第19話 ?インフレ

「はぁ……」


 薄暗い部屋で女性が”画面”を見ながら、ため息をついている。


「どうしたんだトイ?」


「つまらないんだ。なにもかも。最近は第二世界の作品を見てるんだけど、ふとした拍子、虚無になる時があるんだよね。なんというか……昔みたいに純粋に楽しめなくなった、かな?」


「あんなに楽しそうにしてたじゃないかトイ?」


「うーん、最初はね。『世の中にはこんなに面白い制作物があるんだ!』って興奮したさ。でも、夢中になっててもなぜかね」


「うーん、ご主人様の言ってることはよくわからないトイ」


「私も年かな……」


「ご主人様はもう『莠悟鴻莠檎卆莠悟香莠』さいトイ。若くは……」


 ぬいぐるみのセリフが一部変換され、口を塞がれる。


「レキトイ、それ以上はダメだよ」


「……」


「分かったね?」


 レキトイと呼ばれたぬいぐるみが頭をぶんぶんと縦に振る。


「よし。で、話の続きだけど、なにか”楽しい”ことを探さないと私は死んじゃうんだ。まぁ、不死なんだけど」


「世界征服とかいいトイ?」


「昔やった」


「えぇ、トイ。そもそもご主人様はこの世界に興味が無さすぎるトイ。外がどうなっているのか知ってるトイ?」


「なんか勝手に魔王とか呼ばれてるんでしょ、私? まぁ勇者と魔王とかいう王道は嫌いじゃないけどさ… それも昔やって、飽きたんだよね」


「ご主人様がいろいろ放置しすぎたせいで、世界の力関係がおかしくなってるトイよ……」


「ん? どういうこと?」


「インフレ、トイ! 人間も魔族もモンスターも、いろいろ強くなりすぎておかしくなってるトイ」


「レキトイ難しい言葉知ってるね」


「ご主人様の”PC”を勝手に使ってるトイ!」


「おい」


 謎の女性が、”PC”と呼ばれた装置を起動する。


「って」


『ぬいぐるみ かわいい』

『ぬいぐるみ 画像』

『語尾つける あざとい』


「なんだこの検索履歴は!?」


「り、りれき見れるトイ?」


「もうっ、今回は許すけど、次回からは別アカを使うように」


「分かったトイ……」


「で、話を戻すけど、この世界がどうなろうと私知らないからね。もう飽きちゃったし」


「でも、魔王軍の会議には出てるトイ?」


「あれはね、若かったころの罪滅ぼしさ……昔はいろいろ馬鹿やったなぁ」


「ご主人様はまだ……若いトイよ」


「うんうん、でもホントあの頃はなんか、うん、楽しかった……本当に、この世界”で”いろいろ遊んだなぁ」


「昔みたいに、いろいろやるトイ!」


「なんかめんどくさい」


「えぇ……」


 ぬいぐるみが語尾を忘れて呆れている。


「なにか入ってくるな」


「異分子トイ」


「時空の歪みから内容把握できる?」


「人間っぽいトイ。どこの世界線から来たかは分からないトイ」


「まぁいいか。ちょっと様子見」




「おぉ、これはこれは」


「どうしたトイ?」


「こいつはいいや! 名前は数上値すじょうあたひ、”主人公”だ!」


「どういうことトイ……」


「ほんとーに、レアなんだ! 主人公特性を持ってるものは。主人公ってのはな、自動的にイベントを呼び寄せる舞台装置みたいなものなんだよ!」


「はぇトイ」


「これだ! この主人公を観察していれば”楽しい作品”が見れそうだ!」


「”作品”トイ?」


「うんうん、第二世界のみたいな物だよ!」


「でも、勝手に覗いたらプライバシーの問題があるトイ。コンプライアンストイ……」


「難しい言葉知ってるね、レキトイ」


「ご主人様のPCで……ってそれはもういいトイ! スジョウのプライベートはどうするトイ!?」


「だいじょーぶ! いろいろうまくやるからさ! それに、本来彼は異分子として排除されるんだよ? 私の世界だ。せいぜい楽しませて貰うわ! がははは!」


「ま、魔王だ……」


「昔まいた種もやっと実るときがきたようだな! これは楽しくなるぞ~!」


「スジョウ、本当にごめんなさいトイ……」


------


「くそー! 私も作品に絡んでいきたいー!」


 謎の女性が画面を閉じ、悪態をついている。


「ご主人様、前までめんどくさがっていたトイ……」


 ぬいぐるみは疲れ切った様子だ。


「いや、ね? 数上すじょうやっぱり面白いもん。なんであんなに楽しい人たちが彼の周りに集まるのか……うらやましい!」


「こ、この後スジョウに会うのかトイ?」


「まだだね。今物語がなるような転換点を用意しているんだ。そこからは私も絡んでいくよ!」


「前言っていた”ジャンル”? トイ?」


「うんうん。それそれ!」


「”魔王”はどうするトイ?」


「だいじょーぶだって、あの村の洞窟を使えばね!」


「でもご主人様最強すぎて、どんな物語もで解決できちゃうトイ。あと性格も……」


「ん? 何か言った?」


「なんでもないトイ……」


「うそうそ、そこも問題なし。私、”物語の区切り”まである程度”記憶”を消すから!」


「そこまでやるか? トイ……」


「絶対その方が楽しいって! それに、安全装置セーフティは残しておくからだいじょーぶ!」


「分かったトイ……」


「”楽しい”のために、頑張れ私!」


 謎の女性が、空中に浮いている地図のような物の上に強大な魔法陣を展開させる。


「この世界を改変する!」


「スジョウ、本当に本当にごめんなさいトイ……」

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