第26話 結納返し
~リュウカの部屋~
「はあ・・・」
芙蓉はため息が止まらない。
侍女たちは隣の部屋で子どもたちの相手をしてくれているので部屋には芙蓉一人だ。
先日、黄虎族長の息子が竜琴に指輪を贈った。
娘が自慢げに見せてくれた指輪は芙蓉たちの結婚指輪にそっくりだった。
夫は黄虎が勝手に言ってるだけで婚約なんてしていないって言ってたけど・・・虎の子に水連町の物をお返しに贈る約束までして。
どうやら黄虎は私の故郷の風習を調べたらしい。
娘は、 ママとお揃い!
と無邪気に喜んでいたけど、芙蓉は困っていた。
当然ながら芙蓉は結納返しなんてしていない。
それは本来、実家が夫の家と協議してするものだが、遊郭に売られ、夫に身請けされた芙蓉には無縁のもの・・・芙蓉はまともな結婚なんてできなかった。
だから結納返しに何を用意すればいいのか分からない。
「三輪なら分かるかしら?」
三輪は芙蓉と出会う前、人に嫁いでいたらしい。
でも離婚理由は結納金詐欺と言っていたのでなんだか聞きづらい。
「母は何を返したんだろう?」
ふと故郷の母親を思い出した。
もうすぐ60歳になるはずだが、まだ生きているのだろうか?
さすがに薬屋は引退してるよね?
あの兄が老いた母の面倒をみるだろうか?
「ふふ・・・子どもを売った母親の心配をするの?」
芙蓉は自虐的に笑って自分自身に問いかける。
芙蓉には愛する子どもたちを金のために売るなんて考えられない。
子どものためなら自分の命だって惜しくない。
それはどの子どもたちに対しても同じだ。 長男か男か女なんて関係ない3人の子どもたちに順位なんてない。
と、扉をノックする音が聞こえる。
「はい。」
「芙蓉様、お邪魔いたします。」
そう言って入ってきたのは竜冠だ。
龍陽、竜琴、シュンも一緒だ。
竜冠は毎回、子どもたちと侍女がいる時にリュウカの部屋に来る。
決して芙蓉と二人きりにしろとは言わないのだ。
「竜冠様、ご機嫌よう。」
芙蓉は笑顔を作る。
「お休みのところ申し訳ございません。族長の命でご相談に参りました。」
竜冠は申し訳なさそうな顔を作っている。
「ご足労頂きましてありがとうございます。お伺い致しますわ。」
「ありがとうございます。 竜琴様に贈られた指輪の件でございます。黄虎には、人族がユイノウガエシ?に決して選ばないものを返せと族長がお命じになったのですが、私どもでは見当もつかず・・・」
「それはまた難しいですわね。 ・・・その、私自身は結納返しの経験がないので、選ばないものと言われましても・・・」
芙蓉は素直に無理と言うことにした。
「ああ、そうでございますね。龍緑殿が奥様にもきいて下さいまして、着物、時計、お酒、乾物が多いけれども、これは結納返しにはしないというような物品は思い当たらないと仰ったそうでございます。」
すでに三輪には確認済みらしい。
しかし、着物や時計を贈るなんて三輪の実家は中級商人以上だったようだ。
人の世界なら、三輪と芙蓉の序列は逆だったのに・・・
「ママー、スイレン町行きたい!」
「え?」
娘のお願いに芙蓉は驚いた。
「ね、一緒に行こう!」
「ええと・・・」
芙蓉は困った。
故郷には行きたくない、帰れない。
子どもたちを連れていくのも御免だ。
「姫様、奥様は水連町には帰れないのでございます。」
竜冠の言葉に娘は不満そうな顔になる。
「なんで?」
「妻の里帰りは許さないのが紫竜のルールです。」
「・・・」
芙蓉は初耳だ。
夫の一族にそんなルールがあったの!?
「えー!?なんで?」
「竜琴、ルールだからよ。ルールは守りましょうね。」
芙蓉は真面目な顔になって娘に語りかける。
「うー」
娘は芙蓉と龍陽の顔を交互に見る。
「ぼくとりゅうきんはスイレン町に行ってもいいの?」
「え?」
今度は息子の言葉に驚いた。
「ダメ!」
芙蓉は考えるより先に言葉が出ていた。
「え?なんで?」
息子は不思議そうな顔になる。
「ママが嫌なの!2人が行って楽しい場所じゃないわ。」
「う、うん。分かった。」
息子と娘は目をぱちくりさせながらもそう言って頷いた。
「2人ともいい子ね。いらっしゃい。」
芙蓉はほっとして、近づいてきた2人を両手で抱き締めた。
~族長執務室~
「どうだ?」
龍希は執務室にやってきた竜冠に問いかける。
「奥様も、ユイノウガエシに選ばない物には心当たりがないとのことです。」
竜冠は困った顔で報告する。
「んー芙蓉でも分からないのか。龍緑の妻も分からねぇって言うし・・・参ったな。」
龍希は頭を抱えた。
「あの・・・族長?」
竜冠が遠慮がちに話しかけてきた。
「ん?」
「族長は、その、水連町には行かれたことがないのです、よね?」
「ああ。ないな。そこが芙蓉の故郷だと知ったのも最近だし。」
「そうですか・・・」
竜冠は何やら悩んでいる。
「どうした?なんか困るのか?」
「え?いえ、姫様が水連町に行きたいとお願いされたのを、芙蓉様は、その、珍しく強い口調でダメと仰ったので・・・」
「あー」
龍希には心当たりがある。
妻は故郷が嫌いなのだ。
「え?何か心当たりが?」
「芙蓉は故郷の話が嫌いなんだ。もう話題に出さないよう子どもたちには俺から言っておくよ。 たく!黄虎の奴らはいい迷惑だぜ!」
「・・・そうでしたか。私も気をつけます。 しかし、虎に返す物はどうなさいますか?」
「あーめんどくせぇなあ。もう龍緑に適当に買いに行かせるか。」
「ええ!?それは龍緑殿が困りますわ。」
竜冠はきっぱり反対してきた。
「だってなぁ。あ!そうだ!龍海はまだ藍亀の島だよな?」
龍希は、机で作業中の龍灯に話しかけた。
「え、ええ、龍海様は明日お戻りになる予定です。」
さすが龍灯だ。
別の仕事をしていても、こちらの話を聞いていたようだ。
「龍海に遣いを出せ。明日、帰りに水連町に寄って虎が嫌いそうなもの買ってこいって。」
「ええ!?筆頭補佐官にそんな・・・」
竜冠は呆れている。
「はは。龍海様は族長の無茶振りには慣れておられますよ。それに龍緑の妻へのプレゼントによく人族の物を買っておられますから、安心です。」
龍灯は賛成してくれた。
「よし!明日、馬車で龍海を迎えに行くのは誰だ?」
「執事の柳ですので、伝えて参ります。」
疾風はそう言って部屋を出ていった。
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