指を鳴らす。するとドラゴンが塵となって消えた。

 後に残ったのは、黒色の小高い山だ。


「ディアべ、いや、何? 頭が痛い」


「フィアちゃんには魔法が掛かっていたね! そ~れ!」


「え、ええ!? 魔王様!?」


(魔王様!?)


 俺はもう声も出すことができない。彼女たちの会話を聞いているだけだ。


「今までの非礼、お許しください。後で罰はいくらでも受けます。ですのでスジョウを!」


「大丈夫! 数上はもう”クリア”したからね。あとは元のいた時代に戻るだけ!」


「魔王様が仰るのなら……」


「それよりもフィアちゃん、これから魔王軍としての仕事だよ!」


「この時代で、ですか?」


「そうよ! ”勇者の時代”を終わらせるわ! うーん、この時代の記憶あやふやだったんだよね~。暇すぎて私この辺りの時代、ずっと寝てたし。今全部が繋がったって感じ!」


(どういうことだ? ディアベルってこの時代に生きていたのか? いったい何歳だ……)


「無知な私に、説明していただけませんか?」


「簡単よ! 私が”裏切りの勇者”だったってだけよ。正確に言うと今から人間を裏切るんだけどね! そして~、呪いの正体は君!」


 ディアベルが俺の頭上、フィアを指さしている。

 俺はこの種明かしをなんとか聞こうと、必死に飛びそうになる意識を保っていた。


「え!? 私の力など魔王様に比べたら……」


「せっかくだから教えてあげる! 私が四天王に君たちを任命したのは、能力が唯一無二だからだよ。もちろん、ほとんどすべての特性と能力を持つ私にも無いものさ!」


(え!? ほとんどすべて!? ってあのドラゴン、どうやって倒したんだ?)


 いろいろ聞きたいことがあるが、もう目を開くことが出来ないレベルになっていた。


「だからフィアちゃんの”能力を無効化する”能力で、この世界の勇者どもを一網打尽にしよう! ってわけね! 大丈夫! 世界に広めるのは私の仕事だから!」


「かしこまりました。魔王様の御心のままに……」


「うんうん。数上、君の記憶は少しいじらせてもらうよ。この段階での情報としては、開示しすぎたからね。これからもいこう! さーて、裏切りの勇者だ、どのようなキャラでいこうかな~」


「スジョウ、また会おうね。その時に返事を……」


 俺の意識が無くなる。




「スジョウ、スジョウ!」


「スジョウさん!」


 目が覚めると、俺は洞窟の入口で横になっていた。

 頭の上にはフィアではなくマギスクがいる。


「あ、ああ! 二人とも!」


 俺は思わず二人に抱き着いてしまった。


「二人とも、無事で良かった!」


「僕もスジョウが無事で何よりだぞ!」


「ふぇぇ!」


 二人も俺に抱き着いてくる。

 久しぶりの仲間との再会に、俺は感動していた。


「スジョウ、大丈夫なのか?」


「スジョウさん、お目元が真っ赤ですよぉ」


 俺は泣いてしまっていたらしい。何度も死ぬような思いをしたのだ。二度とマギスクとアンスに会えないと思っていた。

 フィアは大丈夫かな。試験中、一緒に活動していたもう一人の仲間のことが心配になる。

 俺の試験が終わったんだ。フィアも帰って来れるだろう。


「スジョウ、どうしたのだ?」


「きっとまだ疲れてるんですよぅ」


「大丈夫! ちょっと記憶が……」


 洞窟内での記憶を思い出そうとすると、所々にノイズが走る。


「魔の洞窟は高度な魔術が施されているからな。スジョウの体質だったら尚更なおさらだ。村に帰ってゆっくり休んだらいいぞ」


「そうですぅ、マギスクさんも疲れているはずですぅ」


「そういえばアンスは元気そうだな」


「それはですねぇ。実は気づいたら別世界の魔王を倒して、戻っていましたのですぅ」


「え!? どれくらいの時間そっちの世界にいたの!?」


「2日ですぅ」


「魔王討伐RTAじゃねーか!? アンス、やっぱり勇者だよ!」


「ふぇぇ」


「むぅ、僕も頑張ったのだぞ! 僕が行った世界ではな……」


 二人がどのような試験を経て強くなったのか、ガル村に帰る道中では話しきれないだろう。

 俺は歩きながら、洞窟内での経験を話す二人を見て、優しい笑みを浮かべる。彼女たちが笑顔でいられるだけで、俺の異世界生活は満足かもしれない。

 ただ、誰か大切な人を忘れてる気がするんだよな。仲間というより家族のような……ダメだ、思い出せない。


 『大事なことは、いつか思い出せるだろう』そう考えながら日常に戻る。

 もう一人の仲間であるフィアに会いに行くためにも”魔の領域”は避けられない。

 俺は彼女たちを守れるようになるまで、もっと強くなるのだ。


------


 魔の領域内、とある屋敷にて。


「疲れた~」


「お疲れ様です、フィアーラお嬢様。この度のご活躍、魔王軍の中でも話題になっていますよ」


「ま、まぁね! 私の実力があればこんなものよ! 実際は勇者の格好をする魔王様に振り回されていただけなんだけど……」


「あら、その指輪はどうされたのですか?」


「っ!?」


「隠されても無駄ですよ。このメイド、しかと目に焼き付けましたから。お相手は誰ですか? どこに住んでいますか? ご職業は? こうしてはいられません! 式の準備を……」


「もう! 早まらないで! べ、別にあいつとはまだ……」


「あいつ? まさかあの人間、スジョウのことを言っているのですか!?」


「……」


「その反応は肯定ということでいいですね。今から再度カチコミに……」


「バカ! 前やって迷惑かけたでしょ! それにこれは、スジョウが命を懸けて私を守ろうとした証だもの……」


 フィアは大切そうに指輪を撫でながら言う。


「……分かりました。フィアーラお嬢様がそこまでおっしゃるのなら」


「そ、そう?」


「ただ、物事には順番ってものがあります。スジョウはまず、私に挨拶に来るべきじゃないでしょうか?」


「あんたは私の親か!?」


 主人とメイドが戯れている。ここでも、いつもの日常が戻っていた。



「でも、スジョウ……遊びに来てくれる約束覚えてるかな……」


 そして魔王軍四天王のお嬢様は、今日も誰かをおもい魔界の空を見上げる。


------


 魔の領域内、某所、薄暗い部屋の中。


 「レキトイ、ただいま~」


 ゲームに出てくるテンプレ勇者の装備をした女性が闇の中から出てきた。


「魔王様、おかえりトイ! それはコスプレトイ?」


「まーた変な言葉覚えちゃってー。違うよ、さっきまで私、勇者してた!」


「魔王が勇者って、えぇ……」


「いや~、久しぶりに楽しめたよ! ”裏切りの勇者”って響きが良いよね! ついクールキャラっぽく演じちゃった!」


「楽しめたようで何よりトイ……裏切りの勇者!?」


「そうだよ~」


「”勇者の時代”に行ったトイ!?」


「うんうん、まさかタイムトラベルをするとは思っていなかったけどね!」


「ということは、この文献に書かれてあることは……」


 ぬいぐるみが積み上げられた書籍の山から、一冊の本を取り出す。


「私がやったこと! 良いよね、歴史が繋がるって!」


「どういうことだ……そうなったとしたら一回目の世界はインフレで滅んでいるはず。でも今この世界が存在しているということは……世界線の影響か?」


「何ぶつぶつ言っているの?」


「こっちの話トイ! それより、その左手に着けているのは何トイ?」


「ああ、これね。これは数上に貰ったんだけど、なぜか外したくないんだ……」


 謎の女性は左手薬指にはめられた指輪を見せながら言う。


「彼は観察対象。ただの暇つぶしだったんだけどね。愛着でも沸いちゃったのかな……」


「魔王様……レキトイは応援するトイ!」


「え? 何を!?」


「なんでもないトイ~」


 女性とぬいぐるみがじゃれ合う。はたから見たら、それはどこにでもある普通の光景だ。


「さーて! 次は何をしようかな~」


 そう言って、謎の女性は”PC”を起動するのだった。

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