第12話 魔物インフレ

「マギスク、もう一回言ってもらって良い?」


「うむ。1000年ほど前、人口の約1割が勇者だったらしい」


 昼食を取りながら話を聞くと、衝撃的な説明をされた。文字通り”勇者”の時代だったのだ。


「いすぎだろ! もう『勇気ある者はみんな勇者だ』って感じになってるじゃん!」


「それはいい言葉だな」


「ふぇぇ、私も勇者になれるかなぁ」


「ちょっと待って、考え事……」


 勇者という言葉を疑うべきか? いや、この世界はご都合主義的に日本語だ。

 たまに通じない言葉があるけど、それはそもそもこの世界に存在しない概念だろう。


「その勇者たちって、なにしてたの?」


「魔王を倒すために戦っていたらしいぞ」


「魔王様、お疲れ様でーす!」


 総人口が100万人だとしても、10万人が自分を倒しに来るのだ。同情もする。


「はぁ、その勇者の時代はどうやって終わったんだ?」


「勇者の一人が魔王側に寝返ったらしい。その勇者が、全世界に呪いをかけて。あとは歴史があやふやになっていてな。すまない、スジョウ。これに関しては正確な情報が無いのだ」


「いや十分だよ。ありがとね、マギスク」


 その時代に生まれなくてよかった。俺は、チート勇者たちが闊歩するインフレの時代に、このステータスで挑んでいたらと考えて安心した。

 今の時代って、ましなのか? そのようにさえ感じてしまう勇者の時代の設定に、俺の中での”勇者と魔王の物語”は完全に崩れ去ってしまった。

勇者と魔王の熱い伝説を聞けると踊っていた心は収まり、真面目に依頼の話をする。


「よしっ、栄養も補給できたし、あいつをどうにかする方法を考えよう」


「それなら僕の……」


「わたしがやりますぅ」


「それは……」


「お願いしますぅ、やらせてくださいぃ」


 アンスの目は本気だ。


「分かった。だけど情報は共有させてくれ」


 馬車の中で、俺は自身の能力”数値化ステータス”について話していた。


『耐久:10000』


 やっぱり耐久度か。巨神の上に出ていた数値を見たときは焦った。

 オークション会場で出品物の耐久値が異常に高かったことを思い出し、”封印”の影響だとすぐに気づく。


「封印されている状態だと攻撃は通じそうにないね、具体的に言うと、この短剣の200倍くらいの硬さかな」


「それくらいなら僕の……」


「はーい、マギスクは今回お休みです!」


「む、なぜだスジョウ」


「えーっと、俺のそばにいて欲しいから、かな?」


「そ、そうか。スジョウがそう言わずとも僕はずっとそばにいるぞ。ふへへ」


 この耐久を破れるほどの魔法を使われたら、ここら一帯が消し飛んでしまう。

 マギスクなら村のことを考えてやってくれるだろうが、流石に目立ちすぎる。


「マギスクには周囲に結界を張ってもらうね。後、この封印解けるよね?」


「問題無いぞ、封印自体の解析も済んでいる」


「さっすが~、よし、じゃあアンス、準備ができたら言ってくれ。俺たちは近くで見ているから」


「あのぅ、防御魔法は常に使っていてくださいねぇ」


「ん? ああ、分かった」


 巨神の攻撃を恐れているのかな。でも大丈夫ですよ、アンスさん。うちにはチート魔術師がいますので。

 アンスが巨神の前に立つ。

 俺とマギスクは少し離れた岩陰からその姿を見守っていた。


「大丈夫ですぅ、封印を解いてくださいぃ」


「マギスク、頼む」


「うむ」


 次の瞬間、アンスが消え、巨神が爆発した。


「うぉっ」


 大量の岩や破片が衝撃波と共に俺たちへ飛んでくる。

 マギスクの魔法が無かったら死んでいた。


「アンスはどうなったんだ!?」


「スジョウ、心配するな。あの娘なかなかやるみたいだぞ」


 土煙が晴れると、そこにあったはずの岩山が無くなっていた。

 しかし、巨神は健在である。


「あれ、さっき爆発四散したような」


「再生持ちのようだ。ふむ、これは新しい知識だ」


 マギスクが感心しているが、俺はアンスに対して叫ぶ。


「アンス! その魔物は再生持ちだー!」


「ふぇぇ、ありがとうございますぅ」


 戦闘中なのに、律儀にお礼をしてくれる。

 再生持ちの敵は核を壊せばいい、と相場がきまってる。

 俺は、アンスの攻撃で度々壊される巨神を観察していた。



「アンス、すげーな」


 俺は戦いを見ながら感心していた。

 あの威力はやばい。あの魔物の耐久値、500はあるんだぞ……どういう仕組みだ?

 アンスの戦闘スタイルは単純、殴るだけだ。


「なぁ、マギスク。アンスは強化魔法でも使っているのか?」


「魔法は使っていないみたいだぞ」


「うそでしょ……」


 俺はあることに気づく。アンスの上に一瞬だけ文字が現れるのだ。そこには『筋力』とあった。

 アンスの筋力って20くらいだったよな。それでもすごいけど。


「って、えぇっ、熟練の武闘家かな!?」


「どうしたんだ、スジョウ?」


「いや、アンスの筋力値が攻撃の瞬間だけ40倍に跳ね上がるんだ。前戦った魔族より高い」


「ふむ、それは天賦てんぷの才というやつだな」


 天才で片づけていい問題なのか?

 戦闘はアンスが優勢のようだ。余波で辺りが更地になっているが、SSランクの戦闘だ、なんとか誤魔化せるだろう。


「無限に再生するのはきついって……」


 俺はなんとか核を見つけようとするが、法則性が全くない。


「マギスク、最悪すべてを消し炭にしてもらうかもしれない」


「まかせろ、スジョウ」


 どうにかアンスに成功体験を、そう思いながら戦闘を注視する。

 アンスが吹き飛ばした巨神の破片に、表示される耐久値の違いがあることに気づいた。法則性か?

 破片の耐久値を一つづつ、確認していく。左肩あたりの破片の耐久値高い。核がある部位を守っているのだろう。

 俺は直感でアンスに伝える。


「アンスー! 左肩だー! 左肩にありったけをぶち込めー!」


「ふ、ふぁぁい」


 なんとも気の抜けた返事だが、アンスは巨神の左肩に全力のパンチをお見舞いする。

 光っている球が見えた。


「そこだー! いけー!」


 つい興奮して叫んでしまう。

 アンスが核を壊し、巨神と呼ばれたゴーレムは粉々に崩れ去った。

 俺とマギスクはアンスに駆け寄る。


「すげーよ! アンス!」


「なかなかの戦いだったぞ」


「ふぇぇ、皆さんのおかげですぅ、ありがとうございますぅ」


 これは良い涙だ。

 彼女はずっと一人でやってきたのだ、褒められることも少なかっただろう。


「私、今日は、なんかすごい力を出せたんですよぉ、いつもはあんなにうまく行かないんですぅ」


「まぁまぁ、良いことじゃないか」


『50』


 不安も順調に下がってきている。アンスの助けになれたことに、俺も嬉しくなった。


「スジョウもすごかったぞ、よく敵の弱点に気づいた」


「そうですよぉ、あの情報のおかげなんですぅ」


「そ、そうかな? えへへ」


 やっぱり俺も褒められ慣れてないみたいだ。


「マギスクの補助があったから今回の依頼は達成できたんだ! みんなの勝利ってことで!」


「うんうん。いいわよね、努力友情勝利って感じで」


「誰だ!?」


「ふぇぇ!?」


「っ!?」


 いい感じにまとまって、村に報告に戻ろうと思った時、知らない誰かに話しかけられる。

 アンスが殴って吹き飛ばし、マギスクが魔法で貫いた……

 ように見えた。


「もうっ、いきなりってないんじゃない? 私に、攻撃する気なんてないわよ」


「スジョウ、僕が時間を稼ぐ。頼むから逃げてくれ」


 初めてマギスクの焦った声を聞く。


「だーかーらー、危害を加える気無いってー、言っているでしょう、もう!」


 そう言って、赤髪ツインテールを揺らしながらぷんぷんしている可愛らしい魔族は……


『縺ゅ>縺�∴縺』


「え? なんで……」


「なんかしようとしたみたいだけど、ざんねーん!」


「私の能力は”能力封じ”でーす!」


 俺の天敵だった。

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