第18話 修行インフレ

「アンス、お疲れ~」


 厨房の近くで立っていた俺は、アンスが出てくるのを見つけて呼びかける。


「スジョウさんいたんですかぁ!? なんで助けてくれなかったんですかぁ」


「いや、なんというか、アンスが楽しそうだったから?」


 アンスはこの世界に似合わないゴスロリ服を着ている。それが、この村の住民の中では妙に馴染んでいた。


「ふぇぇ、私そんな風に見えていたんですかぁ」


「まぁまぁ、いいじゃないか。新しい友達も出来たみたいだしな」


 アンスは新しいチョーカーを身に着けていた。


「そうなんですよぉ、お洋服を作るのが趣味なお方がいてぇ」


 アンスも良い感じに楽しくやれてそうだ。

 彼女が嬉しそうに他人について語っているのを見て、俺も嬉しくなってしまった。


「よーし! 後はマギスクを回収して、飯にしよう! ドラゴンだよドラゴン! なんかやばいって!」


 まさか戦うより見るより前に食べることになるとは思わなかったが。

 ファンタジーの定番”ドラゴン”だ。興奮しないわけないだろう。


「ってちょうどマギスクだ。おーい!」


 銀色のさらさら髪を後ろにたなびかせている姿に、俺は反応してしまった。


「なんだ、スジョウか。元気になったか」


「あ、お父様の方でしたか」


「ふぇぇ!?」


 アンスの反応に、『やっぱそうなるよなぁ』とつぶやき、が異常なことを再確認した。


「どうしたのだ? なにか用か?」


「あ、あのぉ、マギスクさんのお父様で間違いないのですかぁ?」


「うむ、私がこの村の村長でマギスクの父、フェレ・ラフトだ」


「はぇぇ、すごいですぅ」


「分かるよアンス、でもこの村では常識が通じないみたいだ」


 異世界で常識が通じたことなんて無かったけど。


「ふぇぇ」


「すみませんフェレさん。マギスクと間違えてしまって」


「そうか、私も良く間違われる。気にするな」


 そこはちゃんと間違われるんだ。


「ついでですので、お聞きしたいことがあるんですが」


「なんだ?」


「なんで俺がラフト姓名乗っていることを知っていたんですか?」


「うむ、たまにマギスクの様子を覗いていたからな」


「え!? そんな気配……」


「ふぇぇ!?」


 俺とアンス、どちらも驚いている。見られている気配なんて微塵も感じなかったからだ。


「マギスクは知っているんですか!?」


「うちの娘もまだまだ未熟だな。私の”目”に気づかぬとは」


「父上!」


「おっ、マギスク。ナイスタイミング!」


 マギスクが挨拶を終えたのか、厨房の近くに来ていた。


「それは、やめてくれって昔から言っているじゃないか!」


「仕方が無いだろう、自分の子を心配しない親がどこにいる?」


「父上は、過保護なんだ!」


 マギスクが帰りたくなかった理由ってこれか。珍しく声を荒げるマギスクを見て、俺は納得した。

 確かにいろいろ危ういからな。子離れできない気持ちはわかる。でも流石に監視は……


「フェレさん、マギスクはもう立派な大人です」


「大人だがスジョウ、指輪を渡したからといって、君との関係は認めんぞ」


「え、え!?」


「父上、なにを……」


「結婚を前提にするなら、まずは相手の親のところに挨拶に来なさい」


「フェレさん? えーっと……」


 これは断片的にしか情報いってないな。それにやっぱり左手薬指の指輪ってそういう意味なのね。

 俺はなんとか誤解を解くために説明する。

 


「そういうことにしておこう」


「は、はぁ。お願いします」


「そ、そうだぞ父上。僕とスジョウは……」


(まだ?)


「スジョウさんは私ともしたんですよぉ」


(え、何の約束?)


「いいだろう、スジョウ。君には我が娘にふさわしいか”試験”を受けてもらう」


「父上、それは!」


「なにその展開!」


「と、その前にご飯にしよう」


「分かりました……」


 突然の展開に気持ちが揺らいでしまう。

 それでも俺の不安は、ドラゴンを食べたいという興味に負けてしまった。


 村の広場に着き、俺は食事を取っている。

 周りには村人たちがいて楽しい宴会が行われていた。


「めっちゃうまい!」


「ふぉいしぃですぅ」


「そうだろう、竜の尻尾は特別美味なのだ!」


 マギスクが空になった俺のお皿に新しい肉の塊をのせてくる。


「いやいや、もうお腹いっぱい……」


「もっと食べろ、スジョウ」


(久しぶりに会った祖母かな?)


 俺が美味しいと言った竜の尻尾を焼いた物が、皿の上から無くならない。


「はいはーい、もういいです! ありがとね、マギスク」


「そ、そうか。遠慮するではないぞ。ほら、アンスも」


「私も大丈夫ですぅ」


「まぁまぁ、俺たちは十分満足したよ。マギスク、ちょっといい?」


「なんだ?」


「”試験”ってなんだ? フェレさんに聞いてから気になっちゃって」


 ドラゴンを食べ、落ち着いた俺の次の関心ごとは試験についてだ。

 勉強とかは苦手なんだよな……絶対座学じゃないけど。


「あぁ、それか……気にしなくていいぞ!」


「いや、気にするわ!」


「あれは、その、私の修行と同じなのだ」


「それなら別にいいじゃん」


「そうですよぉ、私も修行するつもりでしたぁ」


「違う。我が村にある”魔の洞窟”からは、入った本人がなるまで出られないのだ」


「いいじゃん! それ」


 俺も強くならないとな。今のままではただの足手まといだ。


「それがな。本当に”強く”なるまで出られないんだ」


 『強く』を強調したマギスクの意図が分からない。


「大丈夫だいじょーぶ! 修行イベントは絶対必要だって!」


「スジョウがそう言うなら……」


「って、アンスは大丈夫なのか?」


「アンスなら問題無いぞ。彼女の本性はすでに”強い”からな」


「ふぇぇ!?」


「確かにそうだな」


「スジョウさんまでぇ」


「よーしなんかやる気が出てきたー!」


「そうかスジョウ、なら善は急げだ」


「あぁ、マギスク ……?」


「ドラゴンも食べて力が出ただろう。今から魔の洞窟に行くぞ」


「あ、フェレさんでしたか。って、今なんて?」


「試験を始めると言ったのだ」


「父上、今日はもう遅い、それにスジョウは……」


「その程度でやめる男にマギスクはやれん」


 やっぱりそっちのことか。まぁいい、今謎に力が出てるのは事実だ。


「望むところだ!」


 あれ? 先食べたの”肉”だったっけ?

 謎のテンションの俺は、即答する。


「私もやりますぅ!」


 謎のテンションのアンスも答える。


「父上! まさか魔法を!」


(なにそれ~?)


「私は何もしていないぞ。そもそもマギスク、おぬしの魔力耐性が高すぎるのだ。周りを見てみろ」


「皆いつも通りだぞ」


 俺はつられて周囲を見渡す。

 そこには踊り狂っていたり、一人でげらげら笑っている村人たちがいた。


「うん、やっぱりドラゴンの肉食って大丈夫なはずないか!」


 いや、でもこういうのは勢いでなんとかするべきか。

 俺は、やらないといけないことはテンションで乗り越える派だ。


「フェレさん、俺を魔の洞窟に連れて行ってください」


「うむ、良い心がけだ」


「スジョウ……」


「私も頑張りますぅ!」




「ここが魔の洞窟だ」


 フェレさんに連れられて村の外れに向かった。そこには奥が見えない洞窟がある。正直怖い。

ドラゴン食ってて良かった。普段なら絶対無理だ。


「スジョウ……ほんとに大丈夫なのか?」


「任せろってマギスク! 俺も強くなりたいんだ! アンスも一緒に頑張るぞ!」


「はいぃ!」


 俺は洞窟の中へと歩を進める。


「私から一つ忠告だ」


「なんですか? フェレさん」


 俺は入口ぎりぎりで少し振り返る。


「洞窟の中の時間は現実の時間とずれている」


(あ、それって……)


「つまりここでは一瞬でも、そっちでは何年、何十年と感じ……」


「それって”五億年ボタン”的なやつじゃないですか!?」


 俺の心からの叫びは、洞窟の暗闇にかき消された。


------


「ここにスジョウがいるのね」


 スジョウたちが消えてしばらく経ったころ。


「べ、別に彼に会いたいとかじゃないんだからね!」


 魔王軍四天王フィアーラ・アデル・ヴァフーデは洞窟の前に立っていた。


「あのバカメイドがやったことに、主人として責任取ってあげるだけだもの……」


 そうつぶいた彼女も、暗闇へと消えていった。

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