寒編

第32話 スミレの帰還

~???~

『草と土の匂いがする・・・』


目を覚ましたスミレは驚いた。

もう見えない両目の代わりに鼻と耳が敏感になったのだろうか?

何年ぶりかの草と土の匂い、風と木の葉の揺れる音がはっきりと聞こえる。

反対にジャガーの、獣人の臭いはしない。


「外?なんで?」


スミレはまだ頭がぼーとしていた。

ジャガーの巣にいたはずなのに、薬で眠らされ、今度はジャガーとは違う臭いのする獣人の巣に連れて来られた。

それから何日かしてまた眠らされ、今、ここにいる。 スミレは右手を地面について身体を起こした。


リン


手にふれた何かから音が聞こえた。

「鈴?」

スミレが手を動かすと、冷たい金属に触れた。

触ってみると小さな鈴だ。


リンリン


この音には聞き覚えがある。

解放軍の連絡用の鈴だ。

スミレは焦った。 偶然な訳がない。 スミレをここに連れてきた獣人たちの仕業だろう。

スミレを囮に解放軍の仲間を呼ぶつもりだろうか?


「スミレ様?」

少し離れたところから男の声が聞こえた。

「ダメ!私は囮よ!」

スミレは慌てて叫んだ。

だが、足音はどんどん近づいてくる。

「ダメよ!」

「分かっております。他にも囮にされた仲間がいる隠れ家があります。」

「え?」

スミレは驚いた。

「私は覚悟の上です。さ、隠れ家にお連れしますよ。ああ、目が・・・腕も、なんてひどい。うっうっ」

男は泣きながらスミレをおんぶして歩き始めた。

スミレは落とされないように右手を男の首に回す。


「あんたは・・・如月きさらぎ?」

スミレはようやく男の声を思い出した。

「覚えていてくださいましたか!?はい、留守番係の如月でございます。」

「ここはどこ?」

「マムシと鹿領の境にある杉の隠れ家です。」

「マムシ?鹿?なんで? ほかにも囮にされた仲間がいるの?」

スミレはまだ状況が飲み込めない。


「はい。夏に清水町の地下室を通って戻って来ましたが・・・シリュウに囚われていたようなのです。匿っている隠れ家のそばでマムシがシリュウに拐われましたよ。」


「え?シリュウ?」

スミレは驚いた。

「はい。スミレ様はジャガーですか?」

「ええ、ジャガー領で捕まって、その後、虎の獣人の巣に連れて行かれて、他の若い娘の奴隷としばらく一緒にされてて、その後、またジャガー領に戻されて、他の奴隷と一緒に閉じ込められてて。

それで何日か前にシリュウに引き渡すとだけ言われて、また別の場所に連れて行かれて、気づいたらあそこに。今はいつ?」

「10月の最終日ですが、スミレ様もシリュウに?オウコではなく?」

如月は驚いているが、


「オウコ?なにそれ?」


スミレは初めて聞く名前だ。

「獣人たちが言っていました。ジャガーはオウコの巣になったと。」

「その名前は初めて聞いたわ。」



しばらくして、如月が立ち止まった。

「着きました。歩けますか?」

「ええ。」

スミレは如月に手をかしてもらい歩いて中に入った。

人の家の匂いと、


「獣人もいる?」


「はい。奥の部屋にトンビの獣人がいます。最近までシリュウに潜入していたので臭いがとれるまでここに。」

如月はそう言うが、スミレにはシリュウの臭いが分からない。

鳥族の獣人の臭いしか感じない。


「そう。シリュウに囚われていたっていう仲間は?」

「真矢という10代の娘です。前の北の隊長の妹らしいです。呼んできましょうか?」

「お願い。」

「はい。」



~水洞町の隠れ家~

「なんか騒がしいな。」


10月のある夜、自室にいたジュウゴは階下の声を聞いてそっと廊下に続く扉を開け、廊下に誰もいないことを確認すると階段のそばまで足音を殺して歩いていった。

ジュウゴが部屋から出ると豊か、その配下の奴がすぐに監視にとんでくるのだ。


「ほんとか?」

「ああ・・・よかった。」

何やら歓声と泣き声が聞こえる。


『なんだ?』


ジュウゴは階段の上から耳をそばだてた。

どうやらスミレが生きて帰ってきたらしい。ジャガー領に行ったきり行方不明だったのに。

あとはマヤ、キサラギという名前も聞こえるが、誰のことか分からない。

ジュウゴには解放軍のことはほとんど知らされていない。

解放軍の隠れ家の場所も数えるほどしか知らず、外出には必ず誰かついてくるのだ。


まあ、自分が信用されていないことは百も承知だ。


ワニに奴隷にされていた記憶喪失の中年男、なのに人と獣人の治療と、毒の開発はできる・・・誰が聞いても胡散臭い。


「え!?スミレもようこに会ったのか!?」


豊が驚いて叫ぶ声が聞こえた。


『ようこ?誰だ?』


またジュウゴの知らない名前だ。

だが、あの豊が驚いて声をあげるほどだ。

解放軍の幹部か?

と思っていたら、続く会話で違うと分かった。

どうやらようこというのがシリュウに捕まっている女らしい。

なんともありふれた名前だ。


「水連町の娘だろ?まだ素性が分からないのか?」

「ああ。よくある名前だし、あの町はこの数年で商人の数がかなり増えて、聞いて回るにも限界があるんだ。あまり派手に動けないしね。 だいたい、本名かどうかも分からないんだよ。」

会話を盗み聞きしていたジュウゴはまた驚いた。

シリュウに捕らわれているのは水連町の娘だったのか!?

しかし、ようこなんて娘に心当たりはないな。

大体、奴隷の素性なんてどこまで信用できるのかも怪しい。

元々、戸籍が作られて居なかったり、方々を点々として親も故郷も分からないなんて奴隷は珍しくない。


「マムシがハイエナに・・・」

「マムシなら・・・頃合いだ。」

「・・・ジュウゴの出番だな。」

ふいに自分の名前が聞こえて、ジュウゴは慌てて自分の部屋に戻った。

誰かが階段を登ってくる音が聞こえ、ジュウゴの部屋の扉がノックされる。


「なんだ?」

ジュウゴがそ知らぬ顔で扉を開けると、豊がいた。

「ジュウゴさん、お仕事です。」

豊はいつもの作り笑顔だ。

「今度はどこだよ?」

「久々のマムシ領です。明日の朝出発しますので、よろしくお願いします。」

「マムシ?また毒集めか?」

「いえ、僕らの目的は奴隷の解放ですよ。仲間たちがマムシ領の各地で奴隷解放をしてますので、その手伝いです。」

「俺は何するんだ?」

「あちらについたら色々お願いしますよ。」

豊はいつもどおりの返事だ。

直前までジュウゴには予定も仕事内容も教えはしない。


「へいへい。じゃあ明日早いなら俺は寝るぜ。」

「はい。お休みなさい。」

豊は部屋を出ていった。

ジュウゴは不愉快なことこの上ないが水洞町から離れられるなら願ったり叶ったりだ。

マムシ領の方の町はすべて滅ぼされたらしいから、人目を気にしなくてすむ。

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