第10話 羞恥インフレ

 路地裏の道具屋から出てギルドへと向かう。ちょうど昼頃になっていたので、食事をとろうと店を探した。


「朝は宿屋で貰ったパンしか食べてなかったからなー、お腹すいた…」


(何気に、異世界でまともな飯食ったことなかったな)


 こっちで食べたものといえば、硬いパンにちょっと柔らかいパン、つまりパンだ。


(まともどころか、パンの記憶しかなかった…)


「マギスク、なんか美味しい料理とか知って… るわけないか」


 彼女が村から出たことが無かったことを思い出し、聞くのをやめる。


「僕だってそれくらいは知っているぞ。竜の尻尾が一番おいしいのだ!」


「それ食べ物なの…」


「村では、よく食べていたぞ」


(へー、そうなんだー。ってなるわけないじゃん! 竜を食べる風習がある村ってなに!?)


 ギルドの壁にあった依頼書を思い出す。竜の討伐依頼など、最低でもSランク以上だ。


「ははは…」


 マギスクの故郷を想像すると、乾いた笑いしか出なかった。


「はぁ… もうどこでもいいや。何食べても初めてだしな!」


 俺は、”肉”と書かれた看板を掲げた露店を見つける。


(うおー、肉だー!)


「それ、2つください!」


「はいよ、銅貨8枚ね」


「お願いします!」


 お金を払い、”肉”を受け取る。


「なにこれ?」


「それなら知っているぞ。沢山の獣の肉を魔法で一つにしたものだ」


 薄い生地の間に挟まっている、茶色の何かがそれだ。 


「なんの獣なんです?」


「いろいろだな」


「いろいろって、普通に一種の獣の肉じゃダメなのか?」


「僕も本で読んだだけだが、味が”肉の味”に統一されるらしいぞ」


(え、怖い…)


 遺伝子組み換えを超えた謎の食品技術に、俺は恐怖する。


「ま、まぁ百聞は一見にかず。食べるか…」


「ほら、マギスクも」


 一つずつ、二人で初めての”肉料理”を食べる。


「あー、うん、うん?」


 適切な感想が思いつかず、もう一口食べる。


「うん、うん! !」


 俺の異世界初食レポは、その一言で終わった。




 俺たちは、腹を満たしてギルドへとたどり着く。ちょっと早めだったが、依頼書でも見ながら待とうと思っていた。


「…」


 ギルドに入った途端、察する。


「アンスさん、待っていたのか…」


 ギルド内の一部、依頼書が張ってある壁の辺り一帯から人が消えていた。


もやが見えなくても、流石にあの負のオーラには近づけないか)


 アンスのもとに向かうと、ぼそぼそと声が聞こえる。


「この依頼とかは… 危険すぎますぅ… スジョウさんとマギスクさんになにかあったら… じゃあこっちは… これは簡単すぎて私が失望されちゃいますぅ…」


「あ、あの~、アンスさん?」


「ひゃ、ひゃい!」


 俺が声をかけるとアンスは驚いて声を上げる。


「すみません、先に依頼を選んでもらってて」


「ちがうんですぅ、これは私の仕事なんですぅ…」


 パーティで依頼を受ける場合、一番ランクが高いメンバーがリーダーとなる。そう説明を受けていた俺は、アンスさんに任せることにしていた。


「良い依頼見つかって… ないですよね…」


「はいぃ… ごめんなさいぃ…」


「いえいえ、俺たちも良さそうなのを探してきますね!」


 そう言って俺はちょうどいい感じの依頼を探すことにした。


(アンスさんの実力がSSだから… まぁBランクくらいでいいかな)


 パーティーで仕事を請け負う場合、最高位の冒険者が基準になる。


(しっかし、SSランクとDランクが一緒に依頼なんて受けていいものかね?)


「マギスク、依頼を選んでいてくれ。俺はちょっと聞いてくることがある」


 そう言って、俺は受付に小走りでかけていった。




「そうだったんですね! ありがとうございます!」


 終始顔が引きつっていた受付嬢さんに聞くと、結論、Sランク以上と一緒に依頼をうけることは可能みたいだ。


(ただ、荷物持ち、ね…)


 そう、荷物持ちなどの雑用でのみという制約がつく。しかも、依頼について行くという形になるので、たとえ完遂したとしても評価に一切かかわることはない。


(まぁ当たり前か、本来参加できるレベルの戦闘じゃないからな… まぁいいか! 依頼を受けちまえばこっちのもんよ!)


 パーティを組めることを確認し俺は元に戻る。そこでは、アンスとマギスクがなにやら話していた。


「この依頼を受ける!」


「無理ですよぉ… 死んじゃいますぅ」


「マギスク、なにか良い依頼でも見つかったのか?」


「スジョウさんもなにか言ってくださいぃ…」


 アンスが困ったように俺の方を見る。


「どれどれ… ってこれ!」


『封印されし巨神討伐

 報酬:…     』


「これは無理だって言ったでしょ!?」


「そうですよぉ… 巨神なんてあぶないですぅ」


(危険で済む問題か? これ。っていうか神を封印から解いちゃいけないでしょ!)


「僕はこれがいいのだ」


 マギスクが珍しく食い下がる。


(え、どうしたの? マギスクさん? 神殺し《ゴッドスレイヤー》にでもなりたいのかな? …でも、いい響きだな”スレイヤー”って…)


「マギスクよ、貴様に神を殺す覚悟はあるか…?」


 謎の厨二心に火が付いた俺は、演技くさい問いをする。


「あぁ、スジョウ。この選択が正しかったと、未来の僕たちは思うだろう…」


「ふむ、よかろう。貴様の受け取った。神殺しの、我もを背負うとしよう」


「あのぉ、お二人とも…」


「アンスよ、頼むぞ。我らが覇道の序開じょびらきとする」


「ふぇぇ…」


 そう言ってアンスは受付に依頼書を持っていく。


 俺は受付を終えたアンスと、明日の朝に街の北門で待ち合わせをして宿へと戻る。


「なんか気分がいいな!」


「スジョウ、今日は一段とかっこいいぞ!」


「そうかな、そうかもな!」


 まるで、徹夜でカフェインを摂取した時のような興奮につつまれていた。




(でもやばい… なんかめっちゃ眠い…)


 宿の自室へと到着するなり、俺は極度の脱力感に見舞われる。


「ごめんマギスク、浄化まほ…」


 異世界に来て二度目のベットは、まともや寝落ちとなってしまった。




「む、あさか… 朝か!」


 俺は飛び起きる。直後、脳裏に昨日の記憶が流れた。


「やっちまったぁぁぁ」


「おはよう、スジョウ。元気な朝だな」


 マギスクが隣で寝ていたことには、もうツッコまない。


「なんで俺はあんなセリフを! 振る舞いを! あああああ」


 枕に顔を押し付けてもだえる。


「昨日のスジョウは、特にかっこよかったぞ」


「いやあああ、思い出させないでえええ」


(ゴッドスレイヤーって! ”大罪”って! どうしてたんだおれ!?)


 さらにギルドからの帰り、マギスクが腕をつかんでいたことを思い出す。普段の俺なら目立つからと宥めていたが、昨日はそのまま堂々と歩いていた。


「それはいろいろまずいよ! 俺、本当に”大罪人”になってしまうよ!」


 成人男性が、まだ幼さの残る少女に腕をつかませて歩いていたのだ。見方によっては大変危ない。


「はぁ… 本当になんでだ…」


 自分とは思えない言動に混乱していた。


「流石スジョウだ。まだ元気が残っている」


「え、『まだ』?」


「うむ、昨日食べた”肉”の効能だな」


「詳しく教えてください…」


「なんてことはないぞ。あの”肉”という食べ物には興奮効果があるだけだな」


「えぇなんでそんなものを…」


「本によれば、元は冒険者や兵士の戦闘食だったらしいな。興奮作用は、一つの”肉”にまとめる過程の魔法によるものだぞ」


(そういうことか… あの”肉”という食べ物は元気の前借り、現代におけるエナジードリンクみたいなものだったわけだ…  食べ物だけど)


「それにしても効きすぎでしょ…」


「スジョウは回復魔法も効きやすかったからな」


「うれしいような… うれしくないような…」


 自分の魔法耐性の無さに、なんとも言えない気持ちになる。


(あー、これ定期的に恥ずかしくなる奴だ)


 恥ずかしさの第二波を感じ、俺は再度枕に顔を押し付けた。

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