第7話 階級インフレ

 受付嬢のお姉さんが登録の手続きをしている間、俺は他の冒険者を眺めて楽しんでいる。

 他プレイヤーの装備って気になって見ちゃうんだよな。


「お待たせしました。こちらが冒険者カードです」


 受け取ったカードには名前とギルドの刻印、そしてランクが書いていた。


「Dランクか」


「特別な試験をお受けいただき、高ランクからスタートすることもできますが、いかかいたしますか?」


「いえ、大丈夫です」


 これあれだよな、新米冒険者がいきなり高ランクとかになって、『なんだあいつ!?』 ってなるパターンの……まぁ俺は、受けたとしても普通に実力不足なんですけど。

 マギスクなら余裕で上位ランクになれるだろうが、そもそもギルドに入った一番の理由は身分証のためだ。下手に目立つのは好ましくない。


「では、ランクについての説明をお受けになりますか?」


「お願いします!」


 やっぱ世界に数人しかいないSランクとかってあるのかな?

 設定集を見ているようでワクワクする。

 

「はい、現在ランクは一番下からD・C・B・A・S……」


 やっぱりAの次はSか。


「SS・SSS・SSSS・SSSSS」


 ん?


「SSSSSS・SSSSSSSと更に続きまして、現在最高位のS×17ランクまでございざす」


「え!? ほんとにですか?」


「はい、昨今の冒険者様の実力の上昇に伴いまして、ランクの上限を上げております」


 そうじゃなくて……


「すみません、ちょっと待っててください」


「マギスク、俺たちにに遮音魔法をかけてくれないか?」


「? 別に良いが」


 いきなりのお願いだったが、彼女が俺たちの周りに結界を張る。

  俺は大きく息を吸った。


「いやいや! やっぱりおかしいわ! SSSSSSSSSSランクってなんだよ! 受付嬢さんも途中説明を端折はしょってたし! Sが今17個まであるって? 絶対評価方式考えるのめんどくなってるじゃん! ってか冒険者の実力が上がってるならランクも数値とかで表せばいいじゃん! そっちでも結局インフレするんだけどさぁ!」


 一呼吸で言いたいことを言う。

 はたから見たら口を開いているだけの完全に変な人だが、叫ばずにはいられなかった。

 俺はなんとか心を落ち着かせることが出来たみたいだ。


「大丈夫だ、魔法を解除してくれ」


「うむ。スジョウが満足したのならそれでいい」


 マギスクもなぜか満足気な顔で魔法を解除してくれる。


「あ、あのぉ、大丈夫ですか?」


「すみません! こっちの問題です」


「は、はぁ。では説明を続けさせてもらいますね」


 俺に対する評価はだだ下がりだろうと申し訳なさを感じながら、受付嬢さんのするギルドの説明を聞いていた。


 説明を聞き終わり、当初の目的である冒険者としての身分を手に入れて、俺は壁面に張られた依頼を見ている。


「いやー、やっぱり冒険者っていいな」


「スジョウはずっと楽しそうだったぞ」


「それはもう! 冒険者なんて現代の不自由な生活から考えたら最高だよ!」


「そうなのか? でも数上が嬉しそうならいいか……」


 確かに冒険者の仕事には危険があるし、収入も安定しない。俺たちが受けられるDランクの依頼でさえ小型の魔物と戦うことがある。

 普通に考えたら割に合わないことぐらいは張ってある依頼書を見れば瞭然りょうぜんだ。


『犬型魔物退治

 報酬:金貨5枚

 推奨ランク:D以上

 期限 ……   』


 近隣の村の魔物退治だって金貨5枚、経費を差し引いたらぎりぎり生活ができるレベルだ。

 ただ、やっぱりロマンにはかなわない。 

 自由に世界を巡りながら各地で依頼をこなす。その”自由な”生き方に俺は憧れていた。


「まぁ身分証という目的は達成したんだ。今日は宿に行って、とりあえず休もう」


「賛成する。スジョウも頑張りすぎだ」


 道中仮眠は取った。それにしても異世界に来てどれくらいたったんだろう。ずっと牢の中にいたためか、時間感覚が分からなくなっていた。


「って俺たち無一文じゃん!?」


「それなら僕の幻惑ま……」


「だめだめ、流石にだめですー」


 善良な人の商売を邪魔するのは気が引ける。

 俺はできるだけ普通に異世界生活を満喫したいのだ。


「それに服や装備… 結局異世界に来てもお金なのね、とほほ…」


「うむ、じゃあその依頼とかどうだ? 僕ならすぐに終わるぞ」


 マギスクが一枚の依頼書を指さす。


『封印されし巨神討伐

 報酬:白金貨6枚

 推奨ランク:S×5以上

 ……         』


「うん、無理だね!」


 神を倒すってなに? 神話の話じゃないか。


「そうか……」


「いやいや、マギスクなら余裕だよ! でもほら、俺たちまだ駆け出しだからね、ね?」


 目立たないよーにとアイコンタクトを送る。

 その時、気の良さそうなおじさん冒険者が話しかけてきた。


「おうおう、楽しそうだな。どうだここの依頼すげーだろ?」


「うわっ、びっくりしたー」


 いきなりだったので驚いておじさんの方を見る。

 使い込まれた装備に傷のついた顔、熟練の冒険者のような出で立ちだった。


「おっと、すまんね。困ってそうな新人さんがいたもんでな」


 敵意は無さそうだ。テンプレのごとく他冒険者に絡まれると身構えたが、ただの親切心か。


「いえ、俺はスジョウと言います。駆け出しの冒険者です。こちらが妹の……」


「マギスクだ」


「おや、可愛い嬢ちゃんだな」


「む……」


「冒険者登録ができてるってことは大人だよな! がはは、すまんすまん! 俺はジェネレル、ランクはSが6個だな」


 ジェネレルと名乗った冒険者は自身のランクをSの個数で表す。

 やっぱりそういう感じでランク言うんだ。


「って6個!? ジェネレルさんってめちゃくちゃお強いんですか?」


「がはは、良い反応してくれるじゃねーか! まぁここのギルドでは1番よ」


「はえー。このギルドってSランク以上何人いるんですか?」


「んー、まぁここを拠点にしてる奴では3人か」


 よかったー、まじでS何個とかが強さの基準だったら、なんかもう……引いてた。

 俺は他冒険者の強さを知って、少し胸をなでおろす。


「で、坊主、何か悩みがあるんだろ?」


「あー、はい。僕たち小さな村から出てきたんですが、途中で盗賊に襲われまして、命からがら逃げてきたんですがその時お金を……」


 あらかじめ作っていた設定を話す。


「そういうことか。ならギルドにお金を借りればいい」


「え! そんなことできるんですか!?」


「まぁ装備品ロストなんて冒険者じゃ日常茶飯事だからな。有り金でつくろった質の悪い装備で、依頼を受けられても困るんだよ」


「そうなんだ……」


「後は受付にでも聞いてくれや」


「はい! ありがとうございます!」


 ジェネレルさんに感謝をして、俺たちは受付へと戻る。当分の路銀はなんとかなりそうだ。



 ギルドを出て、俺とマギスクは簡素な宿に泊まっていた。


「いやー、本当に助かったよ」


「でもマギスク、別に部屋を別にしてもお金は足りるのだぞ?」


 ギルドから借りれたお金は金貨10枚、黒金貨1枚相当だ。期限までに返却できなければ、ギルド指定の依頼を受けることが条件になっている。


「僕は問題ないぞ」


「そ、そう? ならいいけど」


 こうなってしまったマギスクの意志は固い。

 そして俺も、宿に着いたという安心感から眠気に襲われていた。

 本当にいろいろあった。


「マギスク、浄化まほ……」


 言い終わる前に意識が無くなる。

 異世界に来て初めてのベットを、俺は堪能するのだった。

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