第28話 龍景の苦悩

~客間~

「うーん。」

会議後、龍景は客間に戻って1人、頭を抱えていた。

会議では、カンという人族から聞いた話のうち、戸籍の話しか報告していない。

族長の奥様に関することは誰にも伝えていなかった。


というより、誰に報告すべきか悩んでいるのだ。


普段は困り事はまず父に相談するのだが、今回はダメだ。

父は獣人の妻のことになると異常なまでに厳しい。というか非常識になる。

何せ龍陽様が産まれた後になっても、誘拐婚をした龍希様の離婚を主張していたくらいだ。

仮に、龍希様が婚約者のいた奥様を実家から強引に拐ったとなると、父たちの派閥は確実に離婚させろと主張するだろう。


だけど奥様が居なくなったらお子様たちはどうなるのか?


特に末っ子の龍風様なんて命の危機すらあるかもしれない。



「かと言って龍海様はなぁ・・・」


龍海様に報告しようものなら、即、あのカンという人族と奥様の家族を殺すに違いない。

龍希様の障害になるものは迷わず消す方だ。

それはそれで極端というか、過激すぎるというか・・・龍海様の片棒を担ぐのは御免だ。



「龍栄様は・・・苦手なんだよなぁ。」


かつて誘拐婚が分かった時に、龍栄様は龍希様の処罰を求めないどころか、奥様の匂いに気づきながら龍希様と一緒になって奥様の存在を隠していたらしい。

だけど、それは龍希様のためじゃなく、族長になりたくないという自分のためだ。

父は後継候補としての自覚がなさすぎると、龍栄様に激怒していた。

もしも、今回、龍希様が制裁として離婚かつ族長引退となれば・・・次の族長はおそらく息子のいる龍算様か?

序列は高くとも、息子を失い、再婚もしていない龍栄様が族長になることはないはずだ。

となると、龍栄様が今回も龍希様を庇うかは怪しい・・・ あの方の行動は予想がつかないから怖いんだよなぁ。



じゃあ龍算様か龍灯様か?

ダメだな。

龍算様は父に、龍灯様は龍海様に即チクるに決まってる。

あの2人も龍景と同じく自分で決断できないタイプだ。

龍光様もそうだ。

元後継候補のくせに!



「あー結局、頼りになるのは龍希様なんだよなぁ。」


悪さばかりで成獣して何年も独身だった一族随一の変わり者だけど、龍希様には決断力がある。

だから龍希様のことが大嫌いな父ですら、龍希様を後継候補から外せと言ったことはなかった。

他に代わりがいないから仕方なくだ

と、年中ぼやいてたけど。

いやだからと言って、カンの話を報告したら、龍希様はカンと奥様の家族を殺して、龍景には口止めするに決まってる。


龍希様の奥様に対する執着っぷりは異常なのだ。


龍景はいまだにドン引きしているが、離婚して元の龍希様に戻ってほしいとは思わない。

今の一族には今の龍希様が必要だ。

かと言って、人族殺して、口止めして終わりってのも・・・なんか違う気がする。


もしも龍希様がそんなことやらかしたなら、信じたくないけど、たぶんやってる気がする・・・

自分の悪さの責任は取らなきゃいけない。


ただその責任の取り方によって、若様たちや一族に悪影響が生じたら困る。

つまり離婚と族長引退はダメなのだ。

だけど、紫竜一族としてどんな制裁を科すのかについて龍景の発言力はない。

何かいい案があるわけでもない。



「ううう・・・龍緑か?」


成獣前はあいつのことが嫌いだったけど、龍栄派だと思ってた龍緑は、不思議と龍希様の奥様に肩入れして人族を娶ったり、補佐官でもないのに龍希様からやたらと仕事を任されたりしている。

父は、龍緑は龍海様の後継者として龍希様の腹心になるようだと警戒している。

今回も奥様の戸籍の調査を龍緑に命じたということは龍希様も龍緑を頼りにしているのだろう。

だけど、もしそうなら、龍緑に相談したら龍海様にチクられる。

龍希様が離婚することになったら、龍緑の人族妻は激怒しそうだし、龍緑も相当執着してるからなあ。 あいつも頼りになんねぇ。



「いっそ秘密にしとくか?誰にも言わずに・・・無理だ!」


龍景が一人で抱えるには重すぎる!

守番の竜湖・・・は今はもうダメだな。 頼りになんねぇ上、竜湖にばらしたら龍希様にも若様たちにも絶縁されかねない。

そんなのは御免だ。


「詰んだ・・・」


龍景は絶望した。

自分が一族の異端児だと嫌でも実感する。


一匹狼なんてキャラでもないのに!


てか母親に育てられた記憶なんてないから、自分には狼族の孤高さなんてない。



コンコン


「なんだ?」

ノックして入ってきたのは執事の頼だ。

「若様、族長がお呼びです。応接室に来るようにと。」

「へ?応接室?」

族長執務室ではなく応接室ってことは仕事の話じゃないようだ。


『え?今は会いたくないなぁ・・・でももう応接室で待ってるなら断れねぇ。うぜぇ』


龍景は渋々立ち上がって身だしなみを整えると客間を出た。



~応接室~

「お待たせしました。」

「おう!」

応接室には龍希様だけだった。

龍景は執事を廊下に控えさせて一人で中に入る。


『執事も同席させないって何事だ?』


龍景は疑問に思いながらも龍希様の向かいに座る。

「疲れてるとこ悪いな。」

龍希様はそう言いながら、ブランデーをグラスにつぎ始めたので龍景は焦った。

「あ!俺がやります」

「あ~いい、いい。たまにはお前を労ってやろうと思ってな。」

「ええ?」

龍景は呆気にとられた。


「何かあったんですか?龍希様」


「ん?いや、お前こそ。なんか元気ねぇけど、悩みごとか?」

龍希様はそう言いながら、ブランデーが入ったグラスを龍景の前に置いた。

「え?いや、別に・・・ あ、でもご馳走様です。」

龍景は、龍希様に続いて酒を飲んだ。

かなり旨い酒だ。

それに机の上のツマミも・・・サラミとチーズだ。

龍景の大好物だが、龍希様は好きじゃないことを知ってる。 なのにわざわざ酒もツマミも龍景の好みに合わせてくれてるのだ。


「何にもないならいいや。お前は仕事のことになると背負い込むからなあ。黄虎かジャガーでなんかあったのかと思ったぜ。 お前が1人で悩んでもろくなことになんねぇぞ。何かあったら族長の俺に相談しろよ。」


龍希様はさらりと言うが、

「う~」

龍景は堪らず机に突っ伏した。

「え?どした?眠いのか?」

「違います~ 普段は空気読めない、他竜の気持ちにも鈍感なくせに なんでこんな時だけ優しくするんっすか!?」

「は?ケンカ売ってんのか?」

「売ってません~。誉めてます~」

龍景は泣きそうだ。

「どした?何かあったのか?」

龍希様は戸惑っているけど、


「龍希様のせいですよ!」


龍景は顔をあげて怒鳴った。

「は?俺?何が?」

「龍希様」

「ん?なんだ怖い顔して?」

「俺、龍希様のこと尊敬してるんっすよ。 悪さはするけど、一線は越えないとことか特に!」

「は?なんだ急に?」

龍希様は戸惑っているが、龍景は覚悟を決めた。

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