第3話 見目インフレ

 牢を出て大きな通路を歩く。本当に俺たちの姿は誰にも見えていないようだ。

 ステルスミッションで透明化チートを使っているようなものか。思ったより簡単に事が進むかもしれない。


「いやーすごいな。このまま魔道具を探すのか?」


「それができれば苦労しないんだがな」


「ですよねー」


「オークション会場についたら幻惑魔法を消す。この状態では制約が多すぎるんだ」


 続けてマギスクが魔道具について話す。


「僕の探している魔道具は魔力を発しない。だからオークションに出品される時を狙う」


「え、じゃあ早くしないとまずいんじゃ」


 オークションは既に始まっている。

 俺はせかされたように早足になった。


「問題ない。今競りが行われているのは前座の安物ばかりだ」


「へー」


 現世でオークションなどに参加したことが無い俺は、なにが行われているかなんて分からない。


「見た目を整える。オークション会場にいるのは馬鹿な金持ちばかりだ。不自然で無い格好にするぞ」


 マギスクが”馬鹿な”と付け加えたところに彼女なりの怒りを感じた。


「こっちだ。衣装の預け部屋がある」


 俺は彼女に連れられて、所狭ところせましと衣装が並べられてる倉庫のような部屋に入った。

 現世では触れたこともないような高価な衣装を前にして、俺は子供のようにはしゃいでしまう。

 ちなみに、薄汚れていた俺達はマギスクの浄化魔法できれいさっぱりになっていた。


「ねぇねぇ、これとかどうかな?」


「良いと思うぞ。そっちで着替えてきたらいい。あとこれは……」


 マギスクが、預けられていたであろう鞄からワックスと香水のようなものをを出してくる。


「ありがたい!」


「じゃあ僕は、あちら側で着替えてくるから」


 そう言ってマギスクは仕切りの奥へ消えていった。

 俺も久々にちゃんとやるか。それよりマギスクってすごい美人さんだな。

 少しだけ見えた素のマギスクの可愛さに少し驚いていた。

 すっぴんでの美しさに『やっぱりここは異世界だな』と考えながら、俺も別の場所で着替える。

 服の形状が現世でのスーツと同じだったことが幸いしたが、思い出したくもない就活での思い出が脳裏をよぎった。

 あれは地獄だったな、自分の価値が分からなくなってたし。

 本来ならば手が震えるであろう値段のスーツも、悪人のものだと思えばなにも感じない。

 香水ってどうつけるんだ……脇下とか首元で良いかな。

 映画で見た知識を生かし、なんとか見た目を整えることができた。服に着られてる感は否めないが、なんとか形になる。

 念のため見た目の数値を自身の能力で見ておく。

 10か、まぁ上々だな。

 通路で見た、いかにも金持ちの見た目が12だ。平均がどれくらいか分からないが、会場にいても浮かないレベルだと思うことにした。

 さてさて、マギスクはどうなっているかな。

 仕切りを開けて外に出る。マギスクはすでに着替え終わっていたみたいだ。


「おまたせ、早かっ……」


 途中で言葉を詰まらせる。


「美しい……」


 ドレスを着て、メイクをしたマギスクを見た俺は涙を流し、気絶した。



「お、おいスジョウ……」


 誰かに呼ばれている気がする。


「おい、起きろ!」


「な、なんだ!」


 俺は気絶していたみたいだ。

 びっくりして飛び起きる。


「なんだー、マギスクかぁ。まぶしっ」


 彼女が輝いて見える。


「ってかなんで光ってるの!?」


 見えるのではなく、実際に彼女の周りに神々しいエフェクトがかかっていた。


「何を言っているんだ。光を発する魔法など使ってないぞ」


 いや、そういう事じゃなくてですね……まさか!?

 俺はふと気づいて彼女に集中する。


「そのように見られては恥ずかしいな。村の祭事でしか化粧などしないのだ。ドレスも初めてだし、変でなければいいのだが……」


 マギスクはもじもじしながら下を向く。

 それは反則だろー! ってそうじゃない!

 あまりの可愛さに俺は、また気絶しそうになりながら彼女の数値を確認する。


見目みめ:75』


 やっぱりか。

 彼女は単純に、常人の7倍以上美しいのだろう。


 いやいや、7倍美しいってなんだよ! 

 そもそも服装や化粧でバフがかかってるレベルじゃないだろ! 

 てか美しすぎるとエフェクトがかかるのかよ!


 なんでも数値として見られるが故、心の中でツッコみが止まらない。


「マギスク。残念だがその見た目じゃダメだ」


「え、やはり可笑おかしかったか……」


「そうじゃなくてだな、言うなれば”可愛すぎてギルティ”ってことだ」


「ぎるてぃ? なんなんだ、それ」


「いやー、流石に目立つかな。ほら、マギスクってよく見たら目の色とか特徴的じゃん。髪も綺麗でさらさらな上、肌も輝くほどの純白だし、ね?」


 彼女の特徴的な黄金色の瞳の破壊力は大きい。冷静に考えると目立ちまくっている。

 牢の中にいたときは認識阻害でも使っていたのだろう。

 俺はなんとか彼女を説得する。


「そこまで言われると悪い気はしないな」


「仮面とかどうだろう? 良く子供がつけて遊ぶじゃないか」


「む、こどもだと」


「いやいやいや、潜入任務だからね。そこはなんとか……」


「言っておくが僕は20、もう大人だ」


「はい! ありがとうございます!!!」


 俺はいろいろと都合が良すぎる設定に対し、反射的に感謝してしまった。

 本当にマギスクについてきて良かった。彼女の危うさを再確認する。


「だがまぁ、仕方がない。スジョウの案を使うか。”不本意”だがな!」


 俺は彼女がどこからか持ってきたウサギのお面付けたのを確認し、再度能力を使う。


『見目:20』


 顔が見えていなくてこれか。子供っぽい可愛さになっただけだが。

 言ったら怒られるだろうけど。


「それなら自然だ」


「ならさっさと行くぞ」


「ちょっと待った。設定としては親とはぐれた兄妹でどうだろう?」


 親子と見るには俺が若すぎたため、不自然で無いよう提案する。設定を作っておいた方がなにかあった時に誤魔化ごまかしやすいのだ。


「それで構わない」


「確認するけど、俺が兄で良いよね?」


 マギスクが先走りしないように確かめる。


「分かっている」


 そう言って彼女は衣裳部屋の扉を開け、外に出た。

 俺はマギスクが魔道具を見つけるまでは頑張って力にならないと。

 俺は非力な自分になにができるかを考えながら、彼女の後をついて行った。


 階段を上がり、外に出る。

 そこは野外の会場になっていた。無駄に豪華な装飾や光が目を覆う。

 外にあるのか、意外だ。てっきり室内や地下で隠れてやっているイメージだった。

 俺たちに幻惑魔法はもうかかっていない。しかし警備であろう人も含め、周りから不審がられている様子は無いようだ。


「結界で覆われているな。かなり高度な魔術だ。相手に強者がいるぞ」


 隣にいるマギスクが小声で話しかけてくる。あのマギスクが強者だと言うのだ。

 俺は少し不安になる。

 

「大丈夫なのか?」


「心配するな、この程度なら問題ない」


「あ、はい」


 かなりの広範囲を覆う結界を”この程度”で終わらせた彼女の言葉に安心する。

 さらなるインフレは何とか抑えられたか。


 少し歩き、ステージの近くへとたどり着く。道中出品物の展示があり、非常に胸が痛くなった。

 やっぱり人を”もの”として扱うのは受け入れられないな。

 ここが異世界であり、人の権利があまりにも少ない現実を嫌でも受け入れることになった。

 俺の感情を察してくれたのか、隣にいるマギスクが話しかけてくる。


「ここにいる連中は狂っている。金でなんでも解決できると思っているんだ」


「そうだな……」


 俺たちは閲覧席の後方で競りを見ていた。

 前方には女や奴隷をはべらせた、趣味の悪い衣服に身を包んだ人たちが、時折従者に声をかけて札のようなものを上げさせている。

 進行人が声をあげる。


「現在白金貨1200枚! 他にいませんか!?」


「なぁ白金貨ってどれくらい価値があるんだ?」


 俺はふと気になって、マギスクに聞く。


「スジョウは通貨について知らなかったな。白金貨1枚で庶民なら一年間贅沢に暮らすことができる」


「まじかよ……」


 硬貨一枚でそんなに価値があるのか。価値が高いとは思っていたが予想以上だ。


「ちなみに流通している通貨には、銭貨せんか鉄貨てっか銅貨どうか銀貨ぎんか金貨きんか黒金貨こくきんか灰金貨かいきんか白金貨はくきんかがある」


 黒金貨以上いる? 経済政策に失敗した国の紙幣かな?

 通貨の上限を増やしすぎていることに現実世界のインフレ国家を想像する。

 でも白金貨1枚での庶民の生活を考えると、ここにいる金持ちの奴らがおかしいのか。


「あの壺ってそんなに価値があるものなのかな?」


 俺は興味本位でステージ上の出品物に能力を使う。


『価値:2』


「ぷっ」


 思わず笑ってしまう。牢の中にあった水がめより価値が低かったのだ。

 マギスクが不思議そうに問いかけてくる。


「どうした?」


「あの壺、ただのガラクタだよ」


「ふふっ」


 彼女に耳打ちすると、出会って初めて笑みを浮かべた。

 この能力、うまく使えば商売でもやれるんじゃないか?

 鑑定スキルとしての”数値化”に可能性を見出しながら、俺はマギスクと無価値なものに大枚たいまいをはたく愚かな人々を眺めていた。


 オークションも佳境かきょうに差し掛かり、目玉の一つであろう商品が紹介される。


「さて、続きまして御覧に入れますは、かつて伝説の勇者が残したとされている幻の魔道具です!」


 進行人が大声で叫ぶ。

 その直後、隣にいたマギスクが消える。


「それは、我が村のものだ!」


 冷静さを欠いた彼女が、ステージの上に立っていた。

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