第25話 迷宮インフレ 中

 階段を降り、開けた場所に出る。森の中に来たと錯覚させる、そのような場所が第二階層のようだ。


 俺たちは木々の中を歩く。


「スライムだ!」


 モンスターの定番、スライムがそこにはいた。


「いいわね。スジョウちゃんの初戦にはぴったりかしら」


「やってやりますよ!」


 今までろくな魔物と戦っていない。ファンタジーの定番ともいえる”スライム”に俺のテンションはあがる。


 静かに近づいて、右手に持っているヒノキの棒で思いっきりスライムを殴る。


「やったか!?」


「やってないわよ! 馬鹿!」


 フィアが俺を魔法で吹き飛ばす。俺がいたであろう場所に変形したスライムであろうとげが刺さっていた。


「あ、ありがとうフィア…」


 ひっくり返った俺は茫然としている。スライムの耐久力はヒノキの棒の打撃力をはるかに下回っていたのだ。当然一撃で仕留めたと思っていた。


「あんた分かってないの? あの魔物は私の住んでいる地域でも厄介な相手なのよ」


 フィアの住んでいる所、つまり魔の領域のことだろう。


「そんな相手、勝てるわけないじゃないですか!」


(え!? スライムってチュートリアル用モンスターだよね!?)


「スジョウちゃん、大丈夫よ」


 ディアベルが俺に魔法を俺にかける。


「これでそのスライムをで倒せるわ」


「本当ですか…」


 今度は恐る恐る近づき、スライムを殴る。棘に対する恐怖か、俺は全力で棒を振ることが出来なかった。


 ヒノキの棒が触れた瞬間、スライムが爆散した。


「あれれ~?」


(殴ったというかあてただけだぞ…)


「やったわね! スジョウちゃん!」


 ディアベルがよしよしと俺の頭をなでる。


「ディアベルずる… ってなにやったのよあんた!」


「俺がやった訳ではないような… ディアベルさん?」


「違うわスジョウちゃん! あなたの力よ」


「そうかな? そうかも… そうだよな!」


 俺は褒められて育つ子なのだ。


「スジョウ、あんたってホント… そしてあんたは過保護すぎよ!」


 フィアがディアベルを指さして指摘している。


「あらあら、やきもちかしら?」


「ち、ちがうわ!」


 フィアの言っていることは正しい。この勝利は決して俺の力ではないことぐらい理解していた。


(強力なバフがかかったのは確かだけど…)


 最低でもSランク以上のモンスターに対して、触れただけで倒せたのだ。


(あんまり考えないようにします…)


「まぁいいじゃないか、俺も今回で攻撃パターンが読めたからさ」


「あんたって前向きよね…」


「俺に戦闘を求めたらダメってことだ。かわりに…」


 俺は歩きながら自分の能力について説明する。




「そんなこと私に教えていいわけ!?」


 フィアが驚いて足を止める。


「別に良いよ。後、ディアベルさん、すみません。言うのが遅れてしまって」


「気にしないわ。ママはスジョウちゃんには特別な力があるって分かっていたもの」


 ディアベルには何もかも見通されているようだ。


「あんたと私は一応敵同士なのよ!?」


 フィアが俺の肩を掴んで問い詰めてくる。


「あらあら」


「どうしたフィア、やけに積極的だな」


「馬鹿! そういうことじゃ…」


 顔を赤くしたフィアが手を放す。


「だから大丈夫だって、俺はフィアのことを敵だとは思っていないよ。それに、ほら、は仲間だろ?」


「そ、そうね… ホントにお人好しのばか…」


 フィアがなにかを言いながら歩くのを再開した。俺も後をついて行く。


「スジョウちゃん、あの魔物の耐久値を教えてくれるかしら?」


 歩いている途中、ディアベルがゴーレムのようなモンスターを指さして聞いてくる。


「あー、あれは… ん?」


「どうしたの?」


 固まってしまった俺の目をディアベルがのぞき込む。


「耐久値10000って… 封印された巨神かな!?」


「あら、巨神を知っているのね」


「そうじゃないんですって! あのゴーレム? 耐久値が異常に高いんです!」


「そうね、やっぱりスジョウちゃんはすごいわ」


 ディアベルがまた俺の頭をなでる。


「ディアベル… はぁ… で、どういうことなの?」


「あらあらフィアちゃん、あのゴーレムはのよ」


「じゃあ、この迷宮は攻略不可能じゃない?」


(普通そう考えるよな… ちっちっちー、違うんだなフィア)


「あの魔物は俺たちを攻撃してこない、ですよねディアベルさん?」


「正解よスジョウちゃん。はい、あめちゃんあげるわね」


 ディアベルが虚空から飴玉をとりだした。


「わーい!」


「お子様か… って違うわ、そんな魔物何のために…」


「力が強いだけでは、このダンジョンは攻略できないってことよ」


「たしかにそうだわ。私も危うく攻撃しそうになっていたもの… やるわねスジョウ」


「ありがとな、ほら」


 ちゃんと人を評価できるのは良いことだ。俺は貰った飴玉の内、一つをフィアに渡す。


「なによこれ」


「イチゴ味だぞ、うまい!」


「お子様か!? あんた大丈夫? ディアベルに毒されてない?」


 心を強く保っても、ディアベルの母性には勝てないのだ。


「いらないのか?」


「いらな… もらうわ」


 フィアが俺の手から飴を取り、口の中に入れる。


「なかなか美味しいじゃない」


「だろ?」


「ディアベル、これあんたが作ったの?」


「ひ・み・つ」


「『ひみつ』ってなによ!」


 フィアとディアベルの仲も順調に良くなっているようだ。




 その後、俺たちは能力でモンスターの判別をしながら、順調に第二階層を攻略していた。


 「あったわ、スジョウ!」


 第三階層に通じる入口を探していると、フィアが声をあげる。


「どうしたんだ? やけに嬉しそうだな…」


「見つけたのよ! 最終階層に通じる道を!」


「最・終・階・層! ってそれはダメだろ!」


「なによ… せっかく見つけたのに…」


「いや、ありがとな。フィアが悪いわけじゃないんだ…」


(流石に、ダンジョンの途中を全カットは大丈夫なのか? 製作者的に…)


 第一階層をトラップで魔物ゼロにしたような人だ。もし製作者がいたとしたら、相当テキトーな方に違いない。


「あらあら。お手柄よ、フィアちゃん。はい、飴ちゃん」


「いらんわ!」


「いいなぁ…」


「ってスジョウ!」


「しょうがない子ね。はい、スジョウちゃん」


 ディアベルが俺に飴玉を渡す。


「わーい! りんご味だー!」


「もうご褒美ですら無いじゃない!」


 フィアのツッコみがえわたっている。彼女はディアベルの母性に影響を受けていないようだった。


(能力の影響か? フィアのこともあんまり分からないんだよな…)


 相手は魔王軍四天王、簡単に力の謎を教えてはくれないだろう。


「でも、いいんですか? 他の階層を飛ばしても…」


「良いのよ、これからのスジョウちゃんの教育方針については決まったわ」


(教育って言いましたよね、この人?)


 俺はダンジョンを出た後のことを考えないようにした。


「じゃあ、さっさとボスを倒しちゃいますか!」


 意気揚々と巧妙に草木に隠されていた道の中を進む。




 途中、数時間前に見たような場所を目にした。


「…」


「あんたが行ってきなさいよ…」


 目の前には宝箱があった。


「はい…」


 すでに粘液にまみれているのだ。俺は覚悟を決める。


「今回も五分五分ですか?」


「この感じは五分五分よ」


「五分五分ね」


(その… 粘液がって意味で大丈夫ですよね?)


 宝箱に近づき、持っている棒を思いっきり振る。


(50%を二回外すことは無い!)


 ヒノキの棒が触れた瞬間、宝箱が爆散してしまう。


「しまった! バフがかかったままだった!」


 ディアベルのバフ付きで放った攻撃は、宝箱に入っていた粘液をあらぬ方向に飛ばした。


「結局ハズレかよ! って二人とも大丈夫か!?」


 後ろに飛んで行った粘液を追って、俺は振り返る。


「スジョウ! 見ないで!」


「あらあらまあまあ」


 俺の目に映ったのは、所々洋服の溶けた二人の姿だった。


「えええ!? す、すまん!」


 急いで目をそらす。


「あらあら、別に私は大丈夫よ」


「ディアベル! 少しは隠しなさいよ!」


「見てませーん、見えてませーん」


 俺は目を両手で塞いで屈む、見ざるの姿勢をとっている。


「もう! だからこの宝箱大っ嫌いなのよ!」


「説明してもらって良いですか…?」


「この粘液は魔力を食べちゃうわけ! 私の服は所々自分の魔力でんで強化しているの!」


「私のもよ~」


「そういうことか…」


 ディアベルが粘液について、『スジョウちゃんには無害』と言っていた理由が分かった。おそらく、攻略しに来た者の装備を壊すのが目的だろう。


(それにしても、服だけが溶けるって…)


「都合が良すぎだろ!」


 そう言いつつ俺は、このダンジョンの制作者が”分かっている”と思ってしまった。

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