第24話 迷宮インフレ 上

 俺たちは、草原の上で食事を取っている。戦闘を前にして何とものんきなものだ。



「ディアベルさーん、ダンジョンまだですかー?」


「まあまあ、焦らないの」


「良いじゃない、ゆっくりできて。それにこのお菓子美味しいわよ! スジョウも食べなさいよ!」


「あ、ありがとう」


 あったかい紅茶と茶菓子はうれしいのですが。

 かれこれ2時間は、このようにピクニックをしている。

 沸き待ちってやつか。なつかしいな。MMORPG全盛期には何時間も行ったことだ。

 まさか異世界でダンジョンの沸き待ちをすることになるとは思っていなかったけど。


「ディアベルさん? いったいどこから物を出してるんです?」


 ツッコむまいと我慢していたが、ディアベルが何も無い空間から食器や飲食物を取り出すのを見て、ついに聞いてしまう。


「ひ・み・つ」


 ディアベルが口元に指をあてて、お茶目な仕草をする。

 彼女の謎が増えるばかりだ。

 

「はい……分かりました」


「そろそろ現れるわ」


「え!?」


「そろそろね」


 フィアも身構えている。俺には何が起こっているのか分からない。


 その時、俺たちの目の前、何も無かった場所の地面が隆起し始める。


「ドンピシャかよ! すげーな!」


 あまりにもピッタリな位置でお茶をしていたことに驚く。


「ってなんで分かったんだ?」


「魔力の濃い地点だったからよ。そんなのも分からないの?」


 フィアにそう言われたが、俺に魔力を感じることはできない。


「は、はぁ。そうですか……」


(くそっ、魔力の設定についていけねーよ……)


「ちょっと! そんなに落ち込むこと無いじゃない! ってあんた!」


 しょんぼりしていた俺を見たフィアが驚いている。


「どうしたんだ?」


「魔力がじゃない! え? どうやって!?」


「あらあら」


「ディアベル、あんた分かっていたの?」


「スジョウちゃんは特別なのよ」


(あまり良い方の特別では無い気がしますが……)


「はぁ、魔力量を隠すのが上手とばかり思っていたのだけどね。まさか魔力を保有していないとは驚いたわ」


「ま、まぁそういうことだ」


 異世界から転生してきたことを知られないため、はぐらかす。


「ねえ、どうなってるのそれ? どうやってるの? 教えてよ」


「ははは……」


「フィアちゃん、スジョウちゃん、ダンジョンが現れたわ」


(ディアベルさん、ナーイス!)


 ディアベルが会話を遮ってくれた。


 目の前の土煙が晴れる。そこに現れたのは、禍々しい瘴気を発するだった。


「ラストダイブかな!?」


 あまりの迫力に俺は後ずさりする。


「スジョウ、だから…」


「あらあら、スジョウちゃんはダンジョン初めてなのよね」


「初心者が潜るものじゃ無いでしょ! それ!」


 入ったものを喰ってしまいそうな程の迫力を持つ門を指さして言う。


「大丈夫よ、ここ最近では一般的なダンジョンの型ね」


 ダンジョンの型ってなんだ? 絶対に大丈夫じゃない。

 門には鎖や、所々ドクロのようなもの付いている。


「はぁ、スジョウってビビりね。私の前で見せたあの勇ましい姿はどこにいったのかしら?」


「フィア、別に俺にそのような姿は……」


「ほら、さっさと行くわよ」


 フィアが俺の手を引いて門へと向かう。


「さあ、楽しいの続きよ」


「ディアベルさーん! 軽すぎですよー」


 俺は、二人に引きずられるように人生初ダンジョンの攻略へと向かった。




 門を抜けるとそこは楽園だった……とはならない。

 ダンジョンに入った俺が見た光景は、予想の付くものだった。


「あのぉ、マグマ的なのが地面にあるんですが?」


 不思議と熱さは感じない。


「スジョウちゃん、それに触れたら即死よ」


「即死トラップの範囲が広すぎるわ! 難易度設定が面倒になってAOE増やしたパターンじゃん!」

 

 末期ゲームのダンジョン設計で、無駄に範囲トラップが多い例と同じだ。

 このレベルまでいくと、イライラ棒と同じじゃねーか。


「あらあら、難しい言葉? を使うわね」


「何を言っているのか分からないわ」


 ディアベルとフィアは何食わぬ顔で進んでいる。


「え? 大丈夫なの?」


「踏まなければ、どうということも無いわ」


「スジョウちゃんも気をつけるのよ~」


「そうですか……」


 俺は最後尾から慎重に彼女たちの後ろをついて行く。


「あの、魔物とかの姿が見当たらないのですが……」


「そこよ」


 フィアが指さした先を見る。


「モンスター、マグマに全滅してんじゃねーか!!!」


 そこには、このダンジョンにいたモンスターものがあった。


「行動AIどうなってるんだよ!?」


「スジョウちゃんが元気で、ママも安心したわ」


「いつもの調子が出てきたじゃない、スジョウ」


(いやね、ツッコみ所しかねーよ、このダンジョン……)


 俺はこのダンジョンの制作者に、もやもやした気持ちを抱きながら歩いていた。


 しばらくするとディアベルが階段の前で止まる。


「着いたわ。第一階層はこれで終りね」


「早い早い! 本当にトラップ以外なにも無かったわ!」


 謎のマグマのおかげで戦闘になることなく、第一階層を制覇する。

 修行になるのか? これ。


 次の階層に続いているであろう階段を下りる。途中、部屋のような空間があった。


「これは?」


「スジョウ、こんなことも知らないの? 宝箱よ、たからばこ」


「いや、それは見ればわかるのだが……」


 どこからどう見てもトラップなんですが。


「フィアちゃん、これどう思う?」


「五分五分ってところね」


「なにが!? 50%死ぬってこと!?」


「五分五分よね」


「ディアベルさんまで!」


 彼女たちは”何の”確率なのか言わない。流石に命を賭けたギャンブルはきついですって。


「スジョウちゃん、あなたならいけるわ!」


「そうよスジョウ、あんたそれ持ってるじゃない」


 俺は彼女たちの視線の先、手に持っているヒノキの棒の存在を思い出す。

 これ装備していると主人公になれるんだったっけ?

 ”主人公である俺”ならば50%造作もない……かもしれない。


「分かったよ! やりますよ!」


 宝箱のステータスは不自然じゃない。

 半分やけになっていた俺は、宝箱を開く。

 すると中から紫色の粘液が飛び出してきた。


「ハズレね」


「残念ね、スジョウちゃん」


「え~っと、どういうことですか?」


 粘液まみれの俺は、彼女たちに問う。


「ごめんね、スジョウちゃん……」


 ディアベルが申し訳なさそうにしている。


「あんたがまさか、馬鹿正直に宝箱を開けるとは思っていなかったわ」


「フィア、どういうことだ?」


 宝箱は開けるものだろう。


「その宝箱は、中から防御不可能な粘液を出す可能性があるのよ。魔法攻撃も無効だし、あんたにその棒で壊してもらおうって思っただけ……私、汚れたくないし」


(最後に本音が聞こえたんだが?)


「えーっと、これ、大丈夫なんですかね?」


 自分の装備に着いた粘液を指さしながら聞いてみる。


「心配しないで、それは”スジョウちゃんにとっては”粘々ねばねばするだけで無害よ」


「ただの嫌がらせじゃないですか!」


「うわぁ……」


 フィアが俺を見て引いている。


「引くぐらいなら浄化魔法とかで何とかしてくれ」


「だから言ったでしょ、それ魔法無効だって」


「じゃあどうすれば……」


「ダンジョンから出ればいいのよ、力の供給を絶てば勝手に消えるわ」


「大丈夫? いったん帰る?」


 ディアベルが気を使って聞いてくれる。


「いや、大丈夫です……」


(あのイライラ溶岩ステージには戻りたくねーよ!)


「じゃあ、さっさと行くわよ」


「スジョウちゃん、きつくなったら言うのよ?」


「はい……」


 俺は新しい装備”スライムアーマー”を手に入れた?

 うへぇ……気持ち悪い……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る