第1話 インフレの始まり

「今日も最悪な目覚めだな……」


 ゲンナリした顔で目を覚ます。

 物価上昇が当たり前になって、ニュースにもならなくなった頃、俺はいつも通り働きに行く準備をしていた。

 胃の痛みで朝食が喉を通らない。

 軽く牛乳を飲み、身支度を整える。

 外に出ようとしたその時、視界が暗転した。


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 ここはどこだ?

 目が覚めて最初に感じたのは土の感触だった。さっきまで、自室にいたはず。

 身を起こし、辺りを見渡してみる。どうやら森の中にいるみたいだ。

 これはまさか……


「異世界転生ってやつか!」


 俺は夢やドッキリなど他の可能性を捨てて、転生だと決めつける。

 死ぬほど疲労が溜まっていたのだ。


「とりあえず、SNSに投稿するか! 『やっと異世界に転生できた』っと……いやまて、俺のスマホはどこだ?」


 辺りを探し回ったが、スマホは見つからない。

 俺は絶望する。


「俺のスマホがないなんて、どうすればいいんだ……」


 異世界という未知の土地に降り立って、ついに自分がネット依存症であることを自覚した。

 どうせ電波なんて飛んでないからな。やっと生活するだけで精一杯の生活から解放されたんだ。

 俺は気持ちを切り替えて森の中を歩く。

 元居た都会では味わえない心地良さを感じていた。いつぶりだろうか? ここまで自然を感じることが出来たのは。


 木々を抜けると、そこには街へと通じているであろう大きな道がある。

 この通りを歩けば人に会えるだろう。


 「異世界でのファーストコンタクト、どんな感じなんだろうな~」


 俺はなんとなくで決めている。

 転生物語の始まりだ。

 美人な女騎士に拾われたりするのか。

 人に化けている竜と出会ったりするのもいいな。

 異世界転生という夢を叶え、思考が鈍っているのかもしれない。


 しばらく歩いていると、俺に向かって武装した一団が近づいてくるのが見えた。


「お! さっそく第一異世界人だ! おーい!」


「こいつはなんだ」「冒険者には見えないな」


 数人の兵士? が俺に向かってくる。何かを話しているようだ。

 俺は感動した。初めて会った人間がむさ苦しい男であるという点には目をつむってだ。言葉を理解できる!


「どうも、はじめまし……」「縛って連れていけ」


 頭に変な匂いの付いた布を被せられる。

 本日二度目の暗転を迎える中、異世界に転生したんだし”なんか”うまく行くだろうと、自分が浮かれていたことを理解した。




「おい、起……」


 俺は眠っていたみたいだ。

 子供特有の少し高い声を掛けられる。


「起きろ!」


 灰色の髪に、くすんだ黄土色の瞳。目の前に薄汚れた少年がいた。

 体を起こし、とりあえず彼に状況を聞いてみる。


「ここはどこですかね?」


「覚えてないのか? 君は今、囚われの身だ」


 どうやらさっきの第一異世界人は盗賊で、俺は牢に入れられているらしい。

 中には俺を含め、若い男が5人ほどいた。


「俺たちはこれからどうなるんだ……」


「知らないよ、売られでもするんじゃないか」


「まじか……」


 異世界転生初日でこれは非常にまずい。

 奴隷スタートはハードモードすぎる。俺は初見のゲームをイージーで始めちゃう人なんだよ。

 状況を確認するために周りを見ると、他人の頭上のになにか数字のようなものが見えることに気づく。なんだあれ?

 人だけではなく、物の上にも数字が見えることが分かった。

 不思議に思った俺は、異世界人である先ほどの少年に聞いてみる。


「なぁ、この世界では数字が浮いているのが普通なのか?」


「何言ってるんだ?」


 少年に怪訝けげんな顔を返される。俺が言っていることはだいぶ変なのだろう。


「いや、なんというか、ステータス的な感じの何かがあるとか」


「本当に何を言っているんだ。すてーたす? なんだそれ」


 これは俺にしか見えていない感じか。

 少年の反応から俺のテンションは上がってしまう。


「転生特典ってやつだ!」


 思わずガッツポーズをしてしまった俺を周りが哀れみの表情で見てくる。

 少々恥ずかしい思いをしながら、見えている数値が何なのか理解していくことにした。


 しばらく空間に浮かんだ数値に集中する。

 まず、数値の内容が分かった。これに関しては、決して“エッチ系作品にある謎の数字が見えているパターン”ではないということだ。

 俺は安心と同時に、少し落ち込んだ。

 あー、そういう感じの流れでは無いのか。前世ではいろいろとお世話になりました。

 対象の上に浮かんでいる数値は、ステータスの中で最も平均から離れている値みたいだ。その数値の内容も様々で、人だと筋力や魔力、物だと価値などが変換されて浮かぶことが多い。

 他の値も集中したら見られるようだ。

 ということは、やっぱりの! と思ってしまう。たぶんいけるだろうが、恥ずかしくなってやめた。

 能力で詳しく見るためには、相手を見つめることになるのだ。

 いや、うん、必要以上に覗くのはだめだな。

 ただ、俺が“数値化ステータス”と呼んだこの能力に関しては以上だ。

 俺のステータスも見られるのだが、他の人と比べて優れている点は無い。筋力などの戦闘系ステータスは6か7だ。牢の前で寝ている監視はすべて15以上ある。

 なにより保持能力の個数だ。これも数値として見ることができる。


『能力数:2』


 なぜか理解できた言語関係を能力とすると、他は無い。


んだ……」


「君、大丈夫か?」


 隣に座っていた少年が話しかけてくる。

 そう言えば、隣にいたから見づらかったけど、彼のステータスはどれくらいなんだ? そう思い、彼に視線を向けた。


『1000』


 え、1000って……

 俺は彼の頭上にある数値に集中する。


『魔力:1000』


「え!?」


 早くも異世界で、インフレを見つけてしまった。


「なんだよ、僕の顔になにかついているのか?」


「いや、なんでもない」


  思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまっていたらしい。

 よく見たら整った顔してるなー、さすが異世界だ……ってそこじゃない!

 現実逃避はダメだ。目の前の数値について考えないと。

 つまり、魔力値1000ってどういうこと!?

 他の人のステータスをもう一度確認する。

 やっぱり平均10ぐらいだよな……

 見回りにきていた杖を持った、いかにも魔法職な盗賊でも20だ。

 早くもバトル作品終盤みたいな数値設定が出てきた。

 気になってステータスの詳細を確認しようと、少年に再び顔を向ける。

 すごく睨まれた。そりゃそうか。

 俺はどうすればこの状態から夢の異世界生活をすごせるのか、頭をひねらせる。

 現状を打開するには彼の力を使うしかないよな。っていうかそういうイベントだよな。


「名前を聞いてもいいです?」


「は?」


 ほとんどオンライン上でしか会話しない俺は、いきなり名前を聞いてしまう。

 だってユーザーネームとか書いてないから分かんないんだよ……

 少年にさらに怪訝けげんな顔をされた。俺に対する好感度は下がるばかりだ。

 前世でファンタジー物の創作やゲームにのめり込んでいた俺の脳は、もう駄目になっているかもしれない。


「マギス……」


「え?」


「マギスク・ラフト」


「あ、ありがとう! 俺は数上値すじょうあたひだ。スジョウでもアタヒでも好きに呼んでくれ、よろしくラフトさん!」


「いや、マギスクでいいよ」


 拒絶されるものとばかり思っていたが、名前を教えて貰えた。しかも呼び捨てで良いと。

 元の世界では、ほとんど人とふれあってなかったせいか、小さな優しさが身に染みる。

 ただ、ゆっくり話をしている時間など無かった。さっき盗賊の一人が場所を移動すると言っていたからだ。

 俺は刺激しないように、とぼけた風に聞いてみる。


「変な話なんですが、マギスクって超お強い方だったりします?」


「どういう意味だ」


「いやー、まさかねー、小さい少年が実は最強の魔術師で、訳ありでここにいるとかないかなー、なんて?」


「そんな訳ないだろ。夢の見すぎだ」


 そう言った少年の眉がピクリと動いたのに気づいて、俺は一か八かすべてを話すことにした。


「実は俺……」




 初めは面倒くさそうに聞いていたマギスクだったが、俺が他の人のステータスの詳細を言い始めると、少しずつ驚きの表情を浮かべるようになっていた。


「で、本題なんだが」


 一呼吸入れる。


「マギスクの魔力値は常人の100倍だ」


 その瞬間、世界が固まった。正確に言うならば、俺とマギスク以外のすべての動きが止まった。

 俺が異世界に来て初めて目にした魔法は、”ラスボスが使ってくるようなやつ”だった。

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