第29話 2人の秘密

「龍希様にききたいことがあるんです。」

「なんだ?怖い顔してどうした?」

「龍希様の奥様って・・・」

「ん?芙蓉がどうした?」


「婚約者いるのに実家から拐ったんですか?」


「はあ? 何言ってんだ?お前?」

龍希様はあきれている。

「奥様は実家にいたんですよね?」

「はあ?だから何言ってんだ? 芙蓉が居たのは黄虎近くの人族町だよ。勤め先で出会ったんだ。 俺は芙蓉の故郷すら知らなかったんだぜ。」

「え?あれ?でも・・・」

「どうしたんだよ?なんだ急に?」

「あの・・・実は・・・」

龍景はカンの話を全て報告した。


「はあ!?あの人族だったのかよ!? やっぱ殺しとくんだった!」

龍希様は案の定、激怒している。

「なんで白鳥領で殺さなかったんですか?」

「あ!?だってなぁ~。俺の妻や一族に悪さした訳じゃねぇし・・・」


「ふっ!」


龍景は笑ってしまった。

「なんだよ?またバカにしてんのか?」

龍希様は不機嫌になっているが、

「違います。やっぱり龍希様だなあ。」

龍景はほっとしていた。

「はあ?意味分からん!」


「だって父や龍海様なら迷わず人族を殺すじゃないですか。」


「え?あ~まあな。 あ!お前まさかこの話!?」

「誰にも言ってません。 俺も・・・嫌なんですよ。一族のためとはいえ、何にも悪さしてない獣人を殺すのは。」

「え?お前も?」

龍希様は驚いている。


「俺もです。だから、俺は・・・龍希様が好きなんですよ。」


「え?気持ちわりいな。」

「そんな嫌な顔しないで下さいよ。傷つきます。 龍希様は怖くないんですか?一族の中で少数派なのが。」

「は?なんで?」


「ははは・・・やっぱすげえや。」


不思議そうな顔で答える龍希様を見て、龍景は嬉し涙が出てきた。

「お前はやっぱり狼の子だなあ。なんで群れたがるんだか・・・」

「群れたいのに、父の派閥にも龍海様の派閥にも入れないから苦しいんですよ。1人は不安だけど、気の合わない派閥には入りたくない。」

「意味分からん。」

「でしょうね。俺は・・・龍希様がいて良かった~」

「お前マジで大丈夫か?」


どうやら龍希様は本気で心配しているようだ。


「マジで怖かったんですよ~龍希様ならやりかねないって。あ~良かったぁ~」

「失礼な奴だなぁ。俺は越えちゃいけねぇ一線は守るっての。」


「いや、婚前交渉も誘拐婚もアウトっす!」


「悪かったな!てか誘拐してねぇよ。 芙蓉は俺と結婚するって言ったから連れて帰ったんだ!」


龍希様は怒ってそう言うが・・・


「いや、竜琴様が転変するまで夫扱いされてなかったじゃないですか。若様、旦那様って呼ばれて。」

「え?あ~いや、あれは・・・その、」


「奥様も龍希様を人族と勘違いしてたんですか?」


「は?んな訳あるか!賢い俺の妻をバカな人族と一緒にすんなよ!」

「でも、あのカンって人族は嘘はついてなかったですよ。それにもう1匹の人族と一緒に本気で俺を同族と勘違いしてました。 一度見かけた龍希様と若様たちのことも勘違いしてたし。」

「そいつらがバカなだけだろ。」

「奥様は龍希様以外の誰かに実家から誘拐されて、黄虎の近くの人族町まで連れてこられて、そこで龍希様と出会ったんですか?」

「・・・。どうでもいいだろ。 俺と出会う前の芙蓉のことなんて。 それより・・・」

「父たち反族長派は興味津々ですよ。 龍緑の妻のせいです。結婚前のことをペラペラ喋るから、人族は結婚前のことを話したがらない生き物だって言い訳が通用しなくなった。」

「・・・ほっとけよ。」


「いいんですか? 水連町では、薬屋の芙蓉って娘が駆け落ちしてた、その夫は紫髪の人族の商人で、子ども3人連れて白鳥の祭に来てたって話が広まってるんですよ。 この話を聞いたら、父が何も勘づかないとでも?」


「う・・・」

「それに、奥様の家族は誘拐と無関係じゃないですよね?奥様を死んだことにしたのは誘拐を隠ぺいするためでは?」

「俺は結婚前のことは何にも知らねぇよ。興味もねぇ。」

「・・・」


龍景は顔を歪めて龍希様を見る。


「なんだよ?」

龍希様は警戒した顔になった。


「両目を左に泳がせて、早口になってます。」


「は?なんだそれ?」

「龍希様が嘘をつく時の癖です。竜湖、父、龍海様たち補佐官は皆知ってます。ついでに龍峰様も。 奥様の結婚前のことを知ってるのに嘘をついて隠してることはバレてますよ。ずっと前から。」

「マジ?」

「マジです。やっぱり気づいてなかったんですね。」

龍景は呆れた。

「はあ!?なんで俺に隠してたんだよ!」


「こっちのセリフですよ。なんで奥様の過去を隠すんですか?婚前交渉、誘拐婚以上にマズイことでも?」


「は?そんなのねぇよ! 芙蓉から結婚前のことを聞いてないだけだ。」

「また目が泳いで早口になってます。」

「・・・」

「奥様とは勤め先で出会ったんですよね?」

「ああ。」

「奥様に手をつけたのもそこですか?」

「・・・」

「父たちが疑問に思ってるのはそこです。 さすがに人族の店で手をつけるなんてできる訳ない。

でも、奥様の家に招かれてって話なら龍希様が隠す意味がわからないって。」

「・・・」

龍希様はだんまりだ。


前はスラスラと答えていたのに、今は龍景を警戒している。

だけど、龍景ははっきり覚えていた。

以前、龍希様は、奥様と勤め先で出会って連れてきたと言っていた。

その時に嘘をつく癖は出ていなかった。

なのに今は龍景を警戒して黙っている。


「ユウカクですか?」


「は?なんだそれ?」

そう言う龍希様は無表情だ。

「ハクトウワシが言ってました。そこなら、店の中で雌の人族と子作りできるって。」

「覚えてねぇな。そんな話あったか?」


龍希様はまた目をそらして早口になっている。


「覚えてますよ、龍希様は。ユウカクの名前を聞いた時、驚いてましたから。なのにその後のユウカクの詳しい話には驚いてなかった。

俺はあの時不思議に思ったんです。

なんで龍希様はユウカクなんて人族の店を知ってるんだろうって。」

「ハクトウワシの前で何度もみっともなく驚いたりしねえよ。お前と違ってな。 なにを勘違いしてんだか。」

「・・・。じゃあ、ユウカクの話を父と龍海様にしても問題ないですね。 龍希様の今の反応を父たちが見たら、奥様と出会った人族町は火の海になるでしょうけど。龍海様はカンのいる人族町も奥様の故郷も消しますよ。」

「・・・」


龍希様は今度は眉間にしわを寄せている。


「俺はやっぱり信用ならないですか?龍緑とは違って。」

龍景は悲しくなったのだが、


「お前は面倒ごとは嫌いだろ?」


龍希様から出てきたのは意外な言葉だった。


「大嫌いですよ。今の俺にとって、龍希様の離婚と族長引退以上の面倒ごとなんてない。 なのに父たちは龍希様の結婚に問題があるならそうしなきゃいけないなんて言って。

代わりに族長になれる竜なんて居ないのに!

若様たちにどんな悪影響がでるか分かんないのに!

無責任にもほどがある!

龍海様たちは反対に、そんな父たちを抑えるためなら手段を選ばない。わずかでも不都合があれば人族町を消して、獣人を無差別に殺すことに迷いがない。

俺はどっちに加担するのもごめんです。

だから黙ってた。

でも俺もそろそろ限界ですよ。俺は1人で秘密抱えて生きていけるほど強くないんです。父も龍海様も気づいてる。俺を自分の派閥に取り込もうと必死なんすよ。キツいです。

それに、秘密にすることが本当に龍希様の・・・面倒ごとを避けるために正しいことなのかも分からないですし。」


「はあ・・・分かったよ。悪かった。 だけど、俺は龍海にも龍緑にも誰にも言ってねぇから、お前が孤独に秘密を抱え続けることに変わりねぇぞ。」

「龍希様は、全然俺のこと分かってないですね。龍希様から口止めされたってことが俺にとっては何よりも重要なんですよ。それなら安心して俺は黙っていられる。」

「はあ!?なんだ、それ?」

「俺はそう言う生き物っす! それで、なんで嘘ついてまで隠してたんですか?」

「はあ・・・仕方ねぇなあ。誰にも言うなよ。」

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