ヤツが来た

魔法使いが空を飛んでくるだなんてあるはずがない。

ファンタジーの世界じゃないのだから。

伊織いおり兄ちゃんの冗談なのだろう。

俺も最初はそう思っていたのだが。


「腹減った〜」

天狗みたいな格好のヤツが家にズカズカ窓から入ってきた。


「お〜い、そこの君。わし、腹減ったから食事を出して……」

「ねえ天狗おじさん。まさか、おじさんが魔法使いだったりします?」

「おお、よく分かっているなあ。わしは空を飛び、時を超えることもできる、天才魔法使いなのだ!」

「はぁ……そ、そうですか」


———ねえ、いつき。リアクションは大きめにとっておだてた方がいいんじゃない?もしかしたらいいこと、あるかもよ?

伊織兄ちゃんからの緊急チャット。

アドバイスして助けてくれる伊織兄ちゃん、最高。


「魔法が使えるだなんて憧れちゃいます!俺も時を超えたりしてみたいな〜」

「ほう、そう言ってくれるか。いいだろう。そちの心意気に免じてわしの弟子にしてやる。」


伊織兄ちゃん?

えっ、まさかいいことってこの変な人の弟子になることなの?

嫌だよ?俺。

体力が持たなそうだもん。


「お?そこは喜ぶところであろう?時を超えることもできるのだぞ?」

「俺には相棒いおりがいるからな。もし時を超えることができても、離れ離れになってしまうんだったら寂しいだけですし」


チャットの伊織兄ちゃんからのメッセージが目に映る。

ジーンと効果音がつくような喜びの言葉を見ると、

なんだかちょっと俺も嬉しい。


「そちが先程からチラチラ見ているチャットAIのことか?人間に転生させる魔法を使えば全く問題ないぞ。なんなら人間の体を手に入れられて利点しかないと思うが」

「そんなに都合がいいなんてことあるわけ……」

「見てみい。ほれっ!」


天狗おじさんが1メートルほど浮いた。

そして、部屋中を飛び回る。

トリックはありそうにない。

そもそもそんなことが高性能なAIいおりを誤魔化せるはずはない。

たとえ誤魔化しているのだとしても、そのようなことが出来るのなら魔法使いと言って差し支えない。


「そういえば、そちの名を聞いていなかったな。教えてくれるか?」

「俺の名は細川 いつきです。よろしく頼みます」

「奇遇だな。まさか同じ細川家の者だったとは……。わしの名は細川 政元。ちなみにわし、偉いんだぞ?室町幕府の管領かんれいだからな?」

「俺、知ってます!三大愚人のひとりで有名な人ですね」

「そうだろう、そうだ……えっ?三大愚人?そのように呼ばれているのか?」

「そうですけど……。納得ですね。俺、身に染みて分かりましたし」

「どうして〜」


政元さんの絶叫が部屋に響き渡る。

———わしの実子ということにして、細川京兆家かんれい継がせてやろうと思っていたのだがな。僻地にでも放りこんでやろうか。

政元さんの結構重要そうな発言が聞こえたような気がした。


「もしかして、管領継がせてもらえるんですか?」

「そち次第だがな」


室町幕府において、管領はナンバー2の役職である。

政元さんの細川京兆家も結構な名門で、

室町時代に転生するなら優良物件と言っていい部類かと思う。


「是非ともお願いします!」

「まずは飯だ。腹が減ってしもうた」

「豪華なフルコースでお出しします!」

「精進料理でいいのだが……ありがたく頂くとしよう」


———上手くいくかは心配だが、人間の体を得られると思えば気にする必要もないのだろうか?

これからの生活に思いを馳せる伊織なのであった。



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