第23話 好感インフレ 赤

「どういうことだ? フィア。おーい」


 フィアが固まっている。俺の呼びかけにピクリともしない。


「もしもーし」


「あらあら、どうしたのかしら?」


 ディアベルも少し心配そうにしていた。


「あの、ディアベルさん? その、魔王というの……」


(あれ? 急に眩暈めまいが……)


「あらあら……」


 俺は意識を失ってしまった。



「おはよう、スジョウちゃん」


 目を覚ました俺は、ディアベルの膝上に頭をおいて寝ていることに気づく。


「ここどこですか? 俺はさっき……」


 周りは見晴らしの良い草原のようだった。

 風が気持ちいいな。


「もう、スジョウちゃんったら! お友達を助けようと勇者に挑んで、コテンパンにされちゃったのよ!」


(あれ? そうだったっけ?)


「フィアちゃんも! お礼!」


 ディアベルの隣にフィアがいた。


「あ、ありがとね、スジョウ。別に私一人でも……」


「どういたしまして?」


 確かにそうかもしれないな。フィアのステータスは、この時代では弱い。

 彼女を見つけたところまで記憶があった俺は、納得した。


「って! なんでフィアがここにいるんだよ!」


「それは、その……」


 同一試験に他人と参加できるものなのか?


「あんたに謝りにきたのよ!」


「え? なにを?」


 彼女に謝られる覚えなんてない。そもそも一度しか会っていないのだ。あの時もすぐ帰ってくれた。


「ティアヌのことよ! あのバカメイド」


「あー、それね」


「私の部下が迷惑かけたわね、ってこと。はい、終わり!」


(めっちゃええ上司やん!)


 部下の面倒とミスのカバーもできる、理想の上司像がそこにはあった。


「いや、別にいいよ。あのメイドはなんか… うん、フィアも大変なんだな!」


 ディアベルの膝から起き上がった俺は、フィアの頭をポンポンとした。

 マギスク感覚でやってしまった。

 相手は魔王軍四天王にして、ディアベル家当主だ。激昂されても仕方がない。


「うん、ありがとう。スジョウ」


(あれれ~?)


「あらあらまあまあ」


 ディアベルがニコニコして、俺たちを見守っている。

 なぜだ? 『汚い手で私の高潔な頭に触れるとは、無礼よ!』的な反応を予想していたのだが?

 受け入れられた俺の左手は、まだフィアの頭の上にある。

 まさか!?


『好感:100』


「なんでだよ!?」


「あ……」


 彼女の俺に対する好感度は、高かった。俺が手を離したことにがっかりした顔をしたフィアを見て、さらに確信する。


「フィア! 大丈夫か? なんかやばいなにかにかかってないか? それとも惚れ薬とか魔法か? 特定の条件で人を好きになってしまうような」


「顔が近いわよぅ……」


 フィアは顔を赤くして、恥ずかしがってしまった。


「もうっ、スジョウちゃん! それはダメよ。乙女の心は、解き明かせない不思議なのよ!」


 ディアベルが力説している。


「いやいや! それもうミステリーだよ!!!」


 俺はフィアのことが心配になっていた。

 フィアの好感度上昇の謎は一旦考えないことにする。


「と、とりあえず……ディアベルさん? 俺は今どういう状況なんです?」


「スジョウちゃんが気絶しちゃったから、私があの勇者たちにお仕置きをして、ついでだったからダンジョンが出来そうな開けた土地まで、転移魔法で飛んできたというわけよ」


「分かりやすい説明ありがとうございます」


 俺の体に目立った外傷はない。ディアベルが回復してくれたのだろう。

 そもそも俺、良く生きてるよな。

 この世界の攻撃など、すべてが致命傷だと思っている俺は、即死しなかったことに感謝した。

 試験中死んだらどうなるんだろう。実は俺、もう死んでいたり。やめだやめ!

 シリアスなことは考えないようにする。異世界で生き抜くコツだ。


「フィアはこれからどうするんだ?」


 おそらくだが、彼女は洞窟の中まで来てしまったのだろう。それで、なんやかんや仕様上の条件かなにかが重なって、同一空間にいるわけだ。

 システムって想定外の動きには弱いからな。前世での経験則から勝手な推測をする。


「私は、その……」


「ちょっとディアベルさん、外してもらっても良いですか?」


 いくらなんでも未来のことを聞かれるのはまずい。


「別に大丈夫よ。フィアちゃん? 遮音魔法は使える?」


「使えるわ」


「お願いするわね」


 フィアが魔法を使ったのを確認して、俺は話し始める。


「まぁあれだな、さしずめ俺を追って、洞窟の中に入ってしまったんだろ?」


「そ、そうよ。なにか悪いかしら?」


「別に悪くなんて無いけど、端的に言うとこの世界は過去”勇者の時代”だ」


「薄々感じていたわ。勇者多すぎるもの」


「流石に知っていたか」


「当たり前よ! 魔族にとって最悪の時代だったもの!」


「お、おう……」


 フィアの表情に怒りが見えて、俺は言葉の選択を慎重にすることにする。


「で、だな、俺が考えるこの時代からの脱出法はことだ」


「そんなこと……」


「分かっている。フィアは魔王軍四天王だ。だけどな、俺は”倒す”という言葉は決して”殺す”とは思っていない。勇者の時代の終わり方を知っているか?」


「勇者の一人が裏切って、呪いをかけたのでしょう?」


 俺はマギスクとの会話を思い出していた。たしかその後の歴史はあやふやになっている。


「俺はその”呪い”を探す」


「あなたが裏切りの勇者になるってこと!?」


「ああ、そうだ。勇者の時代が終わればもう魔王も勇者も関係ないからな」


「でもそれだとスジョウの試験は……」


「大丈夫だって! プログラムにはバグが付きものなんだよ! なんとかするさ!」


 俺は精一杯明るく宣言する。言葉の良い話だが、『魔王を殺す』なんてことはしたくなかった。


「スジョウ、あなたはやっぱり私の……」


「え、なんて?」


 フィアの声が小さくて最後まで聞こえない。


「なんでもないわ。でも言ったからにはちゃんとやって見せなさいよ!」


「おう! まかせろって!」


「そう……」


 フィアが魔法を切る。


「って、どこに行くんだ?」


「話は終わったのでしょう? 私は……この時代をせいぜい楽しませてもらうわ」


「まってまって」


 飛び去ろうとしたフィアを慌てて止める。


「フィア! 俺たちと一緒に行動しないか?」


「え!?」


「あれだ、俺の監視ってことで良いからさ?」


 フィアが驚いている。

 知らない時代知らない場所に一人はつらいだろ。上手な理由をすぐに思いつかなくて、それっぽいことを言った。


「あらあら、良いわね。スジョウちゃんのお友達ならママ大歓迎よ」


「ディアベルさん、ありがとうございます」


「え、あの……」


 フィアが言いよどんでいる。


「どうだ? 俺はフィアとなら楽しいと思っているよ」


「わ、分かったわ! 監視よ監視! スジョウ、あんたが変なことしないか監視してるだけなんだからね!」


「それでいいさ! よろしくな!」


「よろしくね、フィアちゃん」


 こうして勇者の時代での俺のパーティが決まった。

 ステータスが平凡以下の異世界人に、見た目が主婦の勇者、そして魔王軍四天王のお貴族様って……


「なにこれ?」


 決まったのだ。

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