冒険物語編

第6話 冒険の始まり

「なんで俺が指輪に選ばれたんだろうなぁ…」


 俺とマギスクは一番近い都市”ストルッサ”に向かうため、行商人の荷馬車に乗せてもらっていた。道中、今までの出来事を思い出し一人つぶやく。


「それはスジョウだからだぞ」


「意味が分からないのだが…」


 指輪の一件から、俺に対する彼女の好感度はストップ高だ。魔道具の使用についても”俺”だからできたなどという、訳が分からない理由になっている。


「なぁ、これについて何か知っていることは無いのか?」


「それは我が村の恩人から『守ってくれ』と古くに託されたものだ。前、話した異界からの冒険者のことだな」


「あー、あれね」


(という訳は指輪から聞こえた声の正体が過去の転生者か? … うーん、分からん!)

 

 俺が眉間にしわを寄せ悩んでいると、マギスクが話しかけてくる。


「ところでスジョウ、なぜ馬車などに乗る? 私が走った方が早いぞ」


「えーとね、マギスク。君は村の外に出たことはあるかい?」


「初めてだ。でも知識はあるぞ」


「うん、まずは常識を覚えようか…」


 基本この世界には馬車より早く走れる人などいない。そのような人がいたら目立つに決まっている。俺は現世で、いかに普通に生きることが大切かを学んでいるのだ。


「俺たちの当分の目標は、目立たずこの世界について知ることだ」


「だから私は知識があると言っているだろう?」


「ふっふっふ… 知識と経験は違うのだよ…」


 俺は遠い目をする。


(学校で学んだことって、いざ社会に出ると使わなかったりするんだよな…)


「スジョウが言うのならば仕方があるまい」


「まぁいいじゃないか、こうやって二人でゆっくり話す時間もできたんだ」


 荷台に揺られながら雑談をする。


(あー、忘れてたな、この感覚…)


 俺は久しく記憶になかった、対面での他者との交流を楽しんでいた。




「えーっ! マギスクって村長の娘だったの!?」


 只者ただものでは無いと思っていたが、話を聞いていると彼女はお偉いさんだと分かった。


「そのようなこと気にしないぞ」


「いやいや、こんなとこにいないで早く帰ろう?」


「むっ、私は気にしないと言っているだろう。あの村のことなど、どうでも良いのだ」


 マギスクがちょっと機嫌を悪くしているのを感じて、俺はこれ以上踏み込まないことにした。


「それに僕には新たなができたからな!」


「なにそれ?」


「秘密だ」


「えー」


「そっ、それよりスジョウの方がすごいじゃないか! 元々は創造主だったのだろう? 世界を作っていたなんて流石だ!」


 なぜか前職のITエンジニアにものすごいフィルターが掛かって、このようなことになってしまっている。


「だーかーらー、違うって! ただの社畜なんだよー現実は」


「しゃちく? とは分からないが、やっぱりスジョウはすごいんだな!」


「なんでそうなるの!?」


 マギスクと押し問答をしていると、荷馬車のおじさんが声をかけてきた。


「おーい、兄ちゃんたち、そろそろ着くぞー」


「ほんとうですか!? ありがとうございます!」


 もちろんさっきまでの俺たちの会話は聞かれていない。マギスクさんの魔法によるご都合主義ってやつだ。




 しばらくして、街の外に着く。


「本当にありがとうございました!」


「おうよ、まぁ今度格安で護衛でも引き受けてくれや! がっはっは」


 おじさんは豪快に笑い馬車を走らせる。俺たちは、森の深部で魔物に襲われた冒険者ということにしていた。


(やっぱ冒険者設定って便利だよなー…)


「スジョウ、これからどうする?」


「俺たちには身分を証明するものがないからね。まずは冒険者になろう」


「分かった」


 街の門番にはいつもの幻惑げんわく魔法をかけてもらい、俺たちは街の中に入る。


「おぉ、これは…」


 目の前に広がるのは、大きな通りに中世ヨーロッパ風の建物、そして様々な髪色の人たち。俺は感動していた。街のいかにもファンタジーな景観が、自分が異世界にいるという実感を与えてくれたのだ。


「ギルドはあっちだぞ」


「ま、待ってー」


 感傷に浸っているとマギスクが俺の手を引いて歩きだす。


「って、なんで場所分かったの?」


「魔力の密度が高い」


「なるほど」


(やっぱり、魔力って設定便利だよなー、そういえば俺の魔力値ってどうなってるんだろう?)


 町中を歩きながら、自分にも魔法が使えるかもと期待する。


(あれ? おっかしーなー?)


 自分に意識を集中させ魔力に関する項目を探してみるが、”存在しない”のだ。


(”0”の概念はあったはずだからこれはおかしい…)


「スジョウ、あれが冒険者会館みたいだぞ」


 俺が少し混乱しているとマギスクが話しかけてくる。どうやら目の前にある大きな建物が冒険者会館、通称”ギルド”らしい。


(よし、切り替えよう!)


 異世界に来て、分からないことが多すぎたためか、思考の深追いをやめることにしていた。


「おぉ… これがギルド… すごい!」


 語彙力が低下する。それほどまでに冒険者というのは俺の憧れだったのだ。


「失礼します!」


 扉は開かれているが、俺は癖で一言いってしまう。近くにいた冒険者が優しい目でこちらを見てくる。ちょっと恥ずかしい。


(こういうのでいいんだよ、こういうので!)


 恥ずかしさもつかの間、様々な装備を着ている冒険者達に、心の中でガッツポーズをしてしまう。


(ぜったいあの装備動きずらいよなー)


(あの… 大事なとこと守れてます? それ?)


(剣が… でかい!)


 まるでゲーム内のプレイヤーが着ているような、常識的に考えれば戦闘には向かないような装備も異世界だから、魔法だからと納得できた。


「ギルドへようこそ、何かご入り用ですか?」


 窓口に到着し、受付の女性に話しかけられる。


「僕とスジョウは…」


「ちょっと待って! 俺が話すから!」


「む、そうだったな、失礼した。僕は妹、兄の前に立つべきではない… 妹、いもうと、数上と家族… ふへへ…」


 マギスクの思考が危ない方向に行っている気がしたが、俺は聞かなかったことにする。


「あら、仲の良い兄妹ですね」


「ははは…」


 俺たちは兄弟という設定にしている。外見に関しては、会場で普通っぽい服を拝借して着ていた。後はマギスクの幻惑魔法で何とかしようという、行き当たりばったりな計画だ。


「俺たち、冒険者になりたいんです!」


「そうなのですね、残念ですが妹様はまだ登録できる年齢ではないかと…」


 受付嬢はマギスクの方を向いて、申し訳なさそうに話す。


「僕はもう大人だ!」


「申し訳ございません… お二人とも身分を証明できるものはお持ちですか?」


(想定通りだ)


 身元不明の者を組織に入れるはずが無いと思っていた。ただ、俺達には身分証など無い。マギスクも持っていないというのは驚きだったが、この場合の手筈は整えていた。


(マギスク、頼む)


 俺はマギスクに目線を送る。


「それに関しては大丈夫だ」


「それはどういった意味で…  かしこまりました。マギスク・ラフトさん、スジョウ・ラフトさん両名で冒険者登録をさせていただきます。しばらくお待ちください」


(受付嬢さん、ほんとーにすみません!)


 手筈てはずと言っても、マギスクが受付嬢の脳内に存在しない記憶を流し込むだけだ。そして兄弟という設定のため、俺もラフトを名乗ることにした。名をスジョウにしたのは、単に呼ばれ慣れていたからだ。


(うーんやっぱり精神操作系は申し訳なくなるな… これが最初で最後なので…)


 身分証が無いと冒険のスタートすら切れない。俺は異世界における理想と現実の狭間で、マギスクと受付嬢に心の中で土下座していた。

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