第5話 好感インフレ

 俺はマギスクの左手薬指にはまっている指輪を見ながら、森の中を歩いている。

 彼女が高魔力を持つ一団が向かっているのを感知したため、会場から離れたのだ。


「なぁ、その指輪外して良いんだぞ」


「断る。私はそのような軽い女では無い」


「そ、そうですか……」


 大丈夫なのか? その指輪の位置的には。まぁ異世界の常識なんて知らないし、大丈夫か。


「囚われていた人たち大丈夫かな」


「私たちには何もできない。彼らの中には罪を犯した者や身寄りのない者もいるだ。会場に近づきていた気配は、おそらく近くの街の衛兵だ。彼らに任せよう」


 一応彼女は会場に魔獣などが寄らないよう、新たな結界を張ったという。


「そうか、いや、なんというか、いろいろありがとな」


「何を言っている! 感謝するべきは私の方だ。なぜあのような無茶を」


 マギスクが怒ったような悲しそうな目でこちらを見てくる。

 俺が指輪の力を使ったことに対して言ったのだろう。


「あの時は君を助けたい一心だったんだ」


「っ……」


 俺が使った指輪の力は、”複製した指輪をはめた対象と任意のステータスを共有する”ものだ。

 俺はマギスクの状態異常、つまりダメージをすべて自分に移し替えた。

 そして、指輪を装備する条件は両者の同意だ。あの状況とはいえ、受け入れてくれた彼女に助けられた。


「だけど、マギスクだってなんであの時すぐに受け入れてくれたんだ?」


「そうだな、僕にはスジョウの顔がとても凛々しく見えたんだ。覚悟が決まった良い目をしていた」


「てへへ」


 褒められ慣れていない俺は、顔を赤くしてしまう。


「ただ! あのような無茶は絶対にダメだ。分かったな?」


「は、はい!」


 それはこっちのセリフなんだよ。反射的に返事をしてしまったが、俺は自分より他人を守ることを優先してしまうマギスクの方を心配していた。


「で、そ、そのぉー、その指輪もう外してもらって良いんですよ?」


「その必要は無い」


 何度言っても必要無いの一点張りだ。


「えっと、マギスクさん? 俺が勝手に魔力使っちゃったり出来るんですが……」


「問題ない、魔力量には自信がある!」


 胸を張るマギスク。

 そういう問題じゃないんだよな……


「それに僕はスジョウを信頼しているぞ」


『好感』


 マギスクの頭上に文字が現れる。

 なんだこれ? そういえば、たまに文字が浮かんでいたな。

 本来、俺の能力で最初から見えているのは数字だけだ。


『好感:120』


「えー!?」


「どうしたスジョウ、私の顔になにかついてるのか?」


 そういうことか!?

 思い出してみると、文字が浮かんだのは対象のステータスに大きな変化があった場合だ。マギスクが傷ついていた時は、”生命”と出ていた気がする。

 今それはどうでもいい! なんで好感度こんなに高いの!?

 ステータスに集中して詳細を確認しても、好感度は俺にに対するものだという現実は変わらない。

 まてまて、基準が100だったりするかもしれん。俺のマギスクへの好感度を見てみよう。


『好感:25』


 俺はマギスクのことをとても尊敬してるし気に入っている。それで25ということは、やはり大体のステータスの平均は10といったところだろう。


「ま、マギスク。これからどうする?」


「僕は魔道具から離れるわけにはいかないからな。スジョウについて行く。べ、別に一緒にいたいとかじゃないぞ! これは村から与えられた使命なのだ!」


 彼女の反応から事実が確定する。

 あまりに短期間での好感度上昇に、美少女からの好意という喜びより、彼女に対する心配が勝ってしまった。やっぱり放っておけないや。


「だ、だめか? 別に無理にとは……」


「いや、俺は弱い。だからマギスクの力を貸してくれ」


「もちろんだ! 今後ともよろしくな、スジョウ!」


「おう! 頼むぜ、相棒!」


 初めての仲間にテンションが上がった俺は、くさいセリフを言ってしまう。

 それでもマギスクが嬉しそうな顔をして、俺もつい笑顔になってしまった。


 そうして俺は、やっとのことで異世界での冒険へと、物語を進めることができたのだ。


------


 一方その頃、北の果て、魔界において。


「ちょっと聞いたわよ~、あんたのとこの将軍やられちゃったみたいね!」


「だまれ。あいつは所詮、我が九魔将軍の中でも最弱。力だけの半端者よ。それよりフィアーラ、貴様が血眼になって探した勇者の遺物、見つけたのは誰の手柄だ?」


「なんですと~!? あんたがしくじらなければ私の部下が回収していたのよ!」


「トレディア、フィアーラ、二人ともいい加減にしろ! 魔王様の御前ごぜんだ!」


「魔王様、馬鹿二人がごめんなさい」


「ちょっとセキュン」「おいセキュン」


「「誰が『バカ』」」


「ですって!?」「だと!?」


「はぁ。魔王様、馬鹿二人は無視してください。どうなさいますか? あの魔道具についてですが、私が回収いたしましょうか?」


「ちょっとファシュトま……」


「待てフィアーラ、魔王様が顕現けんげんなさる」


 トレディアと呼ばれた魔族が制止する。


「皆、こうべを垂れろ」


 場をまとめていた魔族がそう言うと、闇の中から寝間着を着た女性がぬいぐるみを片手に出てくる。


「いやぁ、別にそんなに畏まらなくていいよ! みんな楽しくいこう! そう思うよねレキトイ?」


「レキトイもそう思うトイ!」


 ぬいぐるみが話す。


「うんうん! 楽しいことが一番! で、魔道具だっけ?」


「はい、いかがいたしましょうか?」


「うーん、様子見! って言いたいところだけど、なんかテキトーに刺客でも送っておいて!」


「魔道具を保持した奴はトレディアの九魔将軍を倒した実力を持っています。我々四天王が直に……」


「それは、だーめ!」


「理由をお聞かせいただいても?」


「理由なんて簡単さ! そっちの方が楽しいだろ!?」


「かしこまりました。魔王様の御心みこころのままに。」


「「「御心のままに」」」


「じゃあ、そういうことで! またね! ほら、レキトイも」


「じゃあおめーら、くれぐれも魔王様の計画を壊すんじゃねーぞ、あばよ」


「もう! またそんな意味深なこと言ってー!」


「あれ? レキトイは何も知らないトイ!」


「ははは!」「トイトイ!」



数上すじょう、君には期待しているよ」


 ぬいぐるみと話す女性は、そう呟いて闇へと消えていった。

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