第22話 装備インフレ

「やわらかい…」


「あら、起きたのかしら」


「おはよう、ま… じゃない! 俺は負けない!」


 すんでのところで、落ちそうになった精神をつなぎとめる。


「ディアベルさん、申し訳ないです! 俺、昨日は本当に疲れていて…」


「いいのよ。スジョウちゃんが頑張ってるの、ママ知っているわ」


「いや、はい、本当にすみません…」


 俺はあまりの疲労から気絶するように寝落ちしていた。『部屋で寝てもいいのよ』という言葉までは覚えている。


(床とかでテキトーに寝るつもりだったんだけど…)


 朝起きると、ディアベルと添い寝をする形になっていた。


「俺、お金持っていなかったので助かりました」


 この時代に来た時、俺が身に着けていたのは、洞窟に入った時に着ていた軽装備だけだ。


「もう! これからは仲間なんだから、遠慮は無しよ」


「助かります!」


 そう、俺たちは仲間になったのだ。これから魔王を倒しに行かなくてはならない。


(マギスクとアンスが心配だな)


 俺と同じような状態になっているのなら、マギスクの危うさとアンスの性格は非常に相性が悪い。


「はぁ…」


「どうしたの?」


「いえ、故郷に残してきた友達が心配で…」


「大丈夫よ! 故郷に危険が及ぶ前に、サクッと魔王を倒しちゃいましょう!」


「そうですね!」


 ディアベルがうまく解釈してくれていて、助かった。




「それじゃあ! 行っちゃいますか!? 魔王を倒しに!」


「流石にだめよ、スジョウちゃん」


「ええ…」


 身支度を整え、いざ外に出ようとしたとき、ディアベルに呼び止められた。


「その装備では即死だわ」


「はい… そうですよね…」


(ディアベルって、ちゃんと勇者してるんだな。やっぱりベテラン…)


 これ以上の疑問は危険だと判断してやめる。


「と、いうわけで、装備を買いに行きましょう!」


「なにからなにまで… お願いします!」


 魔王を倒さないと?試験を終えれず元の時代に帰れないのだ。俺はディアベルを全力で頼ることにした。


「それではスジョウちゃん、おててを繋ぎましょうね?」


「お子様か!」


 ディアベルのテンポに乗せられないように、ツッコみという抵抗をした。




「はい、装備屋にやって来たわけなんですけども…」


 大きな通りに面した、小奇麗な装備屋を訪れている。

 

「大丈夫? スジョウちゃん?」


「ディアベルさん、ちょっと待っててくださいね」


 俺は大きく息を吸った。


「おかしーよ! なんで全部、エンドゲーム装備みたいな性能しているんだよ! 初期装備みたいな”ひのきの棒”が、『打撃:100』って、もう終わってるよ! ていうかこの世界は、なんでまだ滅んでいないんだよ! こんなものが普通に売っていたら、一般人もみんな歴戦の冒険者レベルだよ!」


「あらあらまあまあ。スジョウちゃんすごいわね」


 ディアベルがなぜか感心している。


「この”ひのきの棒”、素晴らしい武器だわ」


「え? どういうことですか?」


 俺は能力を使って、手近な装備のステータスを確認していた。他のキラキラしている剣や杖などは、『魔撃』『斬撃』の項目が軒並み200を超えている。


「この棒はね、”ヒノキ”というかつて最強だった勇者が使っていたものよ」


「まじで、”ヒノキ”の棒なんかい!」


「でも、驚いたわ。良く見つけられたわね。スジョウちゃんが言ってくれなかったら

ママ、見逃すところだったわ」


「へ、へぇ… それ、そんなにすごい装備なんですか?」


「この棒にはね、ヒノキの怨念が込められているの… 『魔王討伐へ、王国から渡された初期装備が”ただの棒”だった』とね…」


「呪いの装備じゃねーか!」


「安心してスジョウちゃん。この棒はね、装備した者が”主人公”になる権利を与えるの」


(まぁ、昔道端に落ちていた木の棒で勇者ごっこはしましたけど…)


「それで、そのヒノキさん? はどうなったんですか?」


「全財産を賭け事でって、破産したわ」


「やっぱり呪いのアイテムじゃねーか! …ってヒノキのやつ”所持金無くなって詰んだ”パターンだよね絶対!」


「あらあら、やっぱりスジョウちゃんは面白いわね。どうかしら? スジョウちゃんも主人公になれるとママ信じているわ」


「そうですか… ディアベルさんが勧めるならそれでいいです…」


(まぁ、攻撃力については普通にいいからな)


「スジョウちゃんにピッタリな装備が見つかって良かったわ」


「俺に合っているんですか? それ…」


 そうして、俺は”初期装備”を手に入れた。




「装備も整えたことだし、まずはスジョウちゃんの特訓ね」


「あ、…お願いします!」


 『特訓』という予想外の言葉に俺は反応が遅れる。ちなみに装備の代金もディアベルが払ってくれている。本当に子供になってしまった気分だ。


(ちゃんと修行パートあるんだ…)


 今までの異世界生活が、急展開すぎたことをやっと理解した。


(っていうかそもそも、強くなるために洞窟に入ったんだろうが!)


 すぐにでも魔王を倒しに行こうとした俺に、自分でツッコむ。


「そうね、まずは王都の郊外で軽く魔獣と戦ってみましょうか」


「郊外に魔獣って…」


(王国さん、大丈夫ですか? ここ王都ですよ…)


「あとは歩きながら話しましょうか?」


「そうしましょう」


 俺たちは、王都の西門を目指して歩き出す。


「魔獣を退治って、依頼とかなんですか?」


「依頼? 違うわ。適当なダンジョンを見つけて潜るだけね」


「ダンジョンキター!」


「あらあら、うれしそうねスジョウちゃん」


「やっとですよ! やっと、俺のやりたいことリストが一つ埋まるんです!」


「あらあら、スジョウちゃんが嬉しそうでママもうれしいわ」


(まじで転生してよかった! 全RPGファンの憧れ”ダンジョン”に潜れるんだ)


「でもダンジョンなんて、そんなに存在するものなんですか?」


 ここは王都、勇者や兵士がたくさん集まっているはずだ。


「あら? 知らなかったの? 今も魔力が高い土地には、1時間に1つダンジョンが発生しているわ」


「多すぎだろ! どうなってんだよこの世界は!? ダンジョンだらけじゃねーか!」


「大丈夫よ。ほとんどが一日で攻略されるわ」


「そ、そうなんですか…」


(分からん! 見てみないと分からん)


 モンスターとか出てこないのかと気になったが、王都の平和な様子を見ると問題なさそうだ。




しばらく歩いていると、西門が見えてくる。


「門を出て、どれくらいでダンジョンを見つけられるのですか?」


「私が転移魔法を使うから、安心していいのよ」


「あ、はい。 …ん?」


 俺は西門近くの広場で騒ぎが起きているの見つけた。


「なにかあったんですかね?」


「あらあら、大変ね」


「気安く話しかけないでくれる? 私を魔王軍四天王と知っての狼藉かしら?」


(あれ?)


 巻き込まれないように通り過ぎようとした俺に、覚えのある声が聞こえた。


「こいつ、自分のことを魔王軍って言ってるぜ!」「まじ笑える」「顔は良いから俺たちのパーティに誘ってあげたっていうのにな」


「馬鹿なの? あなたたち」


 そこには薄黒い赤色のドレスをまとった、フィアの姿があった。


「フィアじゃないか!? どうしてここに?」


「スジョウ! べ、別にあんたに会いに来たわけじゃ…」


「いやいや、どうして? 本当にどうして?」


「おい! 無視してんじゃねーよ」


 男の一人がフィアの肩をつかもうとする。しかし、手が触れる前に軽く吹き飛ばされた。


(あれ? フィアってそんなに強かったっけ?)


 男の『筋力』は150以上あった。フィアのステータスは優れているが、この時代では方だ。


「本当に馬鹿ね、私は”能力を無効化する”能力を持っているのよ」


「そこ、詳しく教えてくれ」


 群衆をかき分け、フィアに駆け寄った俺は尋ねる。


「これ以上は私の力を明かすことに…」


「お願いだ! フィアのを考えると夜も眠れなくなりそうだ!」


 俺は彼女の肩をつかんで懇願する。フィアのこと(能力の設定)が気になって仕方が無かった。


「スジョウ、あなたそこまで…」


「そうだ! お願いだ!」


「もう! 特別だからね! そいつらどうせ”勇者”の特性持ちでしょ?」


 フィアが彼女に絡んでいた男たちを指さして言う。


「そうみたいだな… いや、そうとしか考えられない」


「特性っていうのは本来”能力の一つ”だったのよ。なぜか今は別物扱いされているけどね」


 俺は急いで自分のステータスに『特性』の項目が無いか確認した。


(まじだ… 存在しない…)


「つまり、私は能力でそいつらをただの一般人に変えたってだけ」


「魔王じゃねーか! いや、四天王ではあるけど! 勇者特効だよ! この時代では最強だよ!?」


「そこまで褒めても、なにも出ないわよぉ…」


 フィアがもじもじしている。だが俺はそれどころでは無かった。


(もうフィアがラスボスでいいんじゃねーか?)


「あらあら、スジョウちゃんのお友達?」


 ディアベルが俺たちの近くに来ていた。


「え? 魔王様…?」


 フィアがディアベルを見て唖然としている。


「え!? 様!?」


 俺もディアベルを見て、その言葉に混乱した。

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