第31話 芙蓉の幸せ

~リュウカの部屋~

「あなた、お疲れ様でした。」

芙蓉はいつも通り、仕事終わりの夫を出迎えたのだが、夫は何やら顔色が悪い。

「あなた、大丈夫ですか?」

「あ~うん、その・・・芙蓉、ちょっと2人で話したい。」

「え?今からですか?」


もう夕食の時間なのに?

子どもたちはお腹をすかせている。


「うん、ちょっと急いでて・・・」

夫は本当に困った顔をしているのでよほどのことらしい。

「龍陽、竜琴、龍風、今日はシュンやモカたちにご飯を食べさせてもらって。パパとママは用事があるの。」

芙蓉は部屋で遊んでいる子どもたちに声をかける。

「えーママは?」

「なんで?」

下の子2人は不満そうだが、


「こら!ママを困らせないの。ほら。にいにと食べるよ。」


龍陽がそう言うと、下の子2人は不満そうな顔をしながらも龍陽について部屋をでていった。

シュンとモカは子どもたちについていかせた。


「ごめんな、芙蓉。」

「いえ、どうなさいました?まだお仕事中ですか?」

「あ~いや、仕事じゃないんだけど、その・・・」

夫は何やら困った顔をしている。

芙蓉は夫が話し出すのを待つことにした。


「あの・・・なんて言うか・・・えっと・・・」

「???」


こんなに困っている夫は初めてかもしれない。

だけど何を困っているのか全く検討がつかない。


「えっと、あなた、また人族・・・のことでお困りなのですか?」

「え?いや、ちがくて・・・」

「では解放軍ですか?」

「いや、今回は関係ない・・・」

「私に関係することですか?」


「あ~うん。そうなんだけど、その・・・い、今も怒ってる?その、俺が人族のふりして騙して結婚したこと?」


「はい?」


急に何を言い出すのだろう?

なんで今さらそんなことを?


「え?どうなさったのですか?急に?」

「あ~いや、急に気になって・・・ちゃんと、その、謝ったこともなかったし・・・」

「・・・」

夫の目が泳いで早口になっている。


夫のこれは、嘘をつくか隠し事をしている時の癖だ。


「また隠し事ですか?私にききたいことがあるなら、遠回しにせずにはっきり言ってくださいませ!」


今回は龍緑たちを利用しないだけマシだけど、芙蓉は前回のことをまだ根に持っているのだ。

あの龍海に知られたくなかったことを知られてしまった。

あの頭の切れるおじさんは何かを察したんじゃないかと気が気じゃないのだ。


「え・・・いや、その隠し事と言うか・・・う~ごめん!」


夫は最近、素直になった。

というよりも本来は隠し事のできない性格なのだろう。


「なんですか?」

「あの、その、龍景に話しちゃった、芙蓉と初めて会った夜のこと・・・」


「はあ!?」

予想外の告白に芙蓉は頭が真っ白になった。

「ど、どうして?え?内緒にしてくださるって!」

「ご、ごめん。あ、あいつがあのカンとかいう人族から戸籍の話しとか芙蓉と人族の縁談のこととか聞いてきて、その、俺が遊郭で君と会ったって気づいたみたいで・・・その。」

「え?寒?和菓子屋の?なんで龍景と?」

「ええと・・・」


夫は龍景が出張先の近くにある神別町で寒と出会ったこと、それ以前に、龍景と夫がハクトウワシのケープからユリを遊郭から助け出した話を聞いたこと、話を聞いた龍景に怒られて、芙蓉の気持ちをききに来たことを教えてくれたのだが、


「え?戸籍の作り直し?寒が故郷で私のことを話したんですか?」

芙蓉はあまりのことに呆然としていた。


こんなこと予想もしていなかった。

町役場が燃えていなければ、寒はさっさと戸籍を貰って帰って、故郷で芙蓉のことを話さなかったかもしれない。

いや、白鳥領で再会した時に芙蓉のことを口止めしておけば・・・後悔してももう遅い。


だけど、まさか夫と駆け落ちしたと勘違いされてるなんて!


それに兄は監獄に入れられて、母はまだ生きていて1人でアパート暮らし!?

薬屋を廃業して母は何で収入を得ているのだろう?


「ふ、芙蓉。だ、大丈夫だ。龍景は一族の誰にもこの話を洩らしたりしないよ。あ、あいつは龍賢たちとは違って、俺と芙蓉が離婚させられたら困るからって俺にだけ報告してくれたんだ。

だ、だからそんな顔して泣かないでくれ!」


夫は青い顔になって芙蓉を抱きしめるが、芙蓉は涙が止まらない。

夫と離婚させられて子どもたちとも引き離されるなんて堪えられない。


芙蓉の家族はもう夫と子どもだけなのに。


芙蓉には帰る場所もない。

1人で生きてもいけない。


「う、ううう・・・」

「ふ、芙蓉、大丈夫だから!な!俺は何があっても君とは離れないから!」

泣いている場合じゃない。


夫は頼りにならない。 自分でなんとかしなければ。


「り、龍景様は私に何をお望みなのですか?」

「へ?えっと、あいつは、竜琴の転変から、芙蓉は俺が騙して結婚したことを許してくれて、俺を夫と認めてくれるようになったのはなんでなのか?って。」

「どうして龍景様がそんなことを気になさるのです?」

「え?いや、芙蓉が気の毒だって。お、俺と別れさせた方が、いいんじゃないかって不安だって・・・」


『余計なお世話よ!』


芙蓉はイライラしてきた。

昔のことなんて芙蓉はもうどうでもいい。

優しい夫と愛しい子どもたちがいて、芙蓉は人生で一番幸せなのだ。

人の気持ちなんて分からないくせに!

勝手に憐れまないでほしい。


「私の話を聞いたところで人の気持ちなんて分からないのでは?」

「え?芙蓉?」

夫は戸惑った声になっている。


「人のことなんて何にも分からないくせに! 憐れむなんて何様よ!? なにが気の毒よ!」


「ふ、芙蓉?龍景に怒ってるのか? 大丈夫だよ。あいつは君を傷つけることなんてしないよ。竜湖とは違う。 ごめん、俺の言葉が足りないから不安にさせて・・・」

芙蓉以上に狼狽えている夫の声を聞いて、芙蓉は冷静になってきた。

大きく深呼吸して、手の甲で涙をぬぐう。

「ふ~ごめんなさい。気が動転してしまって。 あなたや子どもと離れるなんて考えただけで悲しくて・・・」

「お、俺もだよ。そんなことさせない。」

そう言って夫は強く抱きしめてくれた。

「あなたは私が嘘を言ってたら分かるのですよね?」

「え?あ、ああ。」


「ならば、私があなたと別れたくないという言葉に嘘はありますか?」


「いや、ないよ。悪意を全く感じない。」

「龍景様は、それでは納得してくださらないのですか?」

「あ~あいつは理屈というか理由にこだわるとこがあって。そういうとこが龍賢の息子なんだよなぁ。」

夫はまた困った顔になっている。


「理由と言われましても・・・あなたは、娘を守って下さった。それが私にとっては何よりも嬉しかった。娘も私も邪魔になったら捨てられるか、殺されると・・・思っていたから。」


「は?そんな訳ないだろ?大切な妻と子どもにそんなことするもんか!」

「私は親と兄に売られましたよ。お金のために。 お金にならなければ、死んでしまえと捨てられていました。」

「あ・・・えっと、」

「私に限ったことじゃない。真矢もユリもそう。お金のために売られ、捨てられ、時には殺される妻や子どもは人の世界では珍しくないのです。」

「あっと・・・」


「私はあなたに出会えて幸せです。騙されたことなんてもうどうでもいい。私は初めて家族のいる幸せ、安心感を与えてもらった。今の私の望みは、あなたと子どもたちのそばに居ることだけです。」


「そっか。分かった。芙蓉、俺も子どもたちもずっとそばにいるからな。」

夫は優しい声でそう言って芙蓉の額にキスをしてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る