第2話 魔力インフレ

 なにこれ?


「貴様、いったい何者だ!? なぜ僕の……」


 これ時間止まってるよね?

 舞っていたほこりですら止まっているのを見て確信する。

 マギスクが何やら問いただしてくるが、俺はこの非現実を理解しようと必死だった。

 マギスクが止めたのか? いや、それ以外は考えられない。

 一瞬の内に大量の思考が生まれてくる。しかし俺が出した結論は”誰がどう”時間を止めたとかいうものでは無かった。


「それはダメだ!!!」


「は? だから君はなんなんだと……」


はこんな序盤に出ていいものではない!!!」


 初めて受けたであろう魔法がまさかの時間系魔法だったので、思わず叫んでしまう。


「いやいや、時を止めるなんて、それもうラスボスが使ってくるやつじゃん!?」


「本当に君は何なんだよ……」


 俺はマギスクが顔を引きつらせているのを横目に、一人で盛り上がっていた。


「はぁ……はぁ……」


「落ち着いたか?」


 俺は少し興奮していたみたいだ。


「すまない……」


 しばらくの沈黙の後、マギスクに恐る恐る聞いてみる。


「あのー、マギスクさん? これはあなたが時を止めてるってことで間違いないですかね?」


「そうだ、僕が魔法で周りの時間を止めた」


 やっぱりか。でも、時間系魔法や能力には厳しい制約があるはず……いや、そうでなくてはならない。


「どれくらい止めることができるので?」


「僕の魔力が尽きるまでだな」


「ははは……」


 俺は乾いた笑みを浮かべ、確信する。

 マギスクは、まじでやべーやつだ。

 語彙ごい力の低下を感じていると、マギスクが本題を切り出してきた。


「そんなことより、スジョウ、君はいったい何者なんだ?」


 俺は、『マギスクの方こそ何者なんだよ』という疑問を一旦置いて考える。

 他の世界から来たことをこのような序盤で言うべきか。正直、そのような秘密の開示は後々にとっておきたかった。


「俺の能力はさっき話した通りです。ただ、出自がちょっとややこしいといいますか……」


「どこで生まれ育ったかなど気にしない。あと、その変に丁寧な口調はやめろ」


 つい言葉を濁してしまったが、なぜかマギスクの顔が優しくなったように感じた。

 彼女になら話しても良い、そう直感した俺は軽い口調で明かす。


「ありがたい。まぁ端的に言うと他の世界から来たんですけどね!」


「……」


 まぁ信じてもらえないよな。いきなり異世界からなんて言われて。


「そういうことか」


「え? 信じてくれるの?」


「信じるも何も、昔僕の村を救ってくれた異界の冒険者がいたと聞いている。なぜそんなに強いのかと聞いたら、スジョウが言っていたってやつ、つまり強さの数値が高いと言っていたそうだ」


 先人様がいらっしゃいましたか……ってかなんだよチート持ちかよ!

 俺は自身のステータスが軒並み平均以下であることに、小さな怒りを覚える。

 それに俺の他にも転生者がいるのか?

 この世界と前の世界との関係が分からなくなってきたが、話を進めることにした。


「僕も強さなんて数で表せられるのかと、疑っていたんだけどな。君を見ては信じるしかないようだ」


「俺はそんな感じなんだけど、マギスクはなんでこんなところにいるんだ?」


「スジョウになら話していいか。僕は村から盗まれた魔道具を探してる。闇社会のオークションに出品されるという情報を得たからな、わざと捕まって会場に向かおうという訳だ」


「なるほどー」


 どこかで見たような危ないシナリオだが、大丈夫だろうか?


「あと、スジョウには隠しても意味がないと思うから言うが、僕は”女”だ」


 俺は、サラッととんでもないことを言われた。異世界生活始まって最大の衝撃だ。


「それは大丈夫じゃない!!!」


「なんだいきなり」


「女の子がそんな危ない橋を渡ったらいけない! いや、男の子でもダメだけど……」


「今更だな、僕は使命のために”女”などとうに捨てた身だ」


 そのセリフはさらにまずいぞ、ジャンルが変わってしまう。

 マギスクが時止め魔法を使えるチート魔術師であることを忘れ、俺の異世界物語がピンク色になることを何故か恐れていた。自分が関与することは無いにもかかわらずだ。


「俺も手伝わせてくれ!」


 なぜか食い気味で提案してしまう。

 牢から出て”詰み”を回避するという、当初の目的は完全に消えていた。


「大丈夫か? 僕のことよりスジョウの情緒が不安なんだが……」


「いや、なんというか、俺はこのままじゃ奴隷としての一生になってしまう。だからマギスクを手伝う、そのかわりに俺を助けてくれ」


「それはこっちとしてもありがたいが、僕は魔道具の回収が終わったら囚われている人たちを開放するつもりだ。だから無理に手伝う必要はない」


 適当な理由をつけてマギスクに提案してみたが、彼女に気を使わせてしまう。

 めっちゃええ子だ。


「いや、これはお願いだ。俺の能力を人助けに使えるなら本望なんだ」


「そうか」


 今日あったばかりの他人を重要な任務に参加させるのは厳しいと分かっている。

 それでも俺は、なぜかマギスクを”助けたい”と思っていた。


「スジョウの能力は特別だからな。分かった。君のことはできるだけ守るようにするが、危険であることに変わりはないぞ」


「問題ない」


「なら、よろしく頼む、スジョウ」


「おう、よろしくな、マギスク」


 優しすぎて危なっかしいんだ。俺はマギスクを放ってはおけない理由が分かった気がした。

 

「そろそろ僕の魔法が切れる。後はオークション会場で話そう」


「りょーかい」


 その後、周りの世界が動き出した。先ほどまで時間が止まっていたとはとても思えない。

 だいぶ時間を止めていたよな。やっぱり反則だろその魔法……

 俺が自分の経験した現実を整理していると、牢の扉が開く。


「おい、お前ら、移動するぞ」


 頭巾を被せられ連行される。

 現実世界での平和な日々からは考えられないような状況の中、俺の気持ちはこの非日常に対してなぜか踊っていた。


 どれだけ移動したか分からない。俺とマギスク、その他囚われていた人々は新たな牢に入れられていた。

 盛り上がってらっしゃる。

 地下にある牢にも響く人々の歓声、上では絶賛オークションが始まっていた。

 俺の隣にはマギスクがいる。

 ここで別の牢に入れられたりしていたらやばかった。

 周りを確認すると、元々いた牢の男たち以外にもたくさんの囚われがいた。

 牢の外からは人語とは思えない叫び声も聞こえる。


「やつら魔獣まで売っているのか……」


「へ、へぇー」


 マギスクが呆れたように言った。

 やっぱりいるよなぁ、魔獣。異世界だし。

 転生直後に魔獣に襲われていたらと思うとぞっとする。


「ここからどうする? また時間を止めるのか?」


「いや、僕の時間魔法は時が止まっている間、他の物体に干渉できない」


 そんな制約がありましたか。つまり空間が固定されていると。

 あれ? それじゃあなんで俺は息ができていたんだ?

 時間系の魔法に対する様々な疑問が浮かんだが、そこはうまくやっているのだろうと納得する。

 まぁここ異世界だしな! なんでもありだ!


「僕が周りに幻惑魔法をかける」


「ちょ、ちょっと待って!?」


 彼女が急に立ち上がる。そのまま牢の扉に手をかけ、普通に開けてしまう。あまりに堂々としていた動きに俺は焦った。


「大丈夫だ。スジョウも来い」


 たしかにそうだ。俺の周りの虜囚りょしゅうはもちろん、牢の前の見張りまで気にする様子はない。


「もう滅茶苦茶だな……」


 そう俺がつぶやくと、マギスクが少し得意げな顔をした。

 いや、まぁ、うん。そのくらいはできるよね!?

 チート魔術師のマギスクだ。もうこの際、なんでもありだろうと流してしまう。

 俺たちの周囲に対し、リアルタイムで眩惑げんわくするという離れ業も、最初に見た時間停止魔法の前にかすんでしまった。

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