第22話 口止め料

~紫竜本家 正門~

翌日の昼過ぎ、龍希は龍灯、龍緑とともにグリフィンの馬車を出迎えていた。

妻子のいるリュウカの部屋には竜冠を、部屋の外には護衛として龍海、龍栄、龍算、竜夢、竜紗がいる。


「はーい!」


不愉快な臭いとともに黄虎族長の虎春こしゅんが降りてきた。その後ろには虎の子の虎達こたつと、族長側近の虎桔こけつが続く。今日は族長の弟はいないようだ。


「ようこそ、黄虎族長殿。」

今日ばかりは悪態を我慢しなければ。

龍希は心を無にして営業スマイルで出迎えていた。

「ふふ。そっちが龍海の息子? マムシ1匹のために紫竜が言いなりなんて笑っちゃう。」

虎春はムカつく笑顔を向けてきたが我慢だ。



~応接室~  

「それでマムシ妻はどこに?」

虎春たちが席につくなり龍希は切り出した。

「ジャガーのとこで虎冬ことうが見張ってるわ。生きてるから安心して。」

「望みはなんだ?」

「話が早くて助かるわ~

マムシの引渡代と口止め料をそれぞれもらうわよ。」

「どうやってマムシを捕まえたんだ? 口止め料を払うかはそれ次第だ。」

「解放軍の巣よ~。解放軍のマムシを娶るなんて間抜けねぇ。その上、拷問中のマムシまで盗まれるなんて紫竜の面目丸つぶれ。」

虎春は大笑いしている。


「ちっ!口止め料から聞こうか。」


龍希の営業スマイルは限界をむかえた。

「シリュウ香200個と~竜琴ちゃんにプレゼント持ってきたから連れてきてよ。」

「はあ!?娘は関係ねぇ。虎なんぞに会わせられるか!」

龍希はキレた。


「朱鳳のガキがちょっかいかけたらしいじゃない。ちゃんと嫁入りまで守ってくれなきゃ困るわ~ ほーんと紫竜はあてになんない。」


「お前のとこにも娘はやらねぇよ。」

「今日は虎達からプレゼント渡すだけよう。雛に手を出したりしないわ。拒否するなら明日には紫竜の失態が全種族に知れ渡るわよ。」

「・・・何を渡す気だ?虎くさいプレゼントなら娘は寄ってもこないぞ。」

「虎達、父竜に見せてあげなさいな。」

「はい、ぞく長。」

そう言って虎の子が出してきたものを見て、龍希は驚いた。


「藍亀の指輪!?」


それもこのデザインは・・・龍希たちの結婚指輪そっくりだ。

「亀くさいけど、竜琴ちゃんは気にしないでしょ。大好きなママとお揃いの指輪だもの。」

「どういうつもりだ?なんで?」

「ふふ。婚約指輪よ。知らない?」

「はあ!?婚約なんてさせねぇよ。朱鳳は、結婚とは関係ないプレゼントだって言うから許してやったんだ!」

龍希は怒りのあまり立ち上がった。


「ちょっと~大切な息子にそんな殺気向けないでよ。龍希殿の許しなんて求めてないわ。将来の嫁入りを確約しろって言わないだけ感謝してよね。」


虎春が殺気を向けてきたので、龍希は歯ぎしりしながらも殺気はおさめた。

「何が違うんだよ?」

「ほーんとにバカねぇ。同席してる補佐官は置物?」

「黄虎が勝手に婚約指輪と言ってるだけです。こちらは取引の対価として受け取ってやるだけですよ、族長。竜琴様の結婚など約束してません。」

龍灯の言葉に龍希は冷静になった。

「疾風、竜琴だけ呼んでこい!」

執事はすぐに出ていった。



「なにー?」

娘は凄まじく不愉快そうな顔で入ってきた。

黄虎の臭いが大嫌いなのだ。

「ごめんな。虎からプレゼントとやらを受け取ったらすぐに戻っていいから。」

「いらない。くさい!」

娘は即答した。

「りゅうきんさまのお気にめしますよ。」

虎の子はそう言って竜琴の正面に来ると、片膝をついて指輪を差し出した。


「くさ!いらな・・・え!?ママのゆびわ?」


娘は驚いた顔になる。

「はい。お母さまと同じゆびわです。私からりゅうきんさまへのプレゼントです。」

「・・・何がほしいの?」

娘は探るように虎の子を見る。

「え?お返しを下さるのですか? では、スイレン町のものを何でもいいので下さいませ。」

虎の子は一瞬驚いた顔になると、作り笑顔に戻ってそう言った。

「スイレンまち?どこ?」

娘は首をかしげている。

「お母さまのこきょうですよ。空とぶ馬車ならすぐです。むずかしいおねがいではありません。」

虎の子の答えを聞いて、娘は龍希を見てきた。

「俺が用意するよ。」

龍希はそう言うと、娘は頷いて虎の子に向き直った。


「ぞく長の、ゆるしが出たからもらってあげる。」


なんと賢い娘だろうか。

龍希はその立ち振舞いに感心してしまった。

「では左手を。」

虎の子はそう言って右手で娘の左手を掴む。

「なに?さわらないで!」

娘は不愉快そうに手をはらった。

「え?ゆびわはくすりゆびにはめてわたすのですよ。りゅうきんさまのお母さまもそうやってもらったはずです。」

虎の子は作り笑顔のまま答える。

「ほんとに?」

「人ぞくはそうするときいています。」


「ふーん。ママとおそろいならゆるしてあげる。」


娘が左手を差し出すと虎の子は薬指に指輪をはめた。

「もういい?」

娘は虎の子から離れて龍希のところにやってきた。

「ああ、ありがとうな。もういいよ。」

龍希が微笑みかけると、娘は疾風と一緒に応接室を出ていった。



「シリュウ香は7日以内に届けてやる。」

龍希は不愉快なことこの上ないが、睨むのだけは我慢した。

「それでいいわ。じゃ、今度はマムシの引渡代ね。」

反対に虎春は上機嫌だ。 ようやく本題だ。

「1つ目は~、龍希殿と龍緑に相談したいの。ほら、この間、奥様のお願いで水連町にある奥様の戸籍を燃やしたでしょ?でもねえ、人族どもが戸籍を作り直してるらしいのよ。これじゃあ奥様のお願いを叶えたとはいえないじゃない?なんかいい知恵ない?」

「は?」

予想外の話に龍希は声が出た。

「妻が頼んだのは町役場を燃やすことだよ。」


「バカねぇ。奥様のお願いは戸籍を消すことよ。物理的に。 私たちを頼って正解ね。 バカ竜じゃお使い1つまともにできやしない。」


虎春は鼻で笑う。

「どうやって妻の戸籍のことを知った?」

「教えなーい。」

「では、人族たちはどこでどうやって奥様の戸籍を作り直してるのです?」

龍緑が尋ねる。


「えー そっちも人族妻のことなんにも分かってないの?龍海の息子のくせにバカなのね。話になんない!」


「は?」

龍緑も営業スマイルが崩れた。

「清水町の人族も水連町で戸籍が作り直されてるらしいわよ。あんたも妻の故郷くらい知ってるわよね。」

「な!?」

龍緑は驚いている。

龍希にとっては三輪のことはどうでもいいが、妻の戸籍に関係することなら知りたい。

「なぜ奥様じゃなく族長たちにこんな相談をするんだ?」

今度は龍灯が質問したのだが、

「ふふ。あんたもバカね。親切に教えてもらえると思ってんの?」

虎春に鼻で笑われて龍灯の営業スマイルも消滅した。

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