第4話 筋力インフレ
「それは元々我らのものだ!」
マギスクがそう言って、支配人に迫っている。
「ちょっと、マギスク!?」
彼女のあまりに突然の行動に、俺は焦ってステージに駆け寄る。周りも
「どうしたんだ? 急に」
「あれが私の探していた魔道具だ」
マギスクが指さした先には小さな指輪があった。
「あれか、取らなくていいのか?」
彼女ほどの実力があれば、魔道具を見つけた後はすぐに解決するものと思っていた。
「ちょっと待て、今解析中だ」
次の瞬間、会場の空が割れたように感じた。
「終わった。問題ない」
マギスクの手には指輪が握られている。
「きさまっ…」
進行人が何かを言い終わる前に倒れる。辺りを見渡すと会場の人々だけでなく、囚われていた魔獣までが眠っていた。
「えーと? なにが起こったんです?」
事態を把握できていない俺は混乱していた。
「あの進行人が結界を張っていた本人だ。あの結界内では任意の物に対する行動が制御されてしまう」
「あー、読めてきた」
高価な出品物が大した警備もなしに展示されていたことを思い出す。
(
俺はほっと胸をなでおろした。
「魔道具が目の前にあるんだ。どうとでもなる」
(マギスクさんまじでかっけーです)
「目的が達成できて何よりだよ。この後はどうするの?」
「わざと大きな魔力を発生させたからな。近くの街の兵が気づくだろう。我々は事情を話し… 数上伏せろ!」
彼女が説明を終える前に、俺の体は強い衝撃を受ける。
「大丈夫か?」
「助かった、マギスクの防御魔法が無かったら危なかった」
土煙が上がった方向を向く。
「む、この辺り一帯を吹き飛ばしたつもりだったんだがな」
そこには、筋肉の塊のような黒色の異形が立っていた。
「我が名はレードル! 名を聞こう!」
「…僕の名前はマギスクだ」
「俺はす…」
「マギスクか! よくぞ我の攻撃を防いだ!」
(
レードルと名乗った人外に俺の姿は見えていないらしい。
「ではマギスクよ、その指輪を寄こすのだ」
「断る」
「それは魔王様がご所望なさっている。それでもか?」
レードルが
(まてまて、今すごい大切なワードが聞こえたぞ!?)
”魔王”という単語に俺は反応する。
(これあれか? いきなり中ボスが来ちゃったパターンか?)
『600』
レードルの頭上の数値に集中する。
『筋力:600』
「え…」
俺は絶句した。レードルの筋力は鍛えられた兵の20倍はあったのだ。
「マギスクまずい! あいつの力は規格外だ!」
声を振り絞ってなんとか叫ぶ。
その瞬間、マギスクが吹き飛んだ。
「マギスク!」
木々をなぎ倒し、彼女が岩山にめり込む。
「な…」
「ふむ、子供を傷つけるのは趣味では無いのだがな」
(マギスクが… くそ!)
彼女が攻撃されても、一歩も動けない自分に嫌気がさす。
「私は子供じゃない!」
しかし、いつの間にか彼女は元居た場所に戻っていた。
「大丈夫だ、スジョウ。防御が間に合った」
「ほう、なかなかやりおる」
「攻撃は見切った。次は無い」
俺は何が起きているのか理解できず、ただ
「じ、時間魔法は使えないのか?」
「我が詠唱の時間を与えるとでも?」
俺の質問にレードルが答える。
(え? 詠唱していたの?)
てっきりマギスクは魔法を無詠唱で使用していたと思い込んでいた。それほどまでに彼女の魔法の発動は早かったのだ。
「そのような魔法を使わずとも、お前程度倒すことなど造作もない!」
その言葉と同時に彼女が消える。俺の認識範囲を超えた戦いが始まった。
上空での戦闘音が聞こえる。俺はマギスクが戦っているのを見ることしかできなかった。
(あのレードルってやつ、魔力値は低かったのに…)
「普通に空を飛んでいるのだが?」
まるでバトル物作品の最終話で描かれるような戦闘を前に、俺は必死に考える。
(ダメだ、何か手助けをしないと、無理言ってマギスクについてきた意味が無いじゃないか)
なにか無いかと、出品物から客の私物まで手あたり次第”
(なんでも良い、この
「ゴミばっかじゃねーか!」
ほとんどが”価値”だけある、使えない代物だった。
その時、俺の後方、ステージが揺れる。
「マギスク!」
駆け寄った俺が目にしたのは、傷だらけになったマギスクだった。
「嘘だろ…」
総合的な戦闘力では格上だった彼女が、負けている現実を信じられないでいた。
「すばらしい。我にここまで手傷を負わせるとは!」
片腕を失ったレードルがステージ上に降りてくる。
「良く見たら顔も美しいではないか! 決めたぞ、魔王様に献上しよう! きっとお喜びになる! がはははは!」
レードルは興奮で一人笑っている。俺はそのことに見向きもせず、マギスクを抱え上げる。
「大丈夫か!?」
「すまない… 相性が悪かったみたいだ…」
俺を気遣ってか、彼女が少し照れたように笑う。
「俺の方が申し訳ない。何も役に立てなかった… って、それより回復しないと!」
「無駄だ、あいつの能力はおそらく”回復封じ”だ」
「そんな…」
詠唱の隙を与えないほどの速さに、魔法での回復を妨げる能力、まさしくレードルは魔術師殺しだった。俺は人生で一番の絶望を味わう。
「おぬしも周りを見捨てていれば、勝てたやもしれないのにのう」
マギスクは周囲に危害が及ばぬように戦っていたのだ。
勝利を確信した異形がこちらに近づいてくる。
「む、我に立ち向かうのか?」
俺はレードルの前に立つ。足が震えている。それでも、なんとか彼女を助けたいと思っていた。
「や、やめろ…」
「マギスク、生きろ」
「その心意気や良し!」
(あー終わったな。流石に2度目の転生は無いか… ははは…)
レードルはゆっくりとこぶしを上げる。確実に見えた自分の死、しかしそれは謎の光によって遮られる。
「適性を確認しました。所有権を移行します」
知らないうちに左手薬指にはめられていた”指輪”から声が発せられる。同時、俺の脳裏に誰かの声が聞こえた。
(「やっほー! 未来の転生者君、聞こえてる?」)
(なにこれ…)
あまりに能天気な女性の声に俺は混乱する。
(「まぁ聞こえてなくても話しちゃうんだけどね!」)
(「この魔道具は魔力の無い君が、この世界で生きるためのちょっとしたプレゼントさ!」)
(「まぁ使い方は脳内に流しちゃうから、頑張ってくれたまえ!」)
(「じゃ、またね!」)
なんとも軽い感じで終わった説明について行けずにいたが、彼女の言った通り、俺はこの”指輪”の使い方を完全に理解していた。
警戒して飛び退いたレードルをよそに、俺はマギスクの手を取る。
「マギスク、理由は後で話す、この指輪を受け取ってくれないか?」
「分かった」
「ありがとう。でも、後のことはお願いするね」
そう言って彼女の指に指輪をはめた瞬間、俺は意識を失った。
(心地がいいな… ここは天国か…)
「って俺死んだのか!」
飛び起きようとすると、体を抑えられる。
「こら、急に動くな」
(あー、状況が掴めてきた… これは全男子のあこがれ、美少女の膝枕ってやつだ…)
「やっぱりここは天国か… むにゃむにゃ…」
「元気みたいだな、なら起きろ」
俺は体を起こされる。横には頬を赤らめたマギスクがいた。
「あいつは!?」
冷静になった俺は叫ぶ。
「大丈夫だ、もう倒した」
彼女が指さした先には体の大半が塵と化した黒色の塊があった。俺はレードルへと向かう。
「なぁ、あんたらは何者なんだ?」
「その様子だとなにも知らぬようだな…」
まだ息のあるレードルが説明する。
「我は魔王様配下四天王直属の九魔将軍が一人、
(いすぎいすぎ! ボスっぽいやついすぎだろ! 最低でも14人は確定したじゃん!)
「楽しい戦いだった… だが我は九魔将軍の中でも最じゃ…」
話の途中で豪傑と名乗った魔人は事切れる。
(え、ちょっと最後嫌なこと聞いちゃったんだけど…)
「よし、聞かなかったことにしよう!」
あまりにお約束な展開に、俺は現実逃避をした。
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