出会いの秘密編

第24話 神別町 前編

~黄虎の谷~

10月が半分以上過ぎたある日、龍景は龍光と竜波と一緒にシリュウ香を持って黄虎の谷まではるばる来たのだが・・・


「なんなんだよ!?全く!」


龍景だけでなく、龍光と竜波も怒り心頭だ。

シリュウ香を渡して龍兎のマムシ妻と解放軍の人族の引渡しを受けるはずだったのに、シリュウ香を受け取った黄虎族長代理の虎桔は2匹ともジャガー本家に捕えているからそっちまで取りに行けとぬかしやがった!


「だったら取引場所をジャガー本家にしろって話ですよ!」

馬車に戻った龍景は文句が止まらない。

「これが黄虎だよ。あの獣ども!」

いつも冷静沈着な龍光様すらキレている。

「龍景、虎どもに雷落としてきなさいよ。」

そう言う竜波もすげえ顔だ。


「・・・ジャガー領に向かいます。」

龍景は御者台の執事に指示して馬車を出発させた。

黄虎の谷を出発して半日、運の悪いことに雨が降り始めた。

竜波のハヤブサの侍女をハイエナ族本家に遣いに行かせ、ハイエナ族長の使者の案内でハイエナの宿に入った。

雨は朝まで降り続く見込みとのことで、今夜はここに泊まりだ。

ハイエナは古くから黄虎の眷属だ。黄虎との縁談も複数あり、宿辺りにも虎の臭いがして、龍景は不愉快で仕方ない。


「頼、俺は散歩してくる。お前はもう休め。」

龍景は黒ヒョウの執事に声をかけると1人、宿のカッパを着て外に出た。 龍景は傘が嫌いなのだ。

特に行くあてはないが、黄虎の臭いから遠ざかろうと龍景は川のそばを上流に向かって歩いていた。


「ん?」


かすかに獣人の血の臭いと火薬の臭いがする。


パン パン


龍景が聞いたことのある音がした。

これは・・・かつて白猫領の地下にあった解放軍の巣で聞いた人族の武器の音だ。

「まさか解放軍がいるのか?」

龍景は臭いと音のするほうに近づくことにした。


獣人たちの姿が見えてきた。

火薬臭い武器を持った人族が1匹、そのそばにランプを持った人族がもう1匹。

血の臭いがするのは地面に倒れているカワウソの獣人だ。 もう死んでいる。

「大丈夫か?」

「はい。危ないところをありがとうございました。」

人族はどちらも雄だ。

「コウベツ町の商人か?なんで日暮れにこんなところで襲われてたんだ?」

「ハイエナの町で出店をしていて、日暮れ前に戻ってくる予定だったのですが、雨で増水した川を避けて迂回していたら迷ってしまいまして・・・ そしたらカワウソの獣人に追いかけられて、殺されるかと思いました。」

「そりゃ災難だったな。この辺りはまだ獣人による誘拐事件が起きてんだ。今じゃ若い娘だけとは限らない。一人で出歩くのは自殺行為だぞ。」

「仰るとおりです。危ないところをありがとうございました。何かお礼を・・・」

「俺もコウベツ町に向かっていたんだ。だが町の門はもう閉まってるな。町に入る抜け道を知ってるなら案内してくれ。」

「お安いご用です。町についたら一杯奢らせてください。あ、私はアメ屋のカンと言います。」

「俺は護衛を生業にしているショウだ。 雨が強くなってきたな、急ごう。」

人族2匹はそう言って足早に歩いていく。



龍景は人族たちに気づかれないように後を追った。

15分ほど歩いたところで人族町が見えてきた。

【神別町】

と書かれた木の板が木製の門に掲げられているが、門は閉まっている。

人族2匹は門の方には向かわず、道を外れて町を囲む石の塀に向かっていく。

門からどんどん離れていくと石の塀が段々低く、ボロくなっていく。

そして塀に開いた穴から人族2匹は町の中に入っていった。


「どうすっかなぁ・・・」


龍景は悩んだ。

さすがに自分が人族町に入ったら騒ぎになるか?

でもあのショウって人族が解放軍なら捕まえて帰りてえ。いいか。騒ぎになっても。

ここはハイエナ領じゃねぇし、解放軍尾行してたって大義名分もあるし。

龍景は穴の向こうに獣人の気配がないことを確認すると、穴をくぐって町に入った。



~神別町~

人族の匂い、食べ物の匂い、ゴミのような悪臭など色んな臭いがするが、龍景は火薬の臭いを追った。 町の中なのに外灯もなく暗い。

ポツポツある店も灯りがなく閉まっているようだ。 獣人の町に比べると活気が全くない。


あの人族2匹に追いついてきたところで、背後に別の人族の臭いを感じた。

足音もなく龍景に近づいてくる。

「・・・」

人族は龍景に悪意を向けている。

普通、獣人は龍景の匂いに気づいたら逃げていくものなのに。

人族の方から悪意をむき出しにして近づいてくるなんて・・・背後の人族も解放軍か?

龍景は気づいていないふりをして歩き続け、すぐ後ろまで人族が近づいてきて、悪意が殺意に変わった瞬間に振り返って人族の腹を殴った。


「ぐは!」


人族は血を吐いて勢いよく倒れた。

人族が持っていた鉄のナイフが地面に転がる。

「どうした?」

龍景が尾行していた人族2匹が振り返って龍景に近づいてきた。


『やべ・・・』


逃げるべきか?

いや、もう姿を見られたから無理か・・・

龍景は焦っていたのだが、


「おい、兄ちゃん、大丈夫か?」

「へ?」


なぜか人族たちは悪意を出すこともなく龍景に話しかけてきた。


「あ!こいつ!追い剥ぎだな! 兄ちゃん、返り討ちにしたのか?やるなぁ。」

話しかけてきてるのは、カンとかいう商人だ。

「商人か?追い剥ぎを返り討ちにするとはやるな。」

ショウという人族も話しかけてきたが、龍景を見ても悪意を出してくることはない。

龍景は状況が飲み込めない。


こいつらは解放軍じゃないのか?

いや、だとしてもなんで紫竜の自分にこんなに馴れ馴れしく獣人が話しかけてくんの?


「兄ちゃん大丈夫か? この町の商人じゃないよな?なんでこんな裏町に?ここはあぶねぇぞ。」

「・・・あ、えっと、門が閉まってたので塀の穴から・・・」

「え!?俺らと同じか。ちょうどいいや。こっちの兄さんを宿屋に案内してるとこだったんだ。まだ宿が決まってないなら一緒に行こう。」

「え?あ・・・はい。」


人族は他種族嫌いじゃなかったっけ?


龍景は呆気にとられながらも人族2匹に付いていくことにした。



人族2匹に続いて人族町の中を歩くこと5分強、灯りのついた行灯が出ている建物の前でカンが立ち止まった。

「ここが宿屋です。右手が受付で、左のあの扉が食堂ですよ。酒もあります。ショウさん、一杯奢らせてください。」

「ああ、腹が減った。商人の兄さんも一緒にどうだ?」

「え?俺?」

龍景は予想外の誘いにまた困惑した。

「兄さんには奢りませんけど、よかったら一緒に。他の店はやってないですし。

あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったですね。俺はアメ屋のカンといいます。」

「俺は護衛やってるショウだ。」

「・・・ケイです。」

龍景はとっさに偽名を名乗った。

初対面の人族に真名なんて教えられない。



~宿屋の食堂~

狭い店には人族が10匹ちょい居た。

龍景は勧められるまま、空いているテーブルに人族2匹と座る。


『あれ?俺は何やってんだ?』


そう思うものの、このまま手ぶらで帰るのも嫌だし、どういうわけかこの人族たちは龍景に友好的?というか馴れ馴れしいので、解放軍の情報収集ができるかもしれない。

そう思うことにした。


「いらっしゃい。なんにします?」


店の従業員ぽい雌の人族がおしぼりを持ってきた。

「ショウさん何にします?」

「ビール大ジョッキ」

「わお!まあ命の恩には代えられません。この一杯だけ奢りますよ。あ、俺は焼酎水割り。 ケイさんは何にします?」

「あ~俺もビールで。」

「畏まりました。」

雌の人族は足早にはなれていった。


「ケイさん、稼ぎのいい商人だったんですね。」


「え?」

カンはカッパを脱いだ龍景の服を見ている。

『え?これ旅行用の軽装だけど?』

「そうでもないですよ。カン・・・さんはこの町の商人なんですか?」

龍景は営業スマイルで答える。

「ええ。といっても新参者ですけど、結婚してからこの町に店を開いたんで。」

「だからか。北部のナマリがある。」

ショウの言葉にカンは愉快そうに笑う。


「はは!ばれました。生まれは水連町です。」


「え!?」

龍景は驚いて声が出た。


水連町といえば龍希様の奥様の故郷だ!


「どうしました?」

カンとショウは不思議そうに龍景を見る。

「あ、いや、知ってる町の名前だったんで・・・」

「そうなんですか? いや~嬉しいな。わが故郷も有名になりました。」

カンは本当に嬉しそうだ。

「おまたせしました。」

雌の従業員が酒を持ってきた。

「他にご注文は?」

「俺には焼鳥定食をくれ。飯は大盛りで。」

ショウが注文する。

「ケイさんは?」

カンが壁のメニューを指さす。


龍景には人族の食べ物なんて分からない

と言いたいが、龍希様が再婚以降よく人族のつまみを食べているので龍景も詳しくなった。


「あ~唐揚げで。」

「2人とも景気がいいですね。うらやましいです。俺は乾きもの下さい。」

カンの注文を聞いて従業員は離れていった。

 

「水連町というと町役場が獣人に焼かれたと聞いたが・・・」


ショウの話に龍景は心当たりがあった。

もっとも獣人じゃなく黄虎だ。

「ええ。石造りの建物が跡形もなくなってました。」

カンの言葉にショウは眉をひそめる。

「そりゃ誇張しすぎだろ?」

「本当なんですよ。なんでもオウコって獣人の仕業らしいです。」

「オウコ?聞いたことないな。」

「・・・」


この人族たちは黄虎を知らないようだ。

黄虎の光線なら石なんて跡形もなく溶けるに決まっている。

まあ人族に教える義理もないので龍景は黙って聞いていた。


「俺も初めて聞きました。いや~水連町は今、大変ですよ。町役場がなくなったせいで戸籍を作り直してまして。自分の戸籍を回収するのに5日もかかりました。」

「え!?」

龍景はまた驚いたのだが、

「そりゃ大変だな。なんで5日も?自分の故郷なんだろ?」

ショウは驚いていない。

「聞いてくださいよー。皆、俺のこと知ってるくせに、本人確認の審査とか言って待たされたんですよ~」


「その、水連町の戸籍は全員分が作り直されたんですか?」


龍景は堪らず尋ねる。

「え?いや、本人が申請しないとダメなんで、やっと半分ほどらしいです。俺みたいに町から出た奴も多いんで。」

「そうなんですね・・・」

龍景は驚いていた。


カンから悪意は感じないので、嘘はついていない。

ということは龍希様の奥様の戸籍はまだ作り直されていないということだ。

父の読みは正しかった。

奥様の戸籍を手に入れる術がないから、黄虎は取引を持ちかけてきたわけだ。

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