第14話 地域インフレ

「おはよう」


「おはよう、スジョウ」


「おはようございますぅ……ってふぇぇ!? ごめんなさいぃ!」


 俺に抱き着くような形で寝てしまっていたアンスが、飛び上がる。


「ははは、昨日は疲れていたんだろう。実際一番頑張ったのは、アンスだしな」


 まさか寝るときに抱き着く癖があるとは。俺の力では外せなかった。

 こんなところでも、素の筋力差を実感してしまう。


「でも、本当に……」


「だいじょーぶだって! なんというか、うん、慣れた!」


 俺はアンスとは逆側にいるマギスクを指さして言う。


「ふ、ふぇぇ。ご兄妹で、その、ふぇぇ?」


「スジョウと僕は家族だからな。間違ってはいないぞ」


「あー、誤解だ誤解! 説明しまーす!」


 俺はマギスクとの出会いから、自分が異世界から来たことも含めて話した。



「ふぇぇ、スジョウさんって異世界人だったんですねぇ」


「うむ、スジョウは異世界の創造主だったんだぞ!」


「だーかーらー!」


 マギスクがちょくちょく湾曲した情報を入れてくる。それに疑いもせず、アンスは感嘆していた。


「はぁ。まぁいろいろあってな、今はこの世界を旅することを目的としてるんだ」


「はぇぇ、私、てっきりスジョウさんは勇者様だと思っていましたぁ」


「うん、絶対違うね! それは保証する」


 勇者なら、もっと転生特典とかくれないと困る。


「だからというか、なんというか。俺たちは、いずれストルッサを離れることになる。だからアンスにはそれを確認したくて」


「それなら大丈夫ですぅ。私も修行中のみでぇ、そろそろ北を目指そうと思っていたんですよぉ」


「北って、前、装備屋の店主が言っていた”魔の領域”ってやつか?」


「そうですぅ、私の目的はぁ、そのぉ、せっかくお仲間に入れて貰えたのに……」


「大丈夫だって! 仲間の夢を応援しないでどうする。それに、冒険に一つ目的地が増えただけだよ。些細なことさ!」


「ふぇぇ、ありがとうございますぅ。私の目的、いえ夢はぁ」


「どーんと来い!」


「魔王を倒すことですぅ!」


「勇者様じゃねーか!」


 まさかの答えに、俺は思わずツッコんでしまった。


「ふぇぇ、や、やっぱり私なんかが……」


「いや、うん。流石に驚いたけど。理由聞いていい?」


「はいぃ、私の魂が叫ぶんですぅ、『魔王を殺せ』ってぇ」


「え、えぇ」


(なにその厨二設定、かっこよすぎだろ!)


「すげーよアンス! やっぱり、勇者の生まれ変わりとかだよ!」


「ふ、ふぇぇ?」


「よーし、決めた! 俺たちが目指すは”魔の領域”、北だ!」


 俺はこういう時、ノリで決めるのだ。


「ふぇぇ!?」


「なぁマギスク! 問題ないか? ってマギスク!?」


 俺は、問いかけようとマギスクの方を向いて慌てる。

 マギスクが何やら怪しそうな液体を飲もうとしていたのだ。


「ちょっと、ストーップ! 何飲もうとしてるの!? やばそうな色してるんだけど……」


 なにやら静かだと思っていたら。何を作ってたんだ?

 彼女が飲もうとした物を取り上げる。


「スジョウ返してくれ、お願いだー」


「これが何なのか、教えなさい」


 謎の液体のステータスを見ると、栄養と魔力の項目が異常に高い。

 ただ、毒素って項目があるんですが。


「それはだな、栄養剤だぞ……」


「はい、嘘ですね。こんなに魔力の高い栄養剤、どこにも売ってません。正直に言いなさい。別に怒ったりはしないから、ね?」


 ギルドで見かけた、魔力補給用のポーションの約20倍の魔力量だ。そんな栄養剤、あるはずが無い。


「巨神の動……」


「え、ちょっと聞こえない?」


「巨神の動力源だ」


「なんでそんなものを……」


「ふぇぇ、危ないですよぅ」


「君はいいな、アンス。そんなにいろいろ大きくなれて!」


 マギスクがアンスを指さす。主に”胸”を、だ。


「古代の文献にあったのだ。『巨神の動力源を飲めばたちまち大きくなるだろう』とな」


 ”何が”とは書いてないじゃないか。そんなあやふやな情報でこれを?


「スジョウ、頼む。それを飲ませてくれ。僕は良い女になりたいのだ」


「マギスク、それはできない」


「なんでだスジョウ! 僕はこのままでは……」


 スジョウに、と聞こえた気がするが、それはひとまず置いて、マギスクを諭す。


「マギスク、これは毒だ。人が飲んでいい代物じゃない。それにね、君は今のままでも、十分過ぎるほど魅力的だよ」


 普通に見た目の値、ぶっちぎってるんだよな。


「す、スジョウ、すまなかった。僕としたことが、焦っていたようだな」


「うんうん、自然体が一番!」


「アンスもすまない」


「いんですよぅ、気にしないでくださいぃ」


 マギスクがこの依頼にこだわっていた理由はこれか。

 謎が解けて少しすっきりした俺は、巨神の動力源であろう液体が入った容器をポーチにしまった。


「話を戻すけど、次の目的地は”魔の領域”となりました!」


「なんか申し訳ないですぅ」


「いいじゃないか。この際だ、魔王を倒して、スジョウの名声を世にとどろかそうぞ」


 いや、どちらかというと勇者はアンスなんだけどね。


「で、魔の領域ってどんなことろなの?」


 でっかい魔王城とかあるのかな?


「えーっとぉ、Sランク未満が侵入するとぉ、その辺の魔獣に殺されますぅ」


「修行だー!!!」


 俺は即落ちする未来が見えた。

 なんとか生き残れるように、当面の予定を変更する。

 流石に対策を考えないと。絶対その辺のモブ魔獣が、巨神レベルに強いってパターンだ。


「はぁ、とりあえず、一旦帰りますか」



 俺たちは馬車に乗り、ストルッサの街へと帰る。

 初の依頼をこなしたとはいえ、道中俺の心は不安に満ちていた。


「やばい、俺もアンスみたいになってきた……」


 自分の不安値の上昇を確認し、一人呟いた。


------


「スジョウ、いくぞ!」


「おう! いつでもこい!」


 アンスと仲間になり、10日程。

 俺たちは近場の依頼を受けつつ、修行をしていた。


「ここで、こう」


「そして、そこだ!」


 俺は、巨神討伐で得た報酬で大量の装備品を買い込んでいた。

 防御の魔道具を使いつつ、マギスクが放った火球を”反撃のスクロール”で返す。

 跳ね返った火球が彼女を直撃するが、もちろん彼女は無傷だ。


「おめでとうございますぅ、スジョウさぁん」


「うむ。防御のタイミングも、反撃の向きも完璧だぞ」


「いや~、みんなのおかげだよ」


 俺が選んだ戦闘スタイルは、”課金アイテムでゴリ押す”だ。

 高価な魔道具やスクロール、そしてポーションを惜しげもなく使うことにより、なんとか死なない程度には戦うことができるようになっていた。

 防御の魔道具も耐久値低いし、スクロールやポーションにいたっては使い捨てだ。今日の修行でいくら飛んだかは考えないようにする。


「ほんとーにありがとな」


 二人とも報酬を全額譲ってくれたのだ。白金貨6枚、十分な金額だった。


「よしっ何とかなるだろ! そろそろ北へ向かう……」


「スジョウ、なにか嫌な予感がするぞ」


「私も、怖いですぅ」


「え、なに?」


 二人の反応に戸惑っていると、空に亀裂が入る。

 そこからゆっくりと羽の生えたメイドさんが下りてきた。


「あなたがフィアーラお嬢様をたぶらかした人間ですね?」


 これはやばいパターンだ。相手の迫力に身がすくむ。


「死んで償ってください」


 俺は身に覚えのない罪で、勝手に有罪となっていた。

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