第11話 依頼インフレ

 俺は、どんよりとした顔で街の北門にたどり着く。

 予定よりだいぶ早い時間なのに、普通にアンスが待っていた。


「おはようございます……」


「あ、スジョウさん、おはようございますぅ」


「ふぇぇ、私、なにかしちゃいましたかぁ?」


「いえ、なにかしたのは俺です。ほんとーに、すみませんでした!」


 地面に着きそうなほど、頭を下げる。


「頭を上げてくださいぃ、私の方こそごめんなさい……」


「昨日はなんか俺、おかしかったみたいで……」


「スジョウはかっこよかったぞ」


「大丈夫ですぅ。私なんか、どの依頼を受けてもダメなことばかり考えてたんですぅ。強引に決めてくれてうれしかったんですよぉ」


「本当ですか!? そう言ってくれると助かります!」


 俺は、ドン引きされてるんじゃないかと心配していたが、アンスのやさしさに助けられる。


「それに結構かっこよかったですよぉ、私もスジョウさんの”覇道”のお手伝いをさせてくださいぃ」


「ぐはっ!」


 まさかの追撃に俺の治りかけた心は、完全に崩れ去った。


「だ、大丈夫ですかぁ? スジョウさん、スジョウさーん……」


「アンスとやら、なかなか見る目があるじゃないか」


 なにやらマギスクが感心しているが、俺は気持ちの再起動をかけることに必死だった。


 なんとか気持ちを切り替えて、俺は馬車に乗っている。


「これが依頼書ですぅ」


「ありがとうございます。ってほんとにありがたいです。馬車の手続きまでしてもらって」


「慣れてるので大丈夫ですよぉ、 この馬車が途中で壊れたらどうしましょう。盗賊に襲われたら、選んだ私の責……」


「はい、大丈夫です! アンスさん、馬車が壊れたら直せばいい、盗賊に襲われたら返り討ちです。それに、どんなことがあってもなんとかします!」


 不安って、諦めることも立派な対処法なんだ。

 俺は不安になると、”その時はその時”の精神でなんとか乗り切ることにしている。


「ふぇぇ、それならもし”神のいかずち”が落ちてきたらぁ?」


(なにそれ? 急に具体的になったんだが?)


 いきなり出てきた未知の単語に反応が遅れる。


「たしかに神雷しんらい級だと僕の防御魔法でも無傷とはいかないな」


「え?」


「心配するなスジョウ、君のことは僕が絶対に守る」


 もう何も分からない。俺は時間ができたら、ちゃんとこの世界について学ぼうと決心した。


「お、おう。マギスクもいることだし、問題ないでしょう!」


『55』


 何はともあれ、結構安心できているみたいだな。よかったよかった。

 当社比だが、アンスの頭上の数値が下がってきているのを見て、俺も安心した。

 また話が逸れたみたいだ。これが依頼書か、結局ちゃんと見ずに選んじゃったからな。


『封印されし巨神討伐

 報酬:白金貨6枚

 推奨ランク:S×5以上

 依頼提示期限:無

 ……


 新しい道のため、トンネルを掘っていたら、なんかでかい人が出てきました。

 邪魔なので破壊してください』


「理由が軽すぎるわ! 狩りゲーの依頼内容かな!?」


「かりげーってなんですかぁ、私何か間違えちゃいましたかぁ?」


「スジョウはたまに謎の言葉を言うんだ。”ツッコみ”という、僕たちの知らない叡知えいちだな」


「はぇぇ、スジョウさんすごいですぅ」


 アンスはあらぬ誤解を抱いているが、気にせず問いかける。


「アンスさん、この依頼S×5ランク以上なんですが……?」


「そこは大丈夫ですぅ、S以上の冒険者は、基本的に自身のランクより3つ上までの依頼を受けることができるんですよぉ、ただ、本当に危ないですよね。やっぱりお二方になにかあったら……」


「そうなんですね! まぁなんとかなりますよ!」


(マギスク様がいるし)


「そうであって欲しいのですぅ、じゃないと私……」


 どうなってしまうのか? 

 俺はできるだけ安全に行動しようと決意した。


 しばらく雑談をしながら、最寄りの村を目指す。


「あのぅ、お願いがあるんですけど……」


「なんですか? 俺にできることならなんでも!」


「いえ、私ごときが人様にお願いなんてぇ、差し出がましいですよね……」


「人様なんて。俺たち、もう仲間ですよ!」


「ふぇぇ、ありがとうございますぅ」


 アンスが泣き出してしまう。

 俺はどうすればいいか分からず、あたふたしてしまった。


「お、お願いってなんですか? 遠慮しないでください」


「お言葉に甘えますぅ、あのぉ、私にも砕けた感じで話してくださるとぉ、あと、呼び捨てでいいですぅ」


「なんだ、そういうことか」


「ごめんなさいぃ、たいして仲良くもないのに……ってえぇ」


「俺もアンスとは仲良くなりたいからね、問題ないよ」


「ふぇぇ、うれしいですぅ」


 アンスはまた泣いてしまう。

 分かる。他人との距離感って、本当に難しい。

 俺は過去の失敗を思い出し、アンスを優しい目で見てあげるのだった。



「大丈夫か?」


「はいぃ、ご迷惑をおかけしました……」


「よかったよかった」


 泣いてもメイクとかって崩れないんだな。そもそもメイクなのか? アンスの顔を確認して、俺は疑問に思う。

 大きな目に濃ゆめのくま、長いまつげ諸々、現実世界では、ばっちりメイクしたレベルの顔になっていた。そしてゴスロリ衣装に目を奪われがちだが、俺が見上げるレベルで身長高い。

 醸し出す負のオーラが彼女の良さを消しているのだろう。

 アンスとマギスク、二人の美少女と並ぶことで俺は、自分の容姿があまりにも普通なことを自覚してしまった。


(別にいいんだい! 目立たないし!)


「そのぅ、スジョウさんこそ大丈夫ですかぁ?」


「うん、なんか、落ち込んできた……」


「ふぇぇ、やっぱり私がなにかしたんですねぇ、ごめんなさい……」


 またアンスに影響を受けそうになったが、俺は何とか話を戻す。


「問題なし! で、これから依頼について話すんだけど。初めに言っておくと、俺は普通に弱いので戦力には入れない方がいい」


「そ、そうなんですかぁ?」


「スジョウは戦う必要が無いだけだぞ。巨神なんて僕の魔法で一撃だからな」


「マギスクさんすごいですぅ」


「うんうん。こっちの主力はマギスクだけど、俺もできる限りサポートするよ。アンスって武器とか持ってないけど、魔法とか使う感じ?」


 アンスは大きめの鞄を持っているだけだ。とても武器が入っているようには見えない。


「いえ、違いますぅ、私の戦いは……見てもらった方が早いと思いますぅ。あのぉ、巨神は私が相手しますので大丈夫ですぅ」


「それは、俺たちが傷つくのを防ぐためとかかな? 仲間なんだから信頼してくれてもいいんだぞ」


「そうなんですが、そうじゃないんですよぉ」


 アンスは言いよどんでしまった。

 何かありそうだが、あまり聞かないほうがいいか。どうせ戦っているところ見ることになるし、その時のお楽しみというやつだ。


「まぁとりあえず、マギスクは巨神についてなにか知っているのか?」


 話を切り替えて依頼目標について確認する。彼女があれだけ推していたのだ。


「うむ、魔物モンスターの一種だな。ゴーレムの最上位だぞ」


「へぇ~」


 モンスターなのか? ”神”って名前付いてるんですが。


「過去に全滅していたと思っていたのだがな、まさか一体封印されていたとは、僕も驚いたぞ」


 まさかの絶滅危惧種だった。ラス1 討伐しちゃっていいのか。


「誰が封印したんだろうね?」


「見てみないと分からないな」


「アンスはなんか知ってる? 巨神のこと」


「なにも知らないですぅ。お役に立てず、ごめんなさい……」


「まぁ、めっちゃ珍しい魔物らしいからね、って実物見たことある人いるのか……」


 そんな魔物討伐が、俺の”初”依頼でいいのか? そう思いながら、装備屋でもらった短剣をいじる。無理ゲーだろこれ。

 想像だけで俺は、自分が直接戦闘に加わることを諦めた。


 ストルッサから馬車に揺られること数時間、そして村で依頼の手引きをしてもらい、俺たちは目的地に着いていた。

 目の前には”なんかでかい人”が座っている。


「これ、いきなり動いたりしないよね……」


 岩山の中、空洞になっているところに座っているそれは、今にも動き出しそうだった。


「村から1時間くらいだぞ、村人のメンタル強すぎない?」


「解析が終わった。今から1000年以上前、勇者の時代に封印されたようだな。今の魔法技術ではない」


 巨神の封印を調べていたマギスクが戻ってくる。


「そ、そんな昔のものだったんですねぇ、そんなのを解除しちゃったら、未知の病とか呪いとかが……」


「”勇者の時代”についてくわしく教えてくれ」


 流石にこの単語は無視できない。


「っと、昼食を取りながらでいいか」


 腹が減っては戦はできぬ、冒険の基本だ。

 俺は飯の準備をしながら、勇者の時代についてあれこれ想像する。やっぱり異世界と言えば、魔王と勇者だ。

 この後に聞く事実を知らない俺は、期待に胸を高鳴らせていた。

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