第17話 個性インフレ

「まだ着かないのか? マギスクの村”ガル”に」


「もうすぐだぞ、スジョウ」


「なんか緊張してきましたぁ...」        


 俺たちは、マギスクの故郷にに向かっている。ストルッサが拠点であることには変わりがない。今回はただの里帰りだ。


「っていうか今何時だ? もう半日は歩いているよね…」


 近くの村で馬車を止めて徒歩で移動していたが、空の色が変わらないことに疑問を持つ。


「うむ、すでに父の結界に入っているようだぞ」


「ふぇぇ… なんかぞわぞわしますぅ…」


(たしかに同じ道をぐるぐるしている気がしてるんだよなぁ…)


「これ、本当に着くのか…」


「私は次期村長だぞ、まかせてくれ」


「お偉いさんですぅ…」


「お、おう…」


(なんでそんなご身分の方が、勝手に出歩いているんですかね…)


 やっぱり早くに帰らせるべきだったか、と考えながら、いつ終わるか分からない景色のループを見流していた。


「スジョウ、アンス、もう着くぞ」


 しばらくすると、マギスクが立ち止まる。


「え、そうなの? 何も変わっていないが…」


 景色は変わっていない。何度も見た木に草、空模様に至っては雲の形さえ同じだ。


「スジョウさん… なんかやばいですぅ…」


「『やばい』ってなに!?」


「やばいんですよぉ…」


 アンスが何かを感じたのか、低下した語彙力で訴えてくる。


「よーし分かった! 俺が先頭を行こう!」


「スジョウ、止せ!」


 マギスクが制止する前に、タイミング悪く俺は何かの境目を超えてしまった。




「起き…」


(あ、なんか既視感が…)


「起きろ!」


「はっ! どこだここ!?」


 俺は簡素なつくりのベットで寝かされていた。ぼやけた視界に二人の人影がある。


「ヘイヘーイ、ユー、ハンサムボーイ」


 いかにもアメリカンな女性に話しかけられた。


「え!? 戻ってきた!? いや、俺日本人だけど」


「マダコンランシテイルヨウデース!」


(いやいや、おかしすぎる。何あの服? カウボーイなのか、っていうかあれ星条旗…)


「やっぱ、ここ”アメリカ”じゃねーか!!!」


「ふむ、やはり混乱しているようだな。私の魔法のせいかもしれない。もう少し寝かせておいてやれ」


 そこには、マギスクをほんの少し大きくしたような女性?が立っていた。


「え、マギスク… のお姉さん?」


「ハッハッハ! ソレハ”アメリカジョーク”デスカー?」


(アメリカって言っちゃたよ、もう… でもあの人マギスクにそっくりなんだよな…)


「パラレルワールドか!」


 俺はなにか納得したように閃く。


「なにを言っているのだスジョウ?」


(やっぱり、マギスクだ!)


「ソーファニー、デスネ、ムラオサ」


(え、今このアメリカ人なんて言った?)


「えーと、あなたたち、どなたでしょうか…?」


「うむ、自己紹介は大切だぞ。私はフェレ・ラフト。この村の村長だ」


「ワターシハ、ナースノ、シーク・プライエ デース」


「ご丁寧にどうも、俺はスジョウ…」


 ツッコみ衝動を抑え、挨拶には挨拶で返そうとした。


「ラフトを名乗っているのだな?」


「あ、はい。 って! フェレさんもラフト… ということは!」


「そうだ。私はガル村の村長、マギスク・ラフトの”父”だ」


「父親かーい! ってえええ!」


 もうどこからツッコんでいいか分からない。思考の過熱オーバーヒートに耐えられなくなった俺の脳は、睡眠という停止シャットダウンを選んだ。




「起き…」


(あー、はいはい、このパターンね。ということはさっきのは夢か)


「起きろ!」


「すまない、寝てしまってい… ん?」


「父上の魔法のせいだぞ。スジョウは耐性が低いのだ」


「そういわないでくれマギスク、父さんも急に愛娘が帰ってくると知って、食事の準備に忙しかったのだ」


「あれ~? マギスクが二人… って夢オチじゃない!?」


「スジョウ、大丈夫か? やっぱり父上の結界が…」


「大丈夫かスジョウ、私は飯の準備をしてくるからな。なにかあったらすぐに言うんだぞ」


「混乱するわ!」


(マギスクが二人? 父上が美少女? そして…)


「ノープロブレム! ”Dragon"タベレバ、スグカイフクデース!」


「そこはネイティブ発音なんかい!!!」


 なぞのアメリカ風人シークにおれは困惑するのだった。




「えっと… アンスは?」


 少しして彼女の姿が見えないことに、不安になる。


「アンスなら村の者に気に入られてな。食事の手伝いをさせられているぞ」


「へ、へぇ~」


(よかったじゃんアンス、友達見つかるといいな!)


「じゃあ、この状況を説明してくれる?」


「そうだな、スジョウはどこまで覚えている?」


「俺がマギスクの前に立ったところまで?」


「うむ、スジョウはその後、父上の結界に触れて村の牢まで飛ばされてしまったのだ」


「そういうことか… で、事態に気づいたお父様?とナースさんに俺は看病されていたと…」


 まだ現実を受け入れられない俺は、つい疑問符をつけてしまう。


「合っているぞ」


「うんうん。マギスク、遮音魔法お願いして良い?」


 俺とマギスクの周りが外界と遮断される。


「お父様って、男だよね…?」


「なにを言っているのだスジョウ、父というものは男しかなれないぞ」


「すぅ~」

 

 俺は息を吸い込む。


「いやいや、可愛すぎだろ! 父で村長で男の娘って! あと口調もマギスクと似ているし! もうね、いろいろとだよ! っていうかあのナースなんなんだよ! 英語じゃねーか! ここはご都合主義的に日本語でやっているんだよ! もう世界観以前の問題だよ! 設定の練り直しだよ!」


「おー」


 マギスクがなにやら感心している。


「はぁ、ありがとうマギスク。すっきりした」


(あのなんでもありなマギスクの故郷だ。もっとなんでもありだろ…)


「うむ、いつものスジョウだ。安心したぞ」


 彼女が魔法を解いてくれる。


「まぁいいや。アンスの様子でも見に行くか…」




「はい、なんかもう、知っていました」


 村の広場で俺が見たのは、パンツ一丁で筋トレをしているマッチョ、アニメでしか見ないようなとげとげした髪型の料理人、空中に浮いて寝ている…誰か、その他個性の暴力とも言える村人たちだ。


「よしっ、もう無理だ!」


 ツッコみを諦め、身を時の流れに任せることにする。


「とりあえずアンスを探そーっと」


 街中やギルドではあんなに目立っていたアンスも、個性の波に打ち消されて見当たらない。


「マギスク、アンスどこか分かる?」


「待ってくれ… 見つかった。厨房だ」


 俺たちは厨房に向かう。道中、マギスクに村人たちが話しかけてきた。


「マギスク嬢ちゃん、どうだったかい? 外は」「マギスク様、よくぞお戻りに…」「お、マギスクじゃん、お土産寄こせー」


(マギスクって慕われてたんだな… なんで里帰りしたがらなかったんだろう…)


 彼女に対して少しの疑問が沸きつつ、俺は一人でアンスのところに行こうとした。


「待ってくれ、スジョウ」


「マギスクは久々の再開を楽しまなきゃ。みんなと久しぶりに話したらいい」


「分かった… 厨房はその先だ」


「おう! ありがとな」


 指さされた方向には巨大なドラゴンがいた。


「まぁ、はい。途中から気が付いていました…」


 そうつぶやきつつ、俺はアンスの元に向かうのだった。




「ふぇぇ!」


「おう、嬢ちゃん、見込み通り力の使い方がうまいねぇ」


「そんなことはぁ…」


「それにその服、すごい可愛いじゃない! 自分で作ったの?」


「は、はいぃ…」


「あなたが醸し出しているオーラ、なかなかだわ」


「ありがとうございますぅ?」


 マギスクと同じく、アンスも個性派の村人たちにもみくちゃにされていた。


「これはな俺が出る幕はねーかもな!」


 早くもこの村での自分の立ち位置が分かった気がした。

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