第27話 勇者インフレ

 俺は元居た草原に立っている。


「終わったのか…」


 長いようで短い、初ダンジョンの攻略が終わった。


「そうね、ベットに横になって休みたいわ」


「そうだな、流石に疲れた…」


 自分一人の力で戦ったのは初めてだった。マギスクとアンスに頼りっきりだったことを自覚する。


「って、フィアもディアベルさんも洋服直ってるんですね」


「当たり前よ! 魔力の籠ってない装備で戦う馬鹿なんて初めて見たわ」


「馬鹿とはなんだバカとはー」


「ふんっ、あんたが魔力を巧妙に隠している強者だと思って損したわ」


「なんだとー!」


 彼女たちの衣装は粘液に食べられた箇所も含めて綺麗さっぱりだ。俺がフィアと言い合っていると、ディアベルが静かなことに気づく。


「ディアベルさん? 何をしているんですか?」


 地面に巨大な魔法陣を描いていた彼女に聞いてみる。


(なんか嫌な予感がするんだが…)


「フィアちゃん、スジョウちゃん、次の街へ行くわ」


「ディアベル、正気? 私たちは今日…」


「すとーっぷ! どこへ行くか教えてもらって良いですか?」


「対魔王の前哨基地、通称”勇者の街”よ」


「… 魔王討伐RTAかな?」


 転移初日に追放され、二日目に初ダンジョンを攻略して、次には魔王攻略へと歩を進めるのだ。あまりの展開の速さに俺の反応は遅れる。


「あんた! 本当に何を考えているの!? そもそも今のスジョウの実力だと”魔の領域”に入った途端、即死よ!」


(ですよねー)


 フィアの言っていることに俺は納得する。元居た時代での魔の領域でさえ、Sランク以上の冒険者で無いとその辺のモブに殺されるのだ。


「だめよフィアちゃん、そんなことでは時間がいくらあっても足りないわ」


「じゃあ、どうするって言うのよ?」


「パワーレベリングよ」


(あれ?)


 急にディアベルがオンラインゲーム用語を話したことに驚いた。もちろん、この世界にそのような物は無いはずだ。


「ディアベルさん、その単語…」


「なによ、それ?」


「語感が良かったから言ってみたの~」


(語感が良いってレベルじゃないよね!? レベルという概念が無い異世界だよ? たぶん…)


 俺に見えている数値がレベルだというのならば納得するが、基本ステータスの存在は俺以外認知していないはずだ。新たなる単語誕生の瞬間に立ち会ってしまったのかもしれない。


「で、どういう意味なの?」


「私たちがサポートして、スジョウちゃんを強い相手と戦わせることで、経験を積ませましょうってことよ」


「そうね… あのレベルの呪いがこっち側にあるはずないわよね…」


「呪い?」


「こっちの話よ。分かったわ、さっさと行くわよ」


「あの…」


 いつの間にか俺の強化計画が決まっていた。フィアがディアベルの描いた魔法陣の上に乗る。


「スジョウちゃんもこっち」


 ディアベルに手を引かれ、俺も魔法陣に乗る。


(バイバイ王都、いろんなイベントが俺を待っていたような気がする…)


「二人とも、飛ぶわよ! 魔王に一番近い街”基地番号4949"に!」


「街名テキトーか!? って語呂が縁起悪いわー!!!」


 俺の目の前が光に覆われる。人生初の転移魔法の感動より、これから起きそうなことを予感させる数字に泣きそうになった。




 光が晴れ、視界が戻る。時間にして数秒、どのくらい移動したのか分からないが、俺たちは街の中、大きな広場に立っていた。


「大丈夫なんですか!? 街中に転移しちゃって!」


 王都では、ディアベルがわざわざ都外に出ていたことで、俺はてっきり転移魔法に制約があるものだと思っていた。


「この街は大丈夫よ~」


 周りを見渡してみる。定期的に俺たちと同じようなパーティが光に包まれて現れていた。ディアバルが指さした、広場の中心には


『転移広場:座標4949.37564』 


 と大きな看板に書いてある。


「へ、へぇ… 座標も物騒ですね…」


「勇者が多すぎるわ… どうなっているのよこの街は…」


 フィアが顔をしかめている。彼女の言う通り、広場には戦闘帰りであろう傷だらけのパーティや、これから戦闘に向かうであろう準備を整えているパーティがいた。全員のステータスは軒並み高い。


(便利だなー、転移魔法… 便利すぎないか?)


「ディアベルさん、転移魔法ってこんなに一般的なんですか? いろいろと制約がありそうですが…」


「そうよ~、パーティの必須魔法ね。でも転移先座標が他の物体と重なったりしたら、大変なことになるわよ」


 ディアベルが怪談でも話すかのような口調で言ったことに対して俺はぞっとする。同時に同位置に異なる物体が存在したら起こることなんて、ホラーというよりグロだ。


「ってここは大丈夫なんですか!?」


 広場では途切れなくパーティーが転移し、転移してくる。衝突が起きてもおかしくない状況だ。


「この結界でしょ、それが座標の調整をしてるんじゃない」


 俺の質問にフィアが答えた。


「正解よ、フィアちゃん。はい、飴ちゃん」


「… 貰うわ」


 フィアが飴をなめている間、俺はこの世界の物流について考えていた。


「ディアベルさん、この結界の仕組みを利用すれば、なんというか… 移動とか物資の運搬にすごい便利じゃないですか? うまく中継地点などを作って…」


「良い発想だわスジョウちゃん。実際にこの広場は空間転移港、略して空港って呼ばれているの。ここは人専用だけど、物専用の空港もあるわ」


「あちゃ~、先を越されましたか」


 この時代では馬車をほとんど見なかった。それほど転移魔法は一般的なのだろう。


「実用化はここ最近なのよ。でもママ、スジョウちゃんの発想力に感心しちゃったわ。200DPあげちゃう」


「な、なんですかそれ…?」


「ディアベルポイントよ~ 貯めたら良いことあるかもね!」


 ディアベルのノリをいまいち掴めないが、彼女は楽しいことが好きなのだろう。


「ここは気持ち悪いわ… さっさと行きましょう…」


「おう、すまんなフィア」



 俺たちは拠点とするための宿屋に向かうため、歩いている。フィアは俺の後ろにくっついて周りを見ようとしていない。


「ディアベルさん、ここってどのくらい勇者がいるんですかね?」


 フィアのあまりの引きっぷりに俺は気になってしまった。


「そうね~ あの方も勇者、あの方も、あの方も…」


 ディアベルが人々に向けた手の方向は、冒険者風の見た目の勇者から、屋台の店主まで、この街にいる大半が勇者であるであることを示していた。


「へぇ… 勇者って分かるものなんですねー」


 ディアベルがはきはきと言い当てているのを聞いて感心している。


「私も勇者だからかしら? ちなみにあの方も勇者よ」


 ディアベルが示した先には、杖を突いた腰の曲がっている老人がいた。


「勇者というより、賢者ですよね!? 彼!」


 とても前線で戦えそうにない人が勇者なのだ。俺はこの時代の異常さに困惑していた。


(本当に、”勇者”ってなんだよ…)



 俺たちは宿に着く。今後の予定をディアベルが話していた。


「…というわけで、ここを拠点にスジョウちゃん強化合宿を開始するわ」


「わー、ぱちぱち… と言いたいところなんですが、なんで皆さん同じ部屋なんですか…?」


「良いじゃない、私たちもう家族みたいなものでしょう?」


「ま、まぁ… 仲間は家族と同じですが… フィアは良いのか?」


 好感度がいくら高くても、フィアがこの状況を許すとは思えなかった。


「別に良いわよ… か、勘違いしないでよね! あんたがディアベルと変なことしないか見張っているだけよ! 別に私がスジョウと…」


「おう、なら大丈夫だな」


 マギスクとアンスで俺はこの展開に慣れてしまっていた。この三人の好意は嬉しいのだが、俺にあるのは彼女らに対する心配と父性のようなものだ。


(俺が父なら、ディアベルとは夫婦ってことになるのか…)


「あらあら。ママ、スジョウちゃんがなにか嬉しいことを考えてくれた気がするわ~」


「ギクッ」


「『ギクッ』ってなによ! あんた変なこと考えていたんじゃないでしょうね!?」


「いや、ち、違うって!」


「この変態スジョウ…」


「誤解だってー!」


「あらあらまあまあ」


 俺は考えていることが顔にでも出てしまうのだろうか。性格上、思考や独り言が多いことが裏目に出てしまったのかもしれない。


「とりあえず明日から修行頑張るぞー!」


 俺は強引に話を進める。なんやかんやでこの時代に来た目的”強くなる”を達成するときがきたのだった。

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