第8話 不安インフレ 上
日差しが温かい。どうやら俺は眠っていたらしい。
伸びをしながら身を起こす。
「ふぁー、結構寝たな……」
半日も寝たのか。昨日は空が暗くなり始めるころに寝たのだ。
職場と家の往復でろくに睡眠をとっていなかった俺は、久しぶりに心地よい朝の
待てよ? 異世界って24時間制なのか?
いったい何時間寝たのか、その疑問の前にこの世界の法則が気になる。
「なぁマギスクって、おぉい!」
俺の隣でマギスクが横になっていたのだ。流石に驚く。
「おはよう、スジョウ。良く眠れたようだな」
「マギスクさーん、あのぅ、ベットって二つ……」
「うむ、まぁいいじゃないか」
「はい。そうですか……」
ただ、会って数日なんだ。正直心配になってしまう。
俺に少しばかりの親心が芽生え始めていた。
「ま、まぁ、それは置いておいて質問なんだが、この世界って一日何時間なんだ?」
「24時間だぞ」
「え!? じゃあ1年は?」
「365日間だな」
これはなんというか……偶然? なのか?
「えーと、いろいろ質問していいか? この世界について知っておきたいんだ」
「まかせてくれ、スジョウの望みなら世界の真理まで教えるぞ!」
「流石にそこまでのネタバレは聞きたくないかな、ははは……」
マギスクは胸を張って答えてくれる。
まじで世界の真理とか知っちゃってるの!? 俺は、彼女の底知れなさを再び実感したのだ。
マギスクから聞いたこの世界の様々な法則は、元居た世界とほとんど同じだった。
もっと物理化学を真面目に勉強しとけば良かったな。あとは数学か。
勉強を
「ここまで似通っていると、スジョウのいた世界となにかしら関係があるかもしれないな」
「まぁ、魔力の存在が大きすぎるけれどね」
魔力の存在は、すべての法則を完全に無視している。
「魔力については感覚で使えているからな。もちろん訓練はしたぞ」
「天才肌かな?」
マギスクが照れる。
俺には魔力の存在を一切感じることができない。
「ちょっとマギスクの魔力を借りていいか?」
左手を見せながら彼女に聞く。
いつもは俺の意思で指輪の存在を隠している。なんとも便利な機能だ。
この機能は本当に助かる。ペア・リングなど、どんな誤解があるか分からない。マギスクは隠そうとしないみたいだけど。
彼女も自分の意志で隠せるはずなのだが、そこはもう諦めた。
「問題ないぞ、スジョウとなら僕のすべての力を共有してもいい」
「そこまでは大丈夫、でっ! 魔法ってどうやったら出せるんだ!?」
俺はつい食い気味に聞いてしまう。全ファンタジーオタクの夢、魔法を使えるのだ。
「簡単だぞ、想像すればいい」
「えーっと、それはマギスクが天才だからとかじゃないですよね?」
「流石に僕でも、高位魔法は魔導書で理論を理解してる。でも、物を動かす程度だったら魔力を出すことを思い描けばいい」
「へぇ、じゃあまずは魔力を借りるわ」
「うむ、存分に僕と繋がってくれ」
彼女の言い回しが気になったが、魔力に対する興奮が勝っていた。
「ん? あれ?」
「どうしたのだ、スジョウ」
「いや、共有はしてるんだけど、魔力的なものを全く感じない」
マギスクの魔力を使おうにも、俺の方に受け入れる器が存在しないのだ。
そういえば俺のステータスにはなぜか魔力に関する項目が存在しなかったな。
「なぁマギスク。この世界で、魔力を”全く”持っていない人間って存在するのか?」
「ありえないな、人間は魔脈を持って生まれる。魔法を使えない者はもちろんいるが、魔力が全くないというのは聞いたことがない」
「はぁぁぁ……」
大きなため息を吐き、俺は落胆していた。
転生したらやりたいことリストの一つが未来永劫埋まらないことが確定したのだ。
「たっ、たぶんスジョウが他の世界から来たからだな! スジョウは特別なんだ! 無理に魔法など使わなくてもいい。必要があれば僕がずっとそばに……」
「ありがとう、マギスク。大丈夫だよ」
何とか俺を元気づけようとしてくれたマギスクの頭をなでる。
ちょうど良い位置に頭があったため、ついこのようなムーブをかましてしまった。
「す、すまない!」
「ふふふ」
彼女は満足そうだ。俺の手はがっしりと掴まれて離せない。
満足そうならいいか。そう思いながら俺は、なんともほのぼのとした朝を過ごしていた。
その後軽い朝食を取り、俺たちは宿を出て冒険用の装備を整えるため大通りを歩いている。
「まずは装備だな。マギスクってなにか使うのか? ほら、杖とか」
「僕は使わないぞ。そもそも僕の魔力に耐えられる魔道具など、ほとんど無いからな」
「うん、流石だね!」
でも他の魔術師は杖を持っている。まぁなんとかなるかと思いなら、路地裏に行く。
宿の主人が言っていた、ちょっと古いがおすすめの装備屋がそこにはあった。
なんというか、隠れた名店の予感。装備の更新という、ゲーム内だと屈指の楽しみを前にテンションが上がる。
「失礼しま、って、えぇ……」
装備屋の中に黒色の
この現象は前にも見たことある。
俺は靄の発生源を探す。マギスクにはそれが見えていないようだ。
(いたいた、ってえええ!?)
靄の中心にいたのは、なんとも異世界に似つかわしくないフリフリな服を着た、とても背が高い少女だった。
「オンラインゲームの課金衣装かな? ……は!?」
あまりの光景に無意識でツッコんでしまう。
それほどまでに周りに溶け込んでいなかったのだ。
「スジョウ、おんらいんげーむとはなんだ?」
「いや、それはまた今度ね」
絶対、訳ありだ。
俺は全身黒色の彼女が出している数値に能力を使う。
『不安:66』
そういうことか。
俺も
額に手を当て、なにか納得したようにしていると、フリフリの彼女が近づいてくる。
「あのぅ、ごめんなさい、私何かご迷惑お掛けしましたか? いえ、すみません……私なんて生きているだけで人様のご迷惑ですよね、申し訳ないですぅ」
俺はなぜか謝られた。
マギスクも危険無と判断したのか、警戒を解いている。
「いえいえいえ、俺の方こそすみません。人のこと勝手に見ちゃって」
「そんなことないんですよぅ、私がすべて悪いのです……」
「いや、本当に、はい、まじで申し訳ないです……」
二人してペコペコと謝りあう、奇妙な空間が出来上がっていた。
「二人とも! なにしてんだい!」
奥から出てきた店主らしきご婦人に怒られる。
「もう! 似たようなのがまた一人増えちまったら私はかなわんよ」
「あ、ありがとうございます」
あの空間を壊してくれた店主に礼を言う。
「あんたこの店に来たってことは冒険者だろ? ならほら! 良い機会だから、アンス、挨拶しな」
アンスと呼ばれた少女は店主に背中を押されて、観念したように自己紹介を始める。
「えっとぉ、私はアンストゥ・フゥルッスって言いますぅ、言いにくい名前ですよね、すみません……アンスって呼んでくれたら嬉しいですぅ」
「俺はスジョウ・ラフト。そしてこっちが妹の……」
「マギスクだ」
「は、はい。よろしくおねがいします……」
「こちらこそよろしく!」
彼女のペースに巻き込まれたらこっちも不安になってくる。俺はできるだけ元気に振舞うことにした。
身長はすごく高いけど……顔は幼いし、俺と同じ駆け出しかもしれない。
「僕たちまだ駆け出し冒険者なんですけど、アンスさんはどれくらいやってるんですか?」
「おや、そういうことかい。ほらアンス、ちゃんと言うんだよ」
「ふぇぇ、えっと私、一応ランクはSが2個ですぅ」
「うそでしょ……」
アンスと名乗った黒髪姫カットのゴスロリ娘は、ギルドでも指折りの強者だったのだ。
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