第25話 神別町 後編

「おまちどおさま。」


話の途中なのに、従業員が食事を持ってきた。

龍景はいらっとしたがここで騒ぎを起こすわけにはいかない。

「本人確認って何するんだ?」

ショウが食べながら尋ねる。

どうやらこいつも戸籍に興味があるらしい。

「水連町に家族か親戚がいれば家族に確認で済みますよ。ただ、そうじゃないと名前や住所確認に2週間とか、1ヶ月近く待たされるとか。特に清水町の出身者は大変らしいです。」

カンはすらすらと答えている。

龍景は呆気にとられていた。


すげえ。

龍緑の妻の故郷の名前も出てきた。

こいつ連れて帰ろうかな?

さすがに誘拐はまずいか。龍希様じゃあるまいし。


「清水町はまだマシなほうだ。マムシに襲われた他の町なんてほぼ全滅だぜ。」

「らしいですね。恐ろしいです。」

カンとショウが清水町の話題で盛り上がっているのを、龍景は酒を飲みながら聞いていた。

龍希様の持っている人族のビールと比べると、マズイ。飲めないほどではないがおかわりは要らない。


「ごちそうさん。俺はもう宿に入る。これ、一緒に払っといてくれ。」

ショウはそう言うと金をテーブルに置いて立ち上がった。

「あ、ではここで。」

カンが立ち上がって見送るのを龍景は座ったまま見ていた。

「ケイさんもお疲れですよね?すみません、俺はおしゃべりなもんで。」

ショウが店を出ていったところでカンがまた座った。


「いえ、むしろ、さっきの水連町の話をもっと聞きたいです。一杯奢るんでお付き合い願えませんか?」


龍景が営業スマイルでそう言うと、カンは驚いた顔になる。

「え?いいんですか?さっきみたいな話しか出来ませんよ?」

「さっきみたいな話を聞きたいんですよ。ビールにします?なんでも好きな酒頼んでください。」

「わお!ありがとうございます! すみません~ビール大ジョッキ!」

カンは手を挙げて注文する。

「もーなんでも話しますよ!」

「じゃあ、さっきの戸籍の続きを。カンさんは水連町まで戸籍を作り直しに行ったんですか?」

「ええ。昨年、結婚するのに戸籍を取りに行ったら町役場がなくなってて、いや~焦りましたよ。 でも顔馴染みの姉さんが臨時町役場に連れてってくれたんで、無事に新しい戸籍を持って帰れました。」

「へー臨時町役場ってどこにあるんですか?」

「町長の甥がやってる宿屋の倉庫でしたけど、今ごろは新しい建物が完成して、そこに移転してるはずです。確か・・・病院の斜め向かいですよ。」


「おまちどおさま。」

「お!きた!ケイさん、ごちそうさまです。」

カンはビールを嬉しそうに飲んでいる。

「戸籍を作り直すのは代理じゃダメなんですか?」

「え?あーなんか、もう一人で出歩けないお年寄りとかなら例外的に代理もオーケーとか聞いたような・・・もしやケイさんのお知り合いにいるんですか?」

「え?あーいや、知り合いの奥様が水連町出身だったような・・・」

「え?結婚してるなら、奥さんの戸籍は夫の町でしょう?」

「え?そう・・・か。」


「あはは!ケイさん顔に出てないけど酔ってますね!」


カンは笑いだした。


「話は変わりますけど、水洞町で解放軍がカラスに襲われたのは知ってます?」

龍景は今度は解放軍についてきくことにした。

「え?ああ、聞きました。怖いですよね~無関係の町民も死んだそうですよ。」

「水連町にも解放軍っているんですか?」


「え?あ~居ないことになってますね。」


「え?どういうことです?」

「噂話なんですけど、なんか解放軍が水連町にも拠点を作りたいって話を町長が断ったらしいですよ。 解放軍は獣人たちに恨まれてますからねぇ。水洞町のカラスの件もあるから反対意見は多かったらしいです。そこに芙蓉が見つかったから町長は正式に断ったって。」


「は?誰って?」


龍景は驚きのあまり大声が出た。

「え?ああ、えーと、話せば長くなるんですけど、芙蓉っていう俺の幼なじみの娘が行方不明になってたらしいんですよ。しかも、その兄貴が芙蓉が死んだなんて嘘の届を出してたとか。

だけど最近になって、その芙蓉が別の町の商人と駆け落ちしてたのが分かったんで、町民に行方不明者がいないなら、リスクとってまで解放軍に協力しなくていいって話になったらしいです。」

「なんだ・・・」

龍景は拍子抜けした。


てっきり龍希様の奥様の話かと思ったけど、さすがにそんな訳なかった。


「あーでも芙蓉の旦那も、兄さんみたいな紫っぽい髪色だったなあ。もっと黒に近かったけど・・・」

「え!?」

龍景はやっと事情が飲み込めた。


信じられないことに、この目の前の人族は龍景を同族と勘違いしてるっぽい。


『え?待てよ・・・ってことは』


龍景は嫌な予感がしたが確かめなければならない。

「あの・・・そのフヨウの旦那とどこで会ったんですか?」

「え?あーそれがねえ。なんと白鳥の獣人の祭りなんだよ。いやーびっくりしたよ。小さな子ども3人も連れてたし。」

カンは笑っているが、龍景は笑えない。


確か、龍希様は妻子をつれて白鳥の宿に祭りを見に行っていた。


「子ども3人って・・・どんな・・・」

「男の子が2人と娘が1人。あ!そうそう娘はリュウキンって呼ばれてたよ。どんな字書くんだろうな?」

「・・・。 あの、その芙蓉って娘はなんで行方不明ってことになってたんですか?」

「え?俺も人から聞いた話だけど、ある日急に芙蓉が町から居なくなって、家族は遠くに嫁に行ったって言うけど、嫁ぎ先も明らかにしないし、芙蓉は回りに挨拶もなく突然居なくなったから、おかしいって話になってたらしいですよ。」

「・・・」

龍景は今度こそ言葉を失った。


『龍希様が手をつけて拐ったからじゃん! 間違いねぇ。こいつ奥様のことを知ってる人族だ!』


「ケイさん?どうした?」

「え?あ、いえ。家族は娘を探したりとか・・・」

「ああ、それがなぁ。全く探してなかったんだよ。それどころかもう死んだって嘘の届けを出してさ。 信じられないだろ?」

「家族はなんでそんなことを?」

「さーねぇ。芙蓉の兄貴は頭のおかしい奴だったからなぁ。俺は、いいとこに嫁いだ芙蓉への嫌がらせだと思ってるよ。」


「いいとこ?その娘の嫁ぎ先って・・・」


「あーそれが、俺が急に話しかけたから芙蓉の夫が怒っちゃって、聞けなかったんだよ。水連町の誰も知らないし。 芙蓉の母親も知らないって。」

「へ?母親!?」

龍景はまた驚いた。


「そうなんだよー。信じられないだろ? 母親は、芙蓉の駆け落ちを知らなかった、嘘の死亡届も知らなかったとか言ってるけど、突然居なくなった芙蓉を探してもいないんだぜ。ありえねえ。

だから芙蓉から嫁ぎ先も教えてもらえなければ、孫が生まれたことも知らなかったんだと。 そりゃ、長男は大事だろうけどさ。限度があるだろ。

芙蓉は学校の成績もよかったんだ。働き者だったし、あんな兄貴よりもよっぽど大切にされるべき娘だったのにさー」


「母親と兄はまだ水連町に?」

「いや、兄貴は嘘の届出した罪とかで監獄に入れられてるよ。 母親は借金のために薬屋を売って狭いアパート暮らしだってさ。自業自得だよ。」

「くすりや・・・」

「あ!芙蓉の実家は薬屋だったんだ。水連町で唯一の。」


『うん、間違いねぇ。』


龍景はもう笑うしかない。

「あ!娘の父親は?」

「ん?芙蓉の父親は死んでるよ。 あの親父さんが生きてれば、芙蓉は駆け落ちなんてしなくて済んだだろうに。」

「え?どういうことですか?」


「芙蓉の旦那は稼ぎのいい商人ぽかったんだ。若くて顔もよかったし。何の商売してるかは分からないけど、そんな商人が芙蓉を嫁に欲しいって言ってきたら、まともな親は断らないさ。 芙蓉と取引先との縁談を取り消してでも嫁がせたはずだよ。」


「へ?取引先との縁談?」

「ああ、らしいよ。芙蓉には親父さんが決めた縁談があったんだと。 だけど、親父さんの急死で延期になってる時に、芙蓉は今の旦那と出会って、でも兄貴が結婚に反対したから駆け落ちしたんじゃないかな。予想だけど。」

「・・・」

龍景はまた言葉が出ない。


龍希様は知っているのだろうか?

まさか婚約者のいる娘に手を出して拐って結婚した?

いやさすがにそんな・・・嘘であってほしい。


「ちょっとトイレに行ってくるよ。」

ビールを飲み干したカンが立ち上がって、店の奥に行ったので、龍景は頭を抱えた。


あの人族を連れて帰るべきか?

龍希様の誘拐婚は一族のトップシークレットだ。

それに奥様の兄と母が生きてて、母親はまだ水連町にいるって情報も他族には知られる訳にはいかない。


その上、奥様は人族と婚約中だった?


龍希様が知ってて拐ったとなると今度こそアウトだ。

離婚と族長引退でも済まないのでは?

とはいえカンの誘拐は普通にマズイ。

事情を話しても、龍景が紫竜一族から処罰を食らう可能性が高い。

カンはこの町の商人って言ってたから、見失う可能性は低いし、まずは父上か誰かに相談するべきかな?

うん、そうしよ。

ここはハイエナ領のそばだし、下手に誘拐なんかしたら、あの虎どもが何を勘づくか分からないし。


カンが席に戻ってきた。

「ケイさん、お待たせしました。」

「いえ。私はそろそろ帰ります。興味深い話を沢山聞かせて頂いたので、ここは払いますよ。」

龍景は営業スマイルをむける。

「え?いえいえ!そんな訳には・・・」

「大した金額じゃないんで。その代わり、俺がこの町に来た時にはまたお話を聞かせてくださいよ。」

「え?そりゃあ、もちろん。いや、でも、さすがにおごってもらうのは悪いですよ。」

「カンさんはこの町のアメ屋?でしたよね?」

「え?ええ、大通りから一つ路地に入ったとこに店を開いてます。町の人に聞いてもらえれば分かりますよ。飴屋はうちだけなんで。」


「ああ、そうですか。じゃあ、次に会うときまでこれ預かっといてください。」


龍景はそう言って懐からシリュウ香を取り出すと、カンの手に押し付けた。

「へ?ガラス?なにこれ?え?」

「じゃ!」

龍景は従業員の雌の人族に一万円札を渡すと足早に店を出た。


龍景のシリュウ香を持たせておけば、その匂いでカンを探し当てられる。

この人族町は大して広くないから、また町に来れば余裕だ。


後に、このシリュウ香のせいで事件が起きるとは龍景は夢にも思わなかった。

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