第26話 迷宮インフレ 下

「あのぅ、終わりました?」


 変な体勢で屈むことしばらくして、俺は聞いてみる。

 ディアベルとフィアが装備の修復を終えるのを待っていた。


「これ以上は無理ね。良いわよ」


「私は別にスジョウちゃんに隠す事なんて無いわ」


「だから! あんたは隠しなさいって!」


「じゃあ、振り返りますね……」


 恐る恐る振り返る。

 そこにはまだ所々穴の開いた服を着た二人が立っていた。


「大丈夫なんですか? それ」


「仕方ないじゃない。私でも粘液を消すことはできないわ」


「ディアベルさんもですか?」


「そうよ~」


 良く見ると粘液が体に付いたままだ。浸食を止めているのか遅らせているのか、被害の拡大は止めているように見える。

 危ないところは……隠せているのか?


「なにジロジロ見てるのよ変態。さっさと攻略して、この気持ち悪いものを取るわよ」


 フィアが扉を出て先を急ぐ。


「ち、ちが、まってくれよー」


「あらあらまあまあ」


 謎の粘液に取りつかれた俺たち三人は、ボスが待っているであろう最後の階層に向かった。


 歩くこと数分、目の前には霧に覆われた扉のようなものがある。


「いかにもボス戦って感じだな」


「そうね、精々頑張りなさいスジョウ」


「スジョウちゃんなら出来るわ」


「え!? お二方は?」


(俺が戦うの!?)


 フィアとディアベルは俺の後ろに下がっていた。


「当たり前でしょ。あんたの修行なんだから」


「大丈夫よ。これで死ぬことは無いわ」


 そう言ったディアベルに魔法をかけられる。

 それもそうか。この状況自体、俺に対する試験だもんな。


「了解です。二人はどうするんです? って!」


 ディアベルが、どこからかマットと茶器を取り出している。


「私たちはここから観戦しているわ」


 フィアが魔法を唱えると、何も無い空間上に映像のようなものが映し出された。

 その中心部には俺が映っている。 まるで第三者視点、神の視点だ。


「どこから見てるの!?」


「あれよ、あれ」


 フィアが指さした先には目玉が一つ、ふわふわと浮いていた。


「なーるほど! じゃ、頑張ってきますわ!」


 フィアとディアベルが茶菓子を食べながら映像を見ている。

 平日昼間にだらだらとワイドショーを見ているような姿の二人に、俺は深く考えるのをやめた。


「俺の戦いはこれからだ!」


「何言っているの? 当たり前じゃない」


 異世界人であるフィアの新鮮な反応を背に、俺はボス戦へと挑む。


 扉を抜け、俺が見たのは神殿の広間にたたずむデカいスライムだった。


「このダンジョン、スライム推しがすごい!」


 開幕ツッコんでしまう。第二階層でもスライム、階層間でも粘液、そしてボスは大きいスライムだったのだ。


「他の階層が気になってしまうわ!」


(いや、ほらさあ、ダンジョンの入口はあんなに禍々しかったんだよ?)


 目の前にいる王冠をかぶっている水色のスライムは、どこかのマスコットになれそうな程、愛くるしい見た目をしていた。


「はぁ… やってやりますか」


 スライムを倒すには、ゴーレムと同じで核となっている部分を壊すか、修復が出来なくなるほど細かくするかだ。

 ディアベルのバフが掛かっている俺は、他と同じように爆散させることを選ぶ。

 そーっと近づこう。忍び足でスライムに裏に回る。

 しかし、事はそんなに簡単にいかなかった。

 スライムから水球が発射された。


(あ、詰んだ…)


 俺にその攻撃速度に付いていけるようなステータスはない。

 自分の左腕が吹き飛んだ。


「っ! いってえええ! え?」


 攻撃後に来るはずの痛みが来ないことに疑問を持つ。


(なにが起こっているんだ!?)


 スライムの背面に回ることを諦めて、柱の裏に隠れる。

 絶対さっき左腕が吹き飛んだはずだ。一瞬走った激痛が、その事実を証明していた。

 左腕を動かしてみても違和感はない。

 左腕が消し飛んだと思ったら、何かノイズが乗ったな。ディアベルは一体どんな魔法を掛けたんだ?

 スライムよりもディアベルに対しての恐怖が高まってしまった。

 今は戦闘中だ。幸運にも考える時間はある。

 魔力を持っていないことが幸いして、スライムに気づかれることはない。

 柱から顔を出して、相手のステータスを探る。


『生命:1000』


 スライムが他より突出して優れているのは、HPのようだ。これは定石通りだな。

 持っているヒノキの棒の攻撃力は、ディアベルのバフによってステータスに文字化けが掛かってしまっているが、通常のスライムより少し高い防御力程度なら問題ないだろう。

 俺は対象に集中して詳しい内容を得る。


『魔索:200』

『物索:9』


 魔力の索敵が異常に高く、相手の動きなどによる物理の索敵が平均を下回っていることが分かった。これは使える。

 まずはスライムの攻撃手段を確認する。地面に落ちていた石を柱から投げた。

 石が地面に着いた瞬間、スライムから水玉が発射された。

 やっぱり音に反応しているのか。

 動くことによる空気の乱れや、少しの温度変化に反応していたら、対処の方法がなかったため、俺は安心した。

 そしてもう一つ。水玉攻撃は物理属性のようだ。

 魔法のように見える水玉が発射されたとき、スライムのHPと物理防御力が減ったのを確認した。おそらくだが、自身の一部を飛ばしているだけなのだろう。

 そうなれば、後はパターンを掴むだけだ。

 ゲームにおいても敵の攻撃パターンを掴むことが攻略の鍵だ。俺はゲーマー魂をフルに活動させての分析を始めた。


 石を投げ続けて分かったことがあった。同時に発射できる水球は10個まで、そしてそれらの水球は、本体に戻るまで一瞬時間がかかる。なにより、ある程度音が鳴らないと反応しないということだ。

 魔力を持っていないことに、ここまで感謝したのは初めてだ。

 俺は同じ大きさの手近な石をかき集めると、服を分解して糸を作りそれらを縛る。靴を脱ぎ裸足になると、自分の進行方向以外に建っている柱にくくり付けた。

 緊張した。

 元の柱に戻った俺の手には10本の糸が握られている。スライムの死角となる場所を通っていたため、上手くいったようだ。

 どこに目があるか分からないからな……スライムって目があるのか?

 最初に近づいたときは、音をそこまで立てた覚えはないが気づかれた。背面だと思った角度から近づいたのだ。視覚があるとすれば厄介この上無い。


(当てれば勝ちだからな……よしっ!)


 左手で握っていた糸を放す。

 同じ高さに設定した石が、同時に地面についた。

 俺は柱から身を乗り出し、右手に持っていた棒を思いっきりスライムに投げる。


(え!? 魔法使えんのかよ!)


 スライムは魔法陣を発動させ、飛んできた棒と俺に向かって火球を放つ。


(はい、そんなに甘くはないですよね……)


 急所に飛んでくる火球に走馬灯が見えかけたが、当たったと思ったそれは、俺にまとわりついていた粘液に吸収された。

 同じく粘液まみれのヒノキの棒も、火球をものともせず、スライムにあたる。


 スライムが爆散し消える。辺りが明るくなっとように感じた。

 俺のボス戦は終わったようだ。


「スライム、粘液スライムに敗れるって! どうなってんだよ!?」



 扉が開き、フィアとディアベルが言い合いをしながら近づいてきた。


「あんた! あの魔法はやりすぎよ!」


「ママはスジョウちゃんのことが心配なのよ」


「って、本当にあんた何者なの? 改変魔法なんて世界に干渉するレベルよ」


「スジョウちゃん、お疲れ様。カッコ良かったわよ~」


「スジョウ、まぁまぁやるじゃない。って違うわディアベル! それよりもあんたは……」


「改変って、どういうことですか?」


 俺も気になって聞いてみる。


「なんでも無いのよ~。 ね? フィアちゃん」


「なにをっ……いや、私の勘違いだったわ」


 フィアの目から一瞬光が消えた気がした。


「でも俺の腕、吹き飛びましたよね?」


「勘違いよ、私は防御魔法しかスジョウちゃんに張っていないわ」


「そうなんですか……」


 俺は魔法について何も知らないし、魔力について何も感じることが出来ない。ここは流すしかないと諦めた。なにかご都合主義的なのが働いたのだろう。


「スジョウ、早く出ましょう! これ、気持ち悪いのよ」


 フィアが言っているのは粘液のことだろう。しかし俺は、これに救われたのだ。


「なんか愛着沸いてきたな……」


「は? 変態なのスジョウ?」


「いえ、大丈夫です……」


 最強装備になれそうだったんだけど。

 スライムアーマーという装備を考えた人に敬意を示しながら、俺は相棒ねんえきとの別れを悲しんでいた。


 俺たちはダンジョンの出口に向かう。転移ポータルのような物の手前に宝箱があった。


「まさか!?」


 俺は振り返り、フィアとディアベルを見る。


「五分五分よ」


「五分五分ね」


「攻略報酬もかよ!!!」


 この後の展開を予測できながら、俺は宝箱に向かう。



「ダンジョンのバーカ!!!」


 そして、さらに粘液まみれになった俺は、粘液スライム好きが作ったようなダンジョンに対して悪態をつき、ポータルを起動するのだった。

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