第4話
「なにをぼうっとしている」
「いや、あまりに現実味がなさすぎて……」
次々に灯火を点けられ、明るくなりつつある室内で、ほんのふた呼吸の間、美玲は振り返った男を見つめ返した。
不審な顔で自分を見つめる男は、確かにアニメの人気キャラに負けない超絶美形だ。
銀の髪に瞳、整った鼻梁、彫りの深い顔立ちは明らかに日本人の容貌ではない。
かといって嫌味なくどさはなく、むしろ淡麗だ。
こんなに綺麗な男の人いるんだっ……まるでマンガみたい……よく知らないけど……やっぱり私、おかしくなっちゃったんかな?
「現実だ。ほら痛いだろう?」
「ちょっと、私をつねらないでください! 自分でしますから……って、普通に痛いし! やっぱり現実だ!」
「だから申ししたではないか」
「……で、私帰れるんですか? ただ今現在、仕事中なんですけど!?」
「わからん」
「そんな無責任な!」
美玲はぶるりと身を震わせた。それはこの状況がまだ飲み込めない心細さもあるが、物理的にこの部屋が寒いのだ。
広いのに、暖房がない。暖炉のようなものはあるが、火は入っていなかった。
「……震えているな。怖いか。私が」
「ええ怖いです。そして寒いです」
「暖炉があるのだが、私は火を扱えないから、これでも羽織るがいい」
シルバーフォレスト公爵は、脇の椅子に無造作にかけてあった毛布のようなものを、ミレイに投げて寄越した。
それは古びてはいるが、上質な毛織物だった。
「あ、ありがとうございます」
「とりあえず、そこに座れ。そなたのことを聞かせよ」
公爵は自分はどっかりと執務机の椅子に腰を下ろし、優雅に長い足を組むと、美玲には床を刺し示した。毛深い絨毯が敷かれているが、床は床だ。
「……」
部屋に他に椅子はない。本と資料棚、書類は山のようにあるが、家具や調度は彼の座る椅子と机くらいだった。
「公爵様なのにミニマム生活なんですね」
「みにまむとはなんだ」
「いえなんでも。失礼します」
美玲は毛織物を体に巻き付けながら床に座った。幸いこの織物は大変暖かかった。
「ニホンから来たと言っていたな。詳しく話してくれ」
公爵は気だるそうに自分を見下ろす。この男の放つ雰囲気はどこか退廃的だ。
「えっと……私は
「あおいみれい……ふーん、ななかな韻を踏む響きだな。十九で仕事をしているとは、そなたはニホンの下層民か?」
「失礼ですよあなた。日本には身分制はなくて、私はただの勤労少女です!」
「ほう……少女とな?」
美男は下目遣いでじっとりと、美玲を見下ろしている」
「ほう……ってやっぱり失礼! 未成年だから立派に少女です!」
アニメじゃなくて、ほう……って言う人、初めて見たし!
「で、親御は?」
「え〜、まぁ、いるにはいますけど、諸事情で近くにはいません。で、私はなんでここにいるんです? もしかして銀獅子国には魔法が存在するんですか?」
「そんな都合のいいものはない。ただ、我が血脈には何代かに一人、男子に妙な力を持つものが出る。私がそうだ」
「のうりょく、ですか?」
「そうだ。私は五代ぶりに出た能力者だ。しかも自分でうまく制御できない。故に私は自分から家名を放棄し、都も出て、この屋敷に住んでいる」
「だけど、公爵様なんでしょ? 家名を放棄したのに公爵?」
「……家名を放棄したから公爵なんだ」
シルヴァーフォレスト公爵は、なぜか弱々しく言った。
「でも、公爵様って……王様の次に偉いんじゃ……」
「その事は言いたくない」
公爵はぴしゃりと美玲を封じた。
「そーですかー」
ぷいと横を向く様子はなんだか子どものようだが、何か事情があるらしい。
「話を戻すぞ。私は今夜、趣味で書く小説の設定を考えていて、主人公の名前を思いついてその名を呼んだ。すると、同じ名前のそなたが突然、机上の空間に現れた。落ちたら危ないと思って、私はそなたを抱いて床に下ろした」
「抱いて……って、どうりで痛くなかった。え〜と、まぁ、ありがとうございます」
大きな執務机は立派だが、いくつものペンや重そうな本が乱雑に置かれているから、垂直に落下したら怪我をしていたかも知れなかった。
「で、公爵様は私をどうなさるおつもりなんです? 今の話からすると想定外なんですよね?」
「どうもしない。どこにも行くところがないなら、ここにいるがいい……ミレ」
「美玲です」
「ミレだ。私の小説の主人公」
言いながら公爵はぐいと顔をミレイに寄せた。
「……」
近くで見ると、やっぱりものすごい美男だった。
──いいいい息が頬にかかる! 目、すごく綺麗!
しかし、あまり肉づきはよくないようで、頬は鋭く、顔色もあまり良くない。
部屋が暗いせいで、明暗がくっきりと出るせいもあるだろうが。
「小説って、どんなお話なんですか?」
「え〜、ま、まぁ少々変わった設定でな」
美男はなぜか恥ずかしそうにしている。
「この国とは違う異世界が舞台で、主人公の娘は庶民で苦労をしている。しかし、名前を決めかねていて考えあぐねていたら突然、名前が浮かんだ。ミレと」
「異世界、庶民、苦労……って、私!?」
「ミレだ。私はよい名だと思って、思わず叫んでしまった」
「もしかして『私には君が必要なんだ! 出てこい私のミレ!』って言いました?」
「そうだ、なぜそれを知っている?」
「って、事はつまり……」
「つまり?」
「私をこんなところに呼び出したのはあんたかー!」
美玲の絶叫が薄暗い部屋中にこだました。
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