第9話 不安インフレ 下

「アンスさん、すごい強いじゃないですか!」


「私がこんなにランクが高くていいはずないんですよぉ… 受けられる依頼も、いつ死んじゃうか分からないものばかりで… う、吐きそう…」


 そう言ったアンスは、自分のお腹に手を当てる。回復魔法を使ったようだ。


(うわぁ… 大丈夫かな、あれ。吐くほどの不安ってよっぽどだぞ…)


「うちの店で吐かないでおくれよ! まったく」


「うぅ… すみません…」


「はぁ、ほんとにあんたって子は、スジョウにマギスクって言ったかい? あんたらもすまないね。この子は昔っからこんななのさ」


「た、大変ですね…」


 『人生はメンタルが強い方が勝つ』という言葉がある。俺は、アンスもさぞかし苦労したのだろうと共感していた。


(ん? まてまて)


 彼女はメンタルが弱い。それでもギルドで実績を残し、SSランクまで上り詰めた。


「あのー、アンスさんってパーティとか組んでたりします?」


「そ、それはぁ…」


「この子がパーティなんて組めると思うかい?」


 Sランク以上の依頼は基本ソロでは行かない。依頼書の内容もパーティであること前提になっていた。


「アンスさん! 滅茶苦茶強いじゃないですか!!」


 俺は少し興奮してしまう。冒険者にとって、敗北は死と同義だ。よって彼女は勝ち続けてきたのだ。


「むっ、私の方が強いぞ」


「ひぃ… 謝りますからそんなに睨まないでくださいぃ…」


「いやいや、アンスさんは謝らなくていいからね!? こら、マギスクも睨まない。君が最強なことは俺が一番良く理解しているさ」


「スジョウはそこまで僕のことを… ふへ、ふへへ…」


「おやおや、仲が良さそうだね。ところであんた、アンスとパーティを組んでみる気はないかい?」


「店主さんそれぇ…」


「良いんですか!?」


 俺は提案を受ける気満々だった。彼女がどうやって生き延びてきたか、その力の正体を知りたくなったのだ。


「えぇ… そんなぁ… 私なんて皆様のご迷惑になるだけですぅ…」


「そ、そうですよね… すみません… 俺の実力も考えずパーティを組もうなど…  はっ」


 また、アンスのペースに乗せられそうになる。


「はっはっは、やっぱりあんたらお似合いだよ。アンス、組んでもらいな」


「でも良いんですか? 俺たち、まだ駆け出しのDランクですよ」


「だてに長年装備屋をやってないよ。あんたら相当な実力者だね? とくにそこの嬢ちゃん」


 さすが、長年たくさんの冒険者を見てきただけある。彼女には見通されている気がした。


「俺は全然ですけどね。アンスさんさえよければ、いろいろ学ばせてください」


「ふぇぇ…」


「あんたもずっとこのままで良いのかい? ”魔の領域”に入る夢はどうしたんだい」


(また新しいワードが出てきたぞ… メモメモっと)


「わ、わかりましたぁ… こんな私でよければ、お願いしたいですぅ…  いえ、やっぱり足手まといになったらどうしましょぅ…」


「そこは問題ない。アンスさんの実力は本物だ」


 パーティーゲームの中、ソロ専でそのランクまでいったのだ。元ゲーマーの俺が強さを保証する。


「あ、ありがとうございますぅ… よろしくおねがいしますぅ」


「おう、よろしくな!」


「スジョウが決めたのなら仕方がない。よろしく頼む」


「よかったよかった! あんたに”友達”ができて私はうれしいよ!」


(一時的なパーティーメンバーから、いきなり格上げされてない?  …まぁいいか)


 俺は店主によって半分強引に、アンスをフレンド登録することになった。




「忘れてた! 俺たち、装備を買いに来ていたんだった!」


 午後にギルドで会う約束をして、アンスと別れた後に思い出す。


「そうだったのかい?」


(いやいや、装備屋に来る目的それ以外にある?)


「なら、私が選んでやるよ」


「ありがたいんですけど、俺たち、お金が…」


「金なんていらないよ。アンスの友達だろ? 彼女はお得意様だからねぇ」


「そうなんですか! じゃあお言葉に甘えて」


 俺たちはただでさえ金欠なのだ。


「はいよ。あんたら、戦闘スタイルは?」


「俺は…」


(え、戦闘スタイル? いや、俺戦ったことないですし… どないしよ)


「え、えーと、戦闘の衝撃で死なない程度の防具と、小さめの剣で大丈夫です」


「なんだいそれは。で、あんたは… 魔術師だね。流石に杖は持ってるんだろ?」


「つえ? 杖など必要…」


「はーい、持ってないでーす! この街に来るまでに壊しちゃいました! うちの妹、魔力量が多くて!」


「そうかい。じゃあ、とびっきりの上物を出そうかね。ちょっと待っておきな」


 店主が奥へと消えていったのを確認して、俺はマギスクに話しかける。


「マギスク、杖は擬態だ。杖無しの魔術師は目立ってしまう」


「僕はスジョウに従うぞ」


(ふぅ… あぶなかったー)


 なんとかマギスクのチートぶりを隠すことができた俺は、ひとまず安堵した。




「おぉ、これはなんというか… 冒険者っぽいな」


 俺は、店主が選んだ装備を着る。革製の胸当てにベルト、そしてダガーのような短剣だ。


(うん、普通過ぎてそれ以外の感想が無い!)


「あんたはいろいろ隠してそうだからねぇ、動きの邪魔にならない程度の装備でいいだろう」


(何も隠してないですよー、俺のステータスは平均以下ですよー)


「スジョウ、これは必要なのか?」


 マギスクが、フード付きのローブとなんだか高そうな杖を片手に持って問いかけてくる。


「いいね! すごくいい!」


 マギスクの格好は二つの意味で非常に良かった。


(顔を隠せるのはでかいよなぁ… あと、魔法使えますって感じが良い…)


 店主が選んだのは、俺たちの目的に合った目立たない格好だった。


(顧客の要望を理解しているな。この店主、できる!)


「いやぁ、本当にありがとうございます。 マギスクの杖なんて上物でしょう?」


「どうせ使いこなせる奴なんていなかったんだ。店の奥で眠っているより、杖も喜ぶさ」


(それ上物ってレベルじゃなくない?)


「ありがたく使わせてもらいます! マギスクも、お礼!」


「確かに良い品だ。感謝する」


「はっはっは、やっぱりあんた、只者じゃないね」


「それは、かくかくしかじかで…」


「余計な詮索はしないよ。ただ、あんたらにはアンスの力になってやってほしい」


「アンスさんとは付き合いが長いのですか?」


 俺は気になってつい、聞いてしまう。


「冒険者になりたての頃から、ずっとこの店さ。通りに面した店は入れなかったんだろうねぇ」


「そうなんですね…」


 光景が容易に想像できる。


「アンスは強い子だよ。スジョウ、マギスク、あの子を助けておくれ」


 店主が頭を下げるのを見て、俺は覚悟を決める。


「任せてください! 俺、こう見えても心強いので!」


 俺はアンスのことを何もしらない。それでもただの”客”である彼女のことを思う店主の気持ちには、噓偽りが無かった。だから俺は、精一杯の虚勢きょせいを張った。

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