第21話 母性インフレ

「あらあら。スジョウちゃんは本当に元気ね」


「あっ、すみません。癖で…」


「いいのよ。それで良かったらだけど私とパーティを組まないかしら?」


(え!? いきなり!?)


 突拍子とっぴょうしもない提案に、俺でも流石に驚いた。


「えーっと、すみません… 状況が読めてなくて…」


「あら簡単なことよ。私も魔王を倒すために王都に寄っていたの。そこでちょうど、同じ目的を持った”お一人さん”がいたというわけね」


「へぇ… って! ディアベルさん、ここら辺に住んでる人じゃないんですか?」


「違うわ」


「え? でもその恰好… 失礼ですがお子さんとか大丈夫なんですか?」


 彼女が出しているママオーラから、勝手に子持ちだと決めつけていた。


「もう! 私に子供なんていないわよ」


(うっそだー!)


「本当に失礼なんですがご結婚とかは…」


「女性に対して繊細な話題はだめよ、めっ!」


(やばっ、これ年齢を聞いたら殺されるな…)


 俺は察しがうまい人間なのだ。相手の感情は表情でだいたい分かる。


「いや~、すみません! あまりにもディアベルさんが綺麗だったもので!」


「こんなおばさんを口説いているの? スジョウちゃんも若いのに物好きねぇ」


「ははは! いや~俺の杞憂きゆうでした! パーティの件でしたね!」


「スジョウちゃんの気持ちにしたがってちょうだい。そもそも私は魔王を倒しに行くのなんて…」


「そこは大丈夫です! ご心配ありがとうございます! でも、これは俺の使命なので」


「そうなの? スジョウちゃんは本当に偉い子なのね」


 ディアベルが俺の頭を抱え、なでなでしてくれる。


「えへへぇ… ありがとうママぁ… はっ!」


 俺は落ちかけた心をなんとか拾い上げ、一歩後ずさる。ここが路地裏で助かった。


「あらあら、照れちゃって」


(なんなんださっきから! は人をダメにさせる能力者か?)


 俺の心は正しい形には戻らなかったみたいだ。


『母性:88』


(で・す・よ・ね~!)


 能力を使った結果、ディアベルの母性は平均値を大きく上回っていることが分かった。


(いやいや、おかしいわ! 彼女は子持ちでは無いし、独身だぞ!? どうなったらそんな母性を出すことが出来るんだよ!)


「大丈夫かしら?」


「すみません… ちょっと心の中でツッコんでました…」


「つっこみ? スジョウちゃんが満足したならいいけど。落ち着いたら返事をちょうだいね?」


「いえ、もう大丈夫です。マ、ディアベルさん、正直に言いますと俺は弱いです。絶対に足手まといになる。だから…」


「それは違うわ、スジョウちゃん。あなたにはあなたの強さがあるの。ママはそれを知っているんだから!」


(やばい、泣きそうだよぉ…)


「ありがとうございます… やっぱりお願いして良いですか? 俺も一人じゃ辛かったんです。どうすればいいか分からなかったんです…」


 俺は、ついに打ち明けてしまった。


「よしよし」


 ディアベルに再度頭を抱きかかえられて撫でられる。胸の温かさと柔らかさを顔にダイレクトに感じた。


「これからはママが助けてあげるからね。もうスジョウちゃんは心配しなくていいのよ」


「ママぁ…」


(あぁ… だめだこりゃ… 人類は皆、”母親”を求めていたんだ…)


 俺が完全に墜ちかけていた時、聞き覚えのある声に話しかけられた。


「お前、さっきの奴じゃん。クビになって早々女遊びか?」


 さっき俺を召喚したパーティの勇者のようだ。


「可哀そうだなぁ… なぁ、お前らもそう思わないか?」


 周りのパーティメンバーも俺を見て笑っている。


(いやー、ね。笑われるのは良いんですわ。まぁ俺も恥の多い人生を歩んできましたわ。でもね…)


「いやいや! ありえねーだろ! 俺は異界から召喚されてるんだよ! 異世界に来て、ものの数時間で女遊びとか、それはそれでやべー奴だよ! 異世界『鬚ィ菫』RTAだよ!」


「もう、スジョウちゃんったら。そのような言葉を使ってはいけません。めっ」


 俺が『風俗』と言ったはずの部分にノイズが掛かった。


(? まぁいいや。とりあえず助かったぜ勇者。俺はママのとりこになるところだったわ)


 いきなり俺が声を上げたことで、勇者パーティーは固まっているようだ。


「それにね… あなたたち、私が体を売るような人間に見えるの…?」


 ディアベルの雰囲気が少し変わる。


「はっ、貴様みたいな”年増としま”、誰が買うか」


 自身の実力に余程の自信があるのか、チャラ勇者は彼女を挑発する。俺はこの後の展開をいろいろと察して物陰に隠れた。


(ディアベルは一体何者なんだ?)


 ディアベルの怒気が増えたかと思えば、彼女のステータスが文字化けを起こし始めた。


(前見た感じとは違うんだよなぁ…)


 四天王フィアの能力無効化時に起きたバグとは違う。『異質』という言葉しか今のディアベルの状態を形容できなかった。


「悪い子には、お仕置きが必要ね」


「貴様みたいな…」


「勇者、あいつも”勇者”の資質を持っているみたいだ」


 魔術師がチャラ勇者を止めた。


「なに!? …ま、まぁその辺の雑魚勇者に俺が負けるわけないわ!」


勇者ってなんだよ!?)


 チャラ勇者が一歩踏み出そうとした、その瞬間。


(あっ、これ見たことアルヤツダー)


 俺とディアベル以外のすべての動きが止まった。


「はぁ… 時空系魔法の対策もしていないなんて、”最近の勇者”も質が落ちたわねぇ」


「でぃ、ディアベルさん?」


「あらあらスジョウちゃん、ごめんなさいね? ママったらスジョウちゃんが馬鹿にされて我慢できなくなったみたいなの」


(いや、あなた年齢の話題でブチ切れていましたよね… まぁ俺のために怒ってくれたのも事実だけど…)


 俺はデリケートな話題には蓋をすることにした。これから一生ディアベルの年齢を知ることはないだろう。


「あの… ディアベルさん。何をしてらっしゃるのですか…?」


 彼女は、勇者一味の顔に落書きをしていた。


「ほらほら。スジョウちゃんもこっちに来て。一緒に仕返ししてやりましょう!」


 顔に『馬鹿』『阿呆』などと書かれる勇者たちを見て、俺は拍子抜けしてしまう。


(お仕置きってこんなことかぁ…)


「どうしたの?」


「いえ、復讐なんて”このぐらい”テキトーでいいよなー、って思っていただけです。俺もやります!」


 俺はディアベルと一緒に、”俺を追放した勇者パーティー”に対して小さな仕返しをするのだった。


「バーカバーカ! あ、やばい。これ結構楽しい」




 勇者パーティーを落書きだらけで路地裏に放置して、俺はディアベルが泊っている宿屋の一室に移動していた。ちなみに、少し距離があったにも関わらず、俺たち以外の時は止まったままだった。


(おかしいな? 時止めの魔法はが多かったはず。ディアベルは普通に物体に干渉していたぞ…)


「魔法を解くわね」


 彼女がそう言うと、世界が動き出すのを感じた。


「ディアベルさん、今使っていた魔法について教えてくれませんか?」


「時空系魔法のことかしら? 別に特別な魔法じゃないわよ」


「特別じゃないってどういう…」


「あらあら、スジョウちゃんは知らないのね。さっき私が使った魔法は時を止めるもの、後は空間転移とかもこの魔法の系列になるわね」


「でも、やっぱりそれっての超上級魔法とかじゃないんですか?」


(頼む! そうでないともう”世界がヤバい”状態になってしまう!)


 俺は自分の願望を乗せて質問する。そんなにポンポンと時を止められても困るのだ。


「そうでも無いのよ。この魔法って詠唱が長いのよね。後、上位魔獣には効かないわ。対応策もいくらでもあるのに… 本当に最近の若い勇者ったら…」


「へ、へぇ… それで、どれくらいの人が時空系魔法を使えるんですか?」


 詠唱時間についてのツッコみは無しにして、それでも”時間を”止めているのだ。そんな物理現象に干渉する魔法が一般的であっていいはずが無い。


「勇者の素質を持っている魔術師なら誰でも使えると思うわ」


「もうこの時代いやだー!!!」


 勇者の時代である以上、結構な人々が時間停止魔法を使えてしまう。そんなインフレした状況に、俺は心から”NO”と叫んだ。

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