第15話 怒気インフレ

「あぶねっ」


 メイドの魔族が放った剣を、俺はなんとか避ける。

 いや、違うな。


「大丈夫か? スジョウ」


「助かった」


 マギスクが、放たれた剣の軌道をすんでのところで反らしてくれたのだ。

 メイドが出した剣はマギスクの防御魔法を軽く貫通していた。機転を利かせて反らしてくれていなければ今頃串刺しだ。

 メイドは虚空から剣を取り出しては、飛ばしてくる。

 それをマギスクが反らし、死角にいたアンスが横から攻撃した。


「ふぇぇ!?」


「気づいていましたよ」


「アンスっ!」


 アンスが軽く吹き飛ばされてしまった。


「はぁ、期待外れです。スジョウと言いましたか。フィアーラお嬢様がご熱心な人間ですもの、ちょっとは期待していたのですがね」


「誰なんだ貴様」


「あら、自己紹介が遅れましたね。私は、ヴァフーデ家当主である、フィアーラ・アデル・ヴァフーデお嬢様の使用人、ティアヌです。以後お見知りおきをしなくてもいいです。あなたはここで死ぬんですから」


 なぜこんなに怒ってるのか。食い殺さんばかりの殺意を向けられ、俺は困惑する。


怒気どき:100』


 ホントにどうして!?

 ティアヌと言った魔族の頭上の数値でさえ、怒りのステータスになっている。それほどまでに一般的に見ても”激おこ”だということだ。

 理由はどうであれ、あいつは仲間を傷つけた。敵だ。


「お前は魔王軍の者なのか?」


「違います。私はただ、お嬢様のためを思って行動しています」


「そうか分かった。マギスク! アンス! 作戦2番だ!」


「了解だ、スジョウ!」


「分かりましたぁ!」


 その瞬間、世界が止ま……らない。


「なにが起こった!?」


 作戦2番とは、やばい敵に出会った時、マギスクが時間魔法を使い一瞬で戦闘を終わらせることだ。

 詠唱があると分かった以上二度目は無い、初見殺しの作戦だ。


「私、時間魔法って嫌いなんですよね。一方的過ぎて品が無い」


「どうして僕の……」


「いえいえ、私はあなたの魔法を"切った"だけですよ」


 言っている意味が分からない。

 魔法を切る? どうなってるんだよほんとに。


「いいですねぇ、その表情。さぁ私に、もっと、絶望を!」


 ティアヌは恍惚こうこつとした表情を浮かべている。


「私の剣は”なんでも”切れる。あなたたち人間に敵うはずがありません!」


 そう言って、ティアヌは虚空に無数の剣を作り出す。

 なんだよあれ、チートじゃねーか……

 俺は、ティアヌの期待通りの顔をしていた。


 防ぐことのできない攻撃に俺たちはボロボロになっていた。

 なんとか二人にポーションを飲ませるが、回復は微々たるものだ。


「マギスク、アンス、大丈夫か?」


「はぁ、本当につまらない。こんな奴ら、そこら辺の人間と変わらないじゃない」


 ティアヌが空を仰ぎながら、虚無に浸っている。


「マギスク、転移魔法とかは使えるか?」


「無理だな、あの剣に空間を切られて終わりだ」


「まじかよ……」


「ごめんなさいぃ、私、なにもできないですぅ、怖いですぅ、私のせいでみんな死んじゃうんですぅ」


『130』


 アンスの不安値が、限界を超えて上昇する。


「怖いですぅ、私が皆さんと……」


 彼女は震えていた。

 不安の上昇と比例して、筋力を筆頭としたステータスも軒並み下がっている。


「マギスク、もう少しだけ時間を稼げるか?」


「ないか思いついたのだな。任せるんだ、スジョウ」


「最後の会話は終わりましたか? 私って本当に優しいですよね」


「なら、もうちょっと待ってくれないか?」


「もう飽きちゃいました」


「マギスク、頼む!」


 俺はせめてもの助けになればと、マギスクにありったけの効果スクロールを使う。


「僕が相手だ!」


 マギスクがそうわざとらしく言って、ティアヌに突っ込んだ。


「分かりやすい陽動ですね。まぁ乗ってあげましょう。最も強いあなたを倒せば、彼らのさらなる絶望が……」


 ありがたいことに、余裕ぶってマギスクの相手をしてくれる。


 俺はアンスに正面から向き合い、真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「アンス、聞いてくれ」


「ふ、ふぇぇ?」


「君は強い。君が思っている以上にだ。その強さに蓋をしているのは君自身なんだ」


「で、でもぉ、私、怖くてうごけないんですぅ。皆さんを助けたいのにぃ、わたし……」


「大丈夫だよ。不安は誰にでもある。俺にだってそうだ。アンスは特に優しいし、勇気があるのも分かっている」


 そう言って、俺は”指輪”を差し出す。


「アンスの”気持ち”、俺と共有させてくれないか?」


「ふぇぇ」


「君のかせとなっているものを俺が引き受けよう」


「そ、そんなぁ、スジョウさんにごめい……」


「もー、迷惑を掛け合うのが仲間ってもんだろう? 代わりに冒険の中で、いろいろ助けてくれよな! っていうか俺弱すぎるから、頼む!」


 できるだけ明るく、アンスにお願いする。 


「ふぁ、ふぁぁい」


 彼女が左手を差し出す。俺は、その薬指に”指輪”をはめるのだった。




「魔力に頼ってるからダメなんですよ。あなた私より強いのですから、もっと戦い方を学ぶべきですね。もう遅いでしょうが」


 マギスクが膝をついて倒れこんでいる。


「じゃあ、さような……なに、この気配?」


 さっきまで余裕な顔をしていたティアヌが、冷や汗をかいていた。


「おうおうおう! よくも私様のダチに手ぇだしてくれたなぁ!」


「な!?」


 いつの間にか俺の横に、マギスクが横たわっている。


「マギスクさん、大丈夫ですか……すみません、俺が役立たずなばかりに……」


「スジョウ、どうしたんだ君は!? それにあのアンスは」


「アンスさんは強いんですよ、俺とかいう役立たずと違って……あぁ、今回で皆に失望させちゃったなぁ。パーティ解散しちゃうかなぁ」


「スジョウはよくやっているぞ! まさか、アンスと共有を!?」


「はい……アンスさんは俺よりずっと立派なんです……」


 俺はアンスの『不安』をすべて引き受けた。


「なんて無茶を……」


 マギスクが俺の頭を抱っこしてくれる。心地の良い柔らかさを感じながら、俺はアンスの戦いを眺めていた。


「なんだぁ、こんなものかぁ!? 貴様の剣の切れ味ってのはよぉ!」


「なにこの娘、まるで別人じゃない!?」


 不安がすべて消えたアンスは、ティアヌの剣をすべて拳で弾いていく。


「ありえないわ! 私の剣はすべてを……」


「私様の拳の方が硬かったみたいだなぁ! 世の中に”完全”という言葉は存在しなーい!」


 アンスがティアヌを殴り続ける。

 その清々しいまでの豪快っぷりに、不安に満たされていた俺でさえ気分が良くなる。


「あまり失望させてくれるなよ。私様の”旦那”と仲間に喧嘩売った罰だ。歯ぁくいしばれぇ!」


「な、待って」


 ティアヌが何かを言い終わる前に、アンスが渾身の一発をお見舞いする。

 空高く吹き飛ぶティアヌを見ながら、キラーン、とでも音が鳴った気がした。


------

 

 魔界某所、ある屋敷の一室。


「で、何なの? その顔」


「階段で転びました」


「ぜったい噓でしょ! 私のこと馬鹿にしてるの!?」


「間違えました。近所の獣にかまれたんでした」


「いや、それ打撲あとじゃん! 打撃系の獣ってなんだよ!」


「はぁ、めんどくさいですねぇ」


「え、このメイド、主人に向かってめんどくさ……」


「はいはい、フィアーラお嬢様に耳寄りな情報ですー」


「もう、なんなのよ。すねちゃって」


「お嬢様がご熱心な人間、『スジョウ』というらしいですよ」


「な!? ご、ご熱心って、違うわ、私の、その、ライバルよ!」


「そうですか……もうそれでいいですよ」


「ってあんたまさか!?」


「私、明日有給取ってるんで。ではまた明後日」


「あー、逃げるなー!」


 

「もう、あのアホメイドったら、空間魔法じゃなくてドアから帰りなさいよ」


「でもすじょう、スジョウか……ま、まぁまぁいい名前じゃない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る